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機関紙るうてる

るうてる2015年9月号

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説教「主よ、ください。」

「主よ、しかし、食卓の下の小犬も、子供のパン屑はいただきます。」そこでイエスは言われた。「それほど言うなら、よろしい。家に帰りなさい」。(マルコによる福音書第7章28、29節)

何とはげしい、ことばとことばによるぶつかり合いであろう!  まさに火花飛び散る〈論争〉というにふさわしい。
 しかも、驚くなかれ。ここで、主イエスは――これまで、ファリサイや律法学者たちと論争をし、ことごとくその相手を打ち負かして来た主イエスが――負けておられるのである!  主は、この人のことばに負けてしまった…。いや、むしろ負けることを喜んでくださった。

 主イエスとがっぷり四つに組んでこの方を負かしてしまったのは、ファリサイや律法学者たちが「この者に触れたならばどうしたって手を浄めなければ食事が出来ない」と考えていた異邦人、しかも女性である。どう見ても当時は軽んじられていたに違いない。 しかし、その女性が――ほんとうに小さな女性が――主イエスを説得してしまったのである!
主イエスはこのとき、一人ガリラヤを離れ、地中海沿岸の地方の「ある家に入り、だれにも知られたくないと思っておられた」(マルコ7・24)。ある人は、主イエスもお疲れになったのでバカンスを取られたのだ、という。その当否はともかくとしても、ここに、そのように隠れてしまおうとなさる主イエスを引っぱり出してしまった人が出て来たのであった。「すぐにイエスのことを聞きつけ、来てその足もとにひれ伏し・・・娘から悪霊を追い出してくださいと頼んだ」(同7・25~26)。
しかし、しかし――。必死の思いで飛び込んで来たこの母に対する、主イエスの応えのなんとつれなきことか。
「子供たちのパンを取って、小犬にやってはいけない」(同7・27)。
 犬――。よくもこのような言葉を主はお使いになったものだと思う。異邦の民に対する明らかな卑称である。主イエスは「小犬」と仰ってその鋭さを和らげているのだと言う人もいるが、その厳しさにはいささかの変わりもない。

 主イエスに願っても、そのみ名を呼んでも、主が、神がみ顔を隠しておられる。想い起こしたらよい。舟を漕ぎ出して、突風の中で舟が大揺れに揺れる。ところが主イエスは黙ったまま、しかも熟睡しておられた。あるいは「先に向こう岸に行きなさい」と遣わされて、主イエスだけが陸地におられると逆風のために漕ぎ悩んでしまう――。主イエスを呼びたくても、呼べない。そういう悲しみと苦しみが、そこにある。
 ここも同じだろう。いくら呼んでも、叫んでも、主イエスはわれわれの願いを退けておられるように思える。主イエスはここでハッキリとこの者の願いを拒絶なさる。一線を引いておられる。しかし、この女性、「もうこの方は駄目だ、他の所へ行こう」、そうではないのだ。
 「主よ、しかし、食卓の下の小犬も、子供のパン屑はいただきます」(同7・28)。 彼女は言い返した。
  主よ、アーメン、その通りです!  しかし、食卓の下に、あなたのパン屑はこぼれ落ちる筈でしょう。確かにあなたはユダヤ人の救いのために来た。けれども、あなたの力はユダヤ人の救いのためだけに用いるには、まだまだ有り余るでしょう。あなたの恵みは実に豊かな筈でしょう。
 その僅かな部分、わたしにも頂けますね――。あなたはそれほどに豊かなお方です。
 そう、この人は、神に脅しをかけない。もしもわたしの願いを聴き容れてくださらなければあなたを神としません、イエスよもうあなたを信じません、そういう短気ではないのだ。 まさしく、神を神とする――。彼女はただ、主イエスの豊かさを見抜き、それに信じた。信じ動いた。全霊をもって。そして、顔を上げるのだ。
「主よ・・・!  あなたは豊かなお方です」。
 どこまでもご自身を見上げる者に、主イエスは負けてくださる――。そして、彼女と同じく、神の子の前にひれ伏し、跪き続けるわたしたちにむかってこぼれ落ちてくるのは、この主のことば――。わたしたちが今も溢れるほど戴くのは、この主のことばをおいてほかにない。
「その言葉で、じゅうぶんである。お帰りなさい」(マルコ7・29、口語訳)。
日本福音ルーテル賀茂川教会牧師 神崎 伸

宗教改革五〇〇年に向けて ルターの意義を改めて考える(41)

ルター研究所所長 鈴木 浩

ローマ書3・22には、「イエス・キリストを信じる信仰による神の義」(口語訳)という言葉がある。日本語訳の聖書はほぼ一貫してこのような読み方をしてきた。文語訳も、口語訳も、新共同訳も同じ趣旨の訳し方になっている。
 ところが、もともとの表現は「イエス・キリストのピスティス」となっている。この「ピスティス」は通常、「信仰」と訳される言葉である。すると、ここは「イエス・キリストの信仰」となって、日本語では「イエス・キリストが持っていた信仰」という意味に受け取られてしまう。そこで「信じる」という言葉を付け加えたのだ。
 しかし、この箇所は、「イエス・キリストの生涯、死、復活を通して示された神の義」という意味である。その「イエス・キリストの生涯、死、復活」を「ピスティス」という一語で表したのだ。
 こうしたことはこの欄でもすでに指摘したが、非常に重要なので、改めて考えたい。キーワードはこの「ピスティス」と「神の義」である。ルターにとっては「神の義」という言葉が決定的に重要であった。そして、宗教改革はこの「神の義」をどう理解するのか、という点をめぐって始まっていたのだ。

議長室から

「実り多い秋の行事のために」

総会議長 立山忠浩

4月に赴任した都南教会は都会の町中に位置する教会です。小さな花壇ですが綺麗な花が目を楽しませ、立派なぶどうの木も植えられています。都会は自然界の営みとはほど遠い印象がありますが、意外と小さな自然が生きていることに気づかされる毎日です。
 先日から庭のこおろぎが鳴き始めました。夜になるとガマガエルがのし歩く姿も目にするのです。メダカの水槽に植えた蓮の葉っぱには、いつも小さなバッタが止まっていることに気づきました。 顔を近づけても逃げることなく、堂々としているのです。小さな存在であっても与えられた命に誇りを持ち、狭い庭の自然の中で健気に生きているように感じられ、思わず一礼したくなりました。
 主イエスの自然界の営みの教えから すぐに思い起こすのが「野の花を見よ」(マタイ6・25以下)という山上の説教でしょう。野の花や空の鳥を慈しまれる神様の愛を覚え、そこから、人間へのなおさらの神様の恵みを思い起こすのです。
 先日小さな文章をしたためた際に、私たちが礼拝ごとに用いる式文について改めて想起することがありました。礼拝はいくつかの部に分けられています。その始まりごとに「主が共におられるように」と司式者が会衆に唱え、会衆は「また、あなたと共に」と応唱しますが、これは神様の恵みがみんなに注がれていることを確認し合うためであることを覚えました。礼拝全体において、神様とイエス・キリストのご臨在があることを繰り返しからだに刻むのです。このことをルーテル教会では特に、説教と聖餐・洗礼によって刻印することは言うまでもありません。
 季節は秋に向かいます。各教会で伝道のための集会やバザーなど、地域に開かれた行事が企画されていることでしょう。また、教会によっては高齢者や子どもたちを覚えた礼拝、召天者を覚える記念礼拝など、一人ひとりのかけがえのない存在を神様が大切にし、慈しんでいらっしゃることをみんなで覚える礼拝も準備されていることでしょう。
 神様から与えられた自らの尊い命に誇りを持ち、それを互いが確認し合い、神様に感謝の思いを強めるための、そして神様と隣人に奉仕するさらなる歩みのための秋の行事や集会の上に、神様の祝福をお祈りいたします。

生涯つながる信仰の友と」ELCAユース大会報告

秋元ゆりあ(藤が丘教会)

 今回、私を含め世界から招かれた人々は15の国々からの30人でした。始めの1週間はシカゴでこの30人のために行われたオリエンテーションに参加しました。その後の10日間はサウスカロライナにて、4つの教会をまわって過ごしました。大会会場のデトロイトでの5日間は、コミュニティの日、 サービスの日、シノッドの日とに分かれ、コミュニティの日はマウントホーレブ教会(リビングストン先生の教会)の人々と過ごし、サービスの日には世界各地からの参加者全員でツアーに出かけました。 シノッドの日にはサウスカロライナから参加していた全員とイエス様が癒した体の不自由な人のお話について考えました。
 最も印象に残ったのは、同じ信仰を持つ3万人もの人が集まっていたということです。そのことに圧倒されましたが、とても楽しかったです。講演をしてくれる方々の話に参加者が感銘を受け、拍手をした時は、皆が一体となっていることを感じました。
 サウスカロライナでは4つの家庭にホームステイしました。 色々な種類のアメリカ南部の食べ物を食べてみたり、トランポリンパークに出かけたり、プールで泳いだりしてすごしました。神学校も見学できましたし、教会でオルガンを弾かせてもらいました。またチャールストンでは、牧師先生とユースディレクターが市内を案内してくれ、6月に襲撃事件のあったエマニュエル教会の記念会にも行くことができました。その後、マウントホーレブの教会の人たちと一緒にデトロイトに移動しました。
 ユース大会に参加して、アメリカで素晴らしい時間を過ごすことができ、多くのことを学びました。新しい友人もでき、言葉の壁を乗り越えて交流することができました。 また、 初めてベビーシッティングを経験し、サウスカロライナの人々の旗に対する思いも学びました。
 ものの見方が大きく変わるような体験をすることができ、 誰もが神様のお話を共有し、 神様の手となって働くのだから、一人ではないのだと実感することができました。
 素晴らしい時間を3万人の人々と一緒に過ごし、生涯つながれる友達と出会える機会を与えられたことに感謝しています。

諸教派との対話と理解の講話『日本福音ルーテル教会に聴く~宗教改革とは…~』報告

池谷考史(博多教会/福岡西教会)和田憲明(箱崎教会/聖ペテロ教会)

 6月28日、「カトリック福岡地区キリスト者一致推進の集い」の呼びかけにより、標記の集いが福岡市内のカトリック大名町教会にて行われました。
 この集いの趣旨は(エキュメニカル運動の一環として)「議論ではなく、知るということから始めたい」というもので、今回は前年までの日本キリスト教団、日本バプテスト連盟の講話に続き、3回目となりました。当日、会場にはカトリック信徒の方が多かったようですが、ルーテル教会からも20人ほどが参加し、全体でおよそ90名が集まりました。
初めに、2人の発題者がルターの生涯を切り口に宗教改革について話しを進めました。ルターはカトリック側から見れば教会に背く異端者でしたが、もともとルターは当時の教会に抵抗するために宗教改革を起こしたのでなく、人間の魂の救いを真剣に求めた結果であること、また、その彼を無条件で「あがめる」のではなく、彼自身、限界がある(ユダヤ人やトルコ人に対して心の狭い態度で接したなど)一人の人間だったことも率直に受け止めていることなどが分かち合われました。

 質疑の時間には「新教より旧教の方がよい、と教わったが、このような話を聞けたことは感謝だ。この日を夢見ていたから。」、「聖礼典など聖公会はカトリックに近いように思うがルター派の位置づけはどうか?」など、多くの質問が挙げられ、ルターや宗教改革、ルーテル教会への関心の高さが印象的でした。
 この集いが宗教改革500年に向けて、地域へのアピールだけでなく、目に見える歩み寄りの機会となったことはとても喜ばしく、実り多い時でした。

礼拝式文の改訂

17「礼拝式文の音楽」(その2)

式文委員 松本義宣

 以前、ヒーリングミュージック(癒しの音楽)ブームで、「グレゴリオ聖歌」のCDがベストセラーになりました。どこかで耳にした方も多いと思いますが、縁遠いどこかの修道士が歌っている別世界の音楽と感じる方もあるでしょう。でも、実はまったく同じではなくても、あなたも毎週礼拝で歌っているのですと言われると、少し興味が湧きませんか?
 ラテン語を用いる西方ローマ教会に「グレゴリオ聖歌」が登場し、礼拝音楽の源泉となります。むしろ、これはいわゆる西洋音楽の起源の一つと言ってもよいかもしれません。教皇グレゴリウス1世(在位590~604)に由来する名称ですが、実際は、それまで各地域で発展してきた様式が、9世紀以降にまとめられ、偉大な教皇名を冠して呼ばれるようになりました。特徴は、ラテン語を歌詞とする単旋律、無伴奏の歌で、拍子の感覚が弱く(無く?)、現在の調性音楽とは異なる「教会旋法」という音組織です。専門的なことは省きますが、ごく大雑把に言って、私たちの現行式文音楽「A」の(ロ)や、「サンクツウス(聖なる)」、「アグヌスデイ(神の子羊)」、それに聖餐式冒頭の「序詞」は、その伝統に基いているものです。
 また、散文としてラテン語訳された詩編を歌うために、独特な詩編唱定型が発展します。詩編の詩行の前半を「発唱句」で始め、「保持音」(一定の音程で歌う)で続け、「中間終止句」でいったん半終止させ、さらに詩行の後半で再び「保持音」に戻り、最終的には「終止句」で閉じる歌い方です。これも先に挙げた「教会旋法」に応じて様々なものがあり、やがて、詩編の前後に短い「答唱句」が付けられます。紙面ではなかなか分かりにくいのですが、『讃美歌21』の118番や、カトリック教会の『典礼聖歌』にある詩編歌などを参照ください。
 また、極めて大雑把ですが、後に、英語圏でやはりこの様式を土台にして「詩編」を歌うようになってできた「アングリカン・チャント」と呼ばれる形式があります。これは、私たちにも親しい例があります。式文「A」の「グロリア」がその典型です。さらに広く言えば、司式と会衆が交唱する形式、式文の(イ)や「キリエ」の(二)等もこの流れを汲みます。ちなみに「A」の「キリエ」(一)は、ボヘミヤ兄弟団によって歌われ、ルーテル教会により継承されてきた伝統的なものです。様々な伝統が、私たちの式文音楽にはあるのです。
 さて、音楽の歴史としては、単旋律のグレゴリオ聖歌に、同じ旋律を違う音程で重ねたり、繰り返しや新しい旋律を挿入したり、やがて別の対旋律を付けて、複数の旋律を歌ったりという試みがなされて教会音楽は発展し、豊かになっていきます。礼拝式文では「ミサ」と呼ばれる通常文(毎週不変の部分)と、固有文(その日特定の詩編や祈祷文)に音楽が付けられていき、「ミサ曲」が誕生します。中世にはポリフォニー(複数の旋律が独立して調和を保つ)全盛の時代を迎えます。しかし当然、音楽は複雑化し高度化します。専門家や訓練を受けた聖歌隊以外は、礼拝に参画できない時代が長く続くことになります。(続く)

連載 マルティン・ルター、人生の時の時(8)

死(1546年、63歳)―「それでも、リンゴの木を植える」

江口再起

 やがてルターは死を迎えます。体調が悪かったのですが、マンスフェルト伯家の遺産争い調停のために旅に出かけその途中で客死します。63歳。死のテーブルには「わたしは神の乞食」というメモが残されていました。神の恵みに乞いすがる、ということでしょう。いささかあっけない幕切れでしたが、人生、こんなものかもしれません。しかし、それよりもルターの死生観を見事に表現している二つの言葉を紹介しておきましょう。
 一つは、14歳の娘マグダレーネ(愛称レニッヘン)が亡くなった時の言葉です。「愛するレニッヘンよ、お前はよみがえって、星や太陽のように輝くだろう。お前は安らかにしているし、万事申し分はない。と、いうことを知っていながら、しかも実に悲しいなんて、なんと不思議なことだろう」。すべてを神様にゆだねる、しかし、ルターは生涯、この娘の死を悲しんでいました。
 もう一つ。「たとえ明日世界が終るとしても、それでも今日、わたしはリンゴの木を植える」。この言葉はルターの言葉として伝えられている言葉ですが、ルターの「生きる」姿勢を、そして「死ぬ」姿勢をよく表しています。 死は好むと好まざるにかかわらず向こうから迫ってくるもので、その意味で人間は受動的である他ない。しかし、そうしたことも含めて、それでも「リンゴの木を植える」。その意味で人間はどこまでも能動的でありうるのです。つまり「受動的能動性」、これがルターの人生・信仰・思想・神学の根本基調です。

宣教の取り組み「豊かにされる~聖霊をいただいて」

宮澤真理子(岡崎教会)

 岡崎教会では、毎月第3日曜の礼拝後「ミニ信徒会」を開いています。ひとつのテーマを自由に語り合います。昨年は憲法について弁護士の先生から学んだり、牧師館解体・敷地整備について語り合いました。
 今年のミニ信徒会は、年間テーマを「終わりの日を迎えるにあたって‥‥より良く今を生きるために」としました。5月は終活、6月は相続、7月は介護サービス、8月は健康づくり、9月は家族関係、10月は教会の葬式についてとテーマを絞りました。
 5月は地元の葬祭業者の方に来ていただいて「なぜ今終活か」のお話を伺いました。高齢者夫妻世帯の増加、地域コミュニティの減少、介護保険・税制の改定など、 不安の少なくない社会の中で、死や葬式をタブー視するのではなくきちんと向き合い、自分らしいエンディングに向かって今をより良く生きるための活動が終活です。そのためにエンディングノートを書きませんかと勧めてくださいました。
 葬祭業者さんから伺った「終活」と教会のミニ信徒会の趣旨と重なる点が多くありました。一方で、わたしたちはエンディングをゴールとしていないことも知らされました。わたしたちは自分のより良い生涯を求めますけれども、すでに神さまの恵みの中で生かされています。わたしたちの思いを越えた愛で支えてくださる神さまにゆだねることを聖書から聞き続けています。
 6月以降は、税理士やケアマネジャー、保健師として専門分野で働かれる信徒の賜物が用いられます。9月はルーテル学院大学の福山和女先生より「家族(夫と妻、親と子、嫁と姑)の関係をよりよくするために」をテーマにお話を伺います。毎月の開催が楽しみです。
 「たとえわたしたちの『外なる人』は衰えていくとしても、わたしたちの 『内なる人』は日々新たにされていきます。」(コリントの信徒への手紙二4・16)

小さな説教集出版『アンデルセンに聞く聖書の言葉』

田島靖則(雪ヶ谷教会)

 昨年から今年にかけて、私が牧師を務める雪ヶ谷教会の主日説教にたびたびアンデルセン童話が登場していたことは、雪ヶ谷教会に集うごく限られた人たちしか知らなかったことです。
 岩波文庫の『完訳アンデルセン童話集』は実に7巻にわたる大部で、まさに話題の宝庫。ルーテル教会の国デンマークの童話作家の作品ですから、ルーテル教会の礼拝説教で取り上げるのにこれ以上最適な素材はないと言っても良いくらいです。つまり私は昨年から今年にかけて、礼拝説教の「産みの苦しみ」に際して、何度もアンデルセンに助けられたというわけです。
 せっかくこれだけ「アンデルセンづくし」の説教が産み出されたのだから、これをまとめて小さな説教集にしたら、教会には縁遠い人たちにも手にとってもらえるのではないかと考え、出版社を経営する大学の先輩に相談し、このたびの出版にこぎ着けました。大学の恩師の一人には、「まだ説教集は早いんじゃないか?」と言われましたが、これはもちろん牧師生活の集大成としての説教集ではなくて、牧師生活の「折り返し地点」で出す「小さな説教集」なのです。
 私が幼稚園園長として関わっているキリスト教保育連盟では、何度か礼拝奉仕を行っていますが、よく日本基督教団に属する先生方から、「先生のショートメッセージは分かりやすい」とお褒めの言葉をいただきました。しかし私は内心、「これが普通の説教なんだけど・・・」と「ショート」という部分に異議を申し立てたい気持ちに駆られたものです。つまりこの説教集は、「簡潔」「平易」を旨とした「薄くて」「軽くて」「小さい」説教集です。挿絵は、そのキリスト教保育連盟での同労者である幼稚園の園長先生の作品です。
 もし書店で見かけることがあれば、ぜひ手にとってご覧ください。

夏休み北海道寺小屋合宿について

東教区社会部長 小泉 嗣

 東教区プロジェクト3・11は、本年度70万円の募金目標を立て、被災地支援への参与を呼びかけている。支援先は5ケ所。それぞれ届けられる支援金額は決して多くはない。しかし、どれも個のつながりの中から出会った団体であり、現在もなお支援を続けるプログラムである。
 「夏休み 北海道寺小屋合宿」もそんな中の一つである。このプログラムは、子どもたちが少しでも放射能による被害から守られることを願い、宗教宗派を超えた全国ネットワークである 「原子力行政を問い直す宗教者の会」(代表世話人・内藤新吾牧師/稔台教会)が、福島第1原子力発電所事故の影響による放射線量の高い地域に住む子どもとその家族、またその地域から避難している子どもと家族を対象にした11日間(長期は35日間)の保養プログラムである。2014年は、実に285名の参加者が36箇所の受入先(主に寺院)でプログラムに参加した。
 会は「保養の意義」として、〈水・空気・食べ物の不安が、日常より少ない所で一定期間過ごす。子どもたちの新陳代謝が促され、健康な体を取り戻せる。太陽の下で土に触り、風を受け、草木や水に触ることによって心の解放を得る。そんな子どもたちの姿に接し、保護者の気持ちも解放される。また、共通の不安や願いをもつ保護者同士、受入先の方が出会うことにより、安心と希望を得ることができる。〉とする。
 この意義から見えてくるものは、2011年3月11日にたまたま福島に住んでいたというだけの理由で、4年が経過した今でもなお、子どもも親も 「安心と希 望」が奪われた日常に生きているという現実である。昨年のプログラムへの申し込みが受付開始初日で定員を超えたということもまた私たちが知るべき現実であろう。 今年の夏もまた、たくさんの子どもや親が、受け入れる諸施設が、支援する私たちが「保 養の意義」をそれぞれの日常から深く受け止める。

宮崎育ちのオルガン、九州ルーテル学院中学・高等学校へ

秋山綾子(宮崎教会)
 南国情緒溢れる宮崎に建つ宮崎教会。1998年に、ここにひとつのパイプオルガンが与えられました。オークの木の風合いを生かした外観で、その両側には可愛らしい一対のラッパを持つ木彫りの天使の装飾が施され、見た目は小ぶりながらも、華やかな音色も重厚で荘厳な音色も兼ね備えつつ、礼拝では、人の魂にそっと寄り添う暖かくて繊細な音色を響かせます。建造者は、オランダ生まれでスイスに工房を持つオルガン建造家ベルンハルト・エツケス。数々のヨーロッパの歴史的オルガンの修復でも名高いエツケスが建造したオルガンは、日本にはあと一つ、東京三鷹の日本聖公会ナザレ修女会聖家族礼拝堂にあるだけです。
 この17年間、教会を訪れる方々の涙をぬぐい、慰めと生きる勇気を与え続けてくれたエツケスオルガンですが、この度、熊本のルーテル学院中学・高等学校に、学校創立90周年を記念して、移設されることになりました。より多くの若い人達に、音楽の持つ力を通して神様の愛が伝わるようにとの、教会員一同の願いと祈りがあります。
このオルガンと共に過ごすことのできた年月への感謝を表し、今年の5月に制作された一枚のCDが、雑誌『レコード芸術』(音楽之友社)7月号で、特選盤に選ばれました。タイトルは、『宮崎育ちのオルガン~J・S・バッハの音楽と~』[クー・レコーズ品番COO 041]。弾き手は、当教会の会で教会音楽監督を務める松波久美子さん。
 松波さんは、長年ドイツで世界的に有名なオルガン演奏家H・フォーゲルに師事し、ドイツにおける教会音楽家としての最高位資格を得て、現在も海外でも活躍中です。
 CDの中では、バッハのコラールの歌詞の邦訳が演奏と交互に牧師によって朗読され、より深くバッハの世界を味わうことが出来ます。
  胸が熱くなる一枚。オンラインショップなどでも入手できます

訂正

 本紙8月号の4面、女性会連盟総大会の報告に、大塚野百合先生の所属について「恵泉女子大学名誉教授」とあるのは、「恵泉女学園大学名誉教授」の誤りでした。お詫びして訂正します。
…………………………
電話番号変更 吉村博明宣教師 03(6883)5634

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