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機関紙るうてる

るうてる2012年6月号

「誰の常識ですか」

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あなたがたは新たに生まれねばならない』とあなたに言ったことに、驚いてはならない。
風は思いのままに吹く。あなたはその音を聞いても、それがどこから来て、どこへ行くかを知らない。霊から生まれた者も皆そのとおりである。」
するとニコデモは、「どうして、そんなことがありえましょうか」と言った。
ヨハネによる福音書3章7~9節

 「どうして、そんなことがありえましょうか」
 この言葉は、イエスの導きに対して自らの常識にとらわれてしまい、イエスの言葉を受け入れることが困難になっているニコデモの答えです。
 私たちの日常生活に於いて、慣習・慣例と言われるものが多く存在しています。それらが浸透してきた背景には、長い年月によって「合理的」と考えたり「問題がない」として、安心感を得るためであったと言えます。しかし、この安心感は、私たち人間の都合によって考えている事ですので、人間を中心とした考えにしかなりません。
 この人間を中心として考えられてきた慣習・慣例は、「常識」という枠によって考えられてきたことでもあります。私たちが考える常識とは、自分自身の経験と、共同体の中での共通理解されている部分でもあります。
 ファリサイ派に属し、議員であるニコデモが、イエスのもとを訪ねます。彼自身、ファリサイ派に属しながらも、イエスの行なうしるしによってキリスト信仰の芽が出始めたのです。しかし、ファリサイ派に属しユダヤ人の議員でもあったので、同僚に「裏切り者」と見られることを恐れ、夜訪ねます。他の人に会いたくない、見られたくない、しかしイエスに会って話してみたい感情に包まれているニコデモの姿を見ることが出来ます。
 「はっきり言っておく。人は、新たに生まれなければ、神の国を見ることはできない。」イエスのこの言葉にある「新たに」には、“上から”という意味もあります。即ち、新たに生まれるには自らの力によるのではなく、上からの力、父なる神からの導きによっての生活を始めることと言えます。ニコデモは、イエスの言葉に対し「どうして」と、反論とも取れる答えをしています。ここに、ニコデモが今まで築いてきた人間的常識を重要視している姿があるのです。イエスに対し「神のもとから来られた」「神が共におられる」といいながらも、神の御力、神からの恵みを人間の常識の中で捉えようと必死になっている姿です。
 このニコデモの姿は、私たちの姿そのものであるのではないでしょうか。礼拝に於いて御言を聴き、聖書の学び等でキリストの教えを深く悟ろうとしながらも、日常生活に当てはめて考え、理解しようとしている部分が多くあるということです。日々多くの事柄に関わりながら生活している私たちは、生活の術というものが人間の快適性を求め続けて成り立っているということを忘れ、当たり前の慣習として受け止めています。人間の快適性を中心にした生常識)を降ろすことができずに、どうしても「新たに水と霊によって生まれる」ことを受け止められないのです。
 ニコデモの姿は、信仰に導かれている私たちの姿といえます。そして今、教会を尋ねてくる一人ひとりの求道者たちの姿でもあります。キリストの愛に気付き、周囲を気にしながらも確かなものを求めて教会に足を向ける。そして御言を聴きながら自分の造り上げた常識を壊しつつ、神の常識に与かれるようもがいている姿です。
 私たちは風の始まる場所、終わる場所を知ることはおろか、目にすることも出来ません。人間が作った常識の中で生活しています。
 神の常識に与かるためには、すべてを委ねることしかできない。そのような私たちは、キリストに「霊をください」ということしかできない存在です。霊を自ら作り出すことは出来ません。父なる神の存在によって悔い改め、キリストによって赦され、聖霊の働きによって新たな人間として生きることが赦されているのです。父なる神、キリスト、聖霊、いずれか一つが欠けても、新たな命に生きることは出来ません。このことをおぼえて、聖霊降臨節(三位一体節)を過してまいりましょう。
  シオン教会牧師 室原康志

新総会議長あいさつ 東京池袋教会牧師 立山忠浩

 まったく予想していないことでした。きっと先代の議長たちも同じ思いの中で、総会議長の任を背負うことになられたのでしょう。皆さまのご期待にどれほど応えられるか甚だ自信はありませんが、新常議員の方々と力を合わせながらご奉仕させていただこうと思っています。どうぞよろしくお願いいたします。
 早速元議長を初め、数人の先輩牧師から励ましのお葉書やメールを戴きました。「どこへに向かうのか旗印を鮮明にして欲しい」、「ルーテル教会らしい教会へ導いて欲しい」などでした。他にも私の耳に届いていない沢山の期待があることでしょう。
 総会でも、フロアーからいくつもの貴重な意見や要望が出されたことも記憶に新しいことです。ただ、期待の大きさの前に、ルーテル教会の現状が厳しい状況にあることも認識したことでした。宣教の使命を果たすために、まず宣教できる態勢を整えること。派手なことはできませんが、地道に、誠実に取り組んで行きたいと思います。

牧師の声

みことばを宣べ伝える~「心の休憩室」  3分間の電話メッセージを通して
帯広教会・池田教会・釧路教会 加納寛之
 
Q 「心の休憩室」とは何ですか?
A 電話自動応答機能で、0155-25-4695にかけると牧師が録音した3分間メッセージを聞くことができます。更新は毎週月曜日で、24時間いつでも、どこからで大丈夫というのが特徴です。

Q 始められた経緯を教えてください。
A1991年に「国内伝道準備金」の支援を受けて始まりました。中島牧師、古財牧師、加納と20年続けています。十勝には20市町村ありますが、教会があるのは数市町村です。福音に身近に触れる機会を用意することが教会の使命との思いから始まりました。機材購入やちらし配布、電話帳に広告掲載もしました。当初は信徒の証しなどの計画もありましたが、メッセージの統一性なども考えて、歴代の牧師がその働きを引き継いでいます。

Q 年間で何名が聞いていますか?
A 平均で千回ほどですので、毎週20名ほどでしょうか。キリスト教に興味があって聖書の言葉に触れたい方が聞き、 相談の電話があることもあります。また教会員で入院や自宅療養中の方だったり、他教会の方が聞かれることもあり、伝道と牧会を担ってくれています。

Q インターネットが普及する中でも「電話」にこだわっているようですが。A パソコンや携帯電話でWebページを簡単に見られる時代ですが、高齢の方や入院中の方にとって電話の操作は使い慣れているもので、簡単に利用できます。また目の見えない方にとって音声は大事だと考え 、あえて電話サービスを続けています。どんな方に福音を伝えたいかを考えながら内容も方法も用意することは大切なことだと思っています。

Q 課題はありますか?
A テレフォンメッセージは教会への入り口の働きです。「心の休憩室」は長く聞いているけれども、教会、礼拝につながらないこともあります。もう一つのきっかけが必要なのでしょう。それと牧師自身のスキルアップも必要です。内容や話し方、3分という時間を有効に使えるように訓練や自己点検が必要だと感じています。
 近年、複数回線を割引で利用できることや留守番電話があれば、手軽に同じような働きができるようになりました。教会で始めてみてはいかがですか?

信徒の声

日系ルーテル・サンパウロ教会を訪ねて(続)
藤が丘教会 間瀬園恵

 二週間のサンパウロ滞在中、カトリックの聖堂をいくつも訪ね歩きました。ご聖堂にはいつも熱心に祈る人の姿がありました。そして、60歳以上の私たち高齢者にはうれしい、無料のバスや地下鉄に乗って、動物園や毒蛇研究所、美術館やショッピングモールを訪ねました。日本人の移民が初めて上陸したというサントス港と、そこにある有名なブラジルコーヒー博物館も訪ねました。お別れの最後の晩は、教会役員の皆さんのご接待で、美味しい焼肉をたくさんご馳走になりました。その帰りには、お一人の役員さんのご自宅マンションでお茶をいただき、名残を惜しんでいただきました。

 その役員さんは、今年(2011年)『るうてる』9月号の「信徒の声」欄に寄稿されている須田清子さん(写真右から2人目)でした。須田さんは元看護師長さんで、今年80歳になられますが、とても気はお若くて、「なんでもやってみなければわからない」という前向きな生き方をされてきたお方のようです。そういう生き方を続けておられる役員さんたちに後押しされて、徳弘牧師夫妻は日々生き生きと、神さまの愛を実感されながら、ご用に励んでおられました。

 須田さんをはじめ、サンパウロ・ルーテル教会の皆さんは、2015年、宣教50周年を迎える年までに「次世代に継承する教会形成ができるように」と祈りを熱くしておられます。もう一世紀以上も前のことになりましょうか、アメリカ、ドイツ、フィンランド等のルーテル教会から支援の祈りをいただき、40年程前に自立した私たち日本のルーテル教会を思うとき、今ブラジルのルーテル教会の自立に向けて、日本からもその祈りを共にしたいと思います。また宣教50周年の年に向けて、できれば私たち日本のルーテル教会が応援に出かけるような計画を立ててもらえないものかと願っています。(完)

永遠性の象徴

小鹿教会 寺澤節雄 静岡大学名誉教授(美術教育学)

 …こうして律法は、わたしたちをキリストのもとへ導く養育係となったのです。わたしたちが、信仰によって義とされるためです(ガラテヤ書、3・24)。 使徒パウロがこのように告げるガラテヤの信徒への手紙は、原罪と律法の乖離、福音による乖離の超越を告げるものです。その理念を模式しうるような図を示してみたいと思います。
図1は、一枚の紙の表裏に第3の面を得るため、別の一枚を垂直に加えようとするものです。図2は、この三つの面をつなぐため線でなぞっています。図3は、線では形にならないので、線を面に変えて帯状に作図しています。図4はこの帯を切り取って、オブジェ風に置いたところです。それは表裏がひと続きになるメビウス・リンクになっているのです。メビュウス・リンクは、一本のテープを一捻りしてつなぐだけでも出ますが、1、2図によってその潜在的な構造が明らかになります。
すなわち、表裏の乖離は第三の面の介入によって解決され、その結果は無限循環となり、それは永遠性の象徴とも言える形になります。
(次号に続く)

バッハのカンタータを聴くc

「あなたがたは私の名に」  カンタータ87(BWV 87)

  一七二三年初夏にライプツィヒのトマス教会のカントールに就任したバッハは一七五〇年に死ぬまでその職に留まった。特に初期には教会暦に応じた礼拝のための五年分のカンタータを作曲したと言われている。当時いろいろ存在していたカンタータ詩人たちの歌詞を用いた作曲だった。一七二五年の復活後第四主日からの九主日には続けて、マリアーネ・フォン・ツィーグラーという、啓蒙思想の女流詩人の詩集からカンタータを連作した。当時出版されたその詩集とバッハが作曲したカンタータ歌詞を比べると、面白いことに気づく。人間の価値や能力をなにほどか認めたい啓蒙思想の傾向を反映した原詩を、多分バッハ自身がルター派正統主義の信仰的立場から訂正したうえで、作曲しているのである。その詩集の復刻版も手に入るから、バッハの歌詞と比べて比較することができる。バッハは人間の罪と無力、神の救いの恵みを強調するのである。
 このカンタータ八七は復活後第五主日(ドイツでは今でも「ロガーテ、あなたたちは祈れ」の主日と呼ばれる)の礼拝のために用意されたもので、詩人の詩もその主日の福音書であるヨハネ一六章(23-30)に拠っている。原詩は、神のことばは「律法」と断じ、それに従わない人間に「祈っていないではないか」と告発調で迫ってくるから、なんとか祈るよう努めなくては、という流れである。
 バッハはこの歌詞を、神のことばは「律法と福音」と訂正するところから出発し、それに応じてカンタータをはっきり「律法と福音」の二つの部分に分けた。そのため原詩にはない第四曲の歌詞を恐らく自ら書いて、悔い改めて、神の慰めを求める祈りとした。 こうしてヨハネ一六章(33)をバスがイエスのことばとして歌う第五曲が原詩とは違う、キリストの勝利がもたらす慰めと救いの調子を強く帯びてくる。第六曲のテナーの歌うアリアは「イエスこそが助けを与えてくださる」という福音への信頼の歌となる。
 終曲のコラールは「私は憂いに沈まねばならないのか。イエスが私を愛してくださるから、すべての痛みは私にとって蜜より甘い」と歌い出す。バッハがその説教集を所有して、愛読していたハインリヒ・ミュラーの歌詞である。メロディーはこれまたバッハが愛した「イエスよ、わが喜び」(教会讃美歌三二二)である。ツィーグラーの原詩を借りて、バッハが自らのルター的な信仰を歌ったカンタータに仕上がっている。

   

人間成長とカウンセリング研究所(PGC)30年間の歴史

 所長 ジェームス・サック

 2012年4月28日にPGC創立30周年記念式典を行いました。素晴らしいお天気に恵まれ、PGCの関係者(170人位)は午前中にルーテル学院大学のチャペルで記念式典 、 午後はPGCがいつも使っていたブラウン・ホールでのレセプションに参加しました。午前中のプログラムは主に「PGCの30年をふりかえって」のシンポジウムでした。シンポジストはPGC創立者ケネス・デール、元運営委員長清重尚弘、元運営委員前田ケイと現所長ジェームス・サック各先生でした。
 PGCは教育、臨床(カウンセリング)そして研究の領域を持ったプログラムを実施することを目的としてきました。今までの活動をこれからもこのまま続けたいのですが、いくつかの状況の変化が生じたことにより、昨秋から運営委員会で度々検討してまいりました。その結果、本当に残念ではありますが、諸般の事情によりこの度7月31日をもってPGCを閉所することになりました。
 30年の内ケネス・デール先生が創立以来14年間所長を努め、その後の16年間をジェームス・サック先生が継承しました。3、200人以上がカウンセリングコース(基礎 I 期)を修了し、その後大勢がカウンセラートレーニングコース、継続教育、学習プログラム(サイコドラマ、TA、家族、箱庭、パストラル・ケア各研究会)など様々な教育プログラムにも参加しました。30年間には2000人以上のクライエントがPGCでカウンセリングを受けました。1997年には愛する人を亡くした人を対象とした研究および臨床サービスが始まり、これは大人と子ども向けのプログラムでした。また公開講座は132回の講演を主催しました。

 沢山の方々に大きな “Thank You” を言わなければなりません。数えきれない人数のボランティアがいろいろな形でPGCを手伝ってくださいました。そのお陰でPGCは30年間教会と社会の癒しの場になりました。PGCの理念を継承した新たな将来計画が神学校と共に検討されていますが、今まで30年間PGCを祈り、支えてくださった多くのみなさま、どうも有り難うございました!

高齢者伝道ブックレット 宣教室より発刊

 この度、高齢者伝道ブックレット「人生六合目からの歩み~ルーテル教会の応援ノート」が宣教室より発行されました。
 PM21のP2(信徒部門)委員会では、急激に進む高齢化社会の中に生きる教会として今、私達が取り組むべき課題をこれまで様々な側面から検討してきました。一昨年実行したアンケートを通して全国の教会からも高齢者伝道への実際の取り組みのご紹介や貴重なご意見を寄せていただきました。皆様のご協力に感謝いたします。
 それらのアンケート内容の分析とケーススタディ、さらに福祉や医療・介護の専門家からの具体的な提言、そして老いや死、病に関する聖書からのメッセージをまとめて、この度高齢者伝道ブックレット「人生六合目からの歩み~ルーテル教会応援ノート」を作成しました。
 この本はLAOS講座の別冊となっています。LAOS講座全9巻は、教会に連なる信徒の働きを再発見し、それを励まし強めることを願って刊行されました。これまで多くの教会でLAOSのテキストを基に、学びや実践への取り組みが続けられてきました。るうてる紙上でもその声のいくつかは紹介されました。沢山の兄弟姉妹が学びや話し合いを通して宣教への意欲を新たに起こされたと思います。
LAOS講座に連なるこの新しい一冊も、これまでと同じように各教会で有効に用いられて、新たな学びと実践の踏み台となることを願っています。是非大いに活用してください。また、各教会独自の活動内容や資料、また情報(役に立つ新聞の切り抜きなど)なども集めて追加資料として保管するなど新たな展開も期待しています。
P2委員会もこのテキスト発行を機に与えられた役割をひとまず終えます。これまで全国の教会の兄弟姉妹からお祈りとお支えを頂きました。心から感謝いたします。教会の宣教の働きがこれからも神様の豊かな導きの中に前進することを願っています。
PM21 P2委員会一同 (委員長  齋藤末理子)

訃報

 
引退教師で故林宏牧師夫人、哲子姉(享年82歳)が5月11日に召天されました。前夜式、葬儀は、去る5月14日・15日、ルーテル小城教会で行われました。 

引退教師で脳梗塞のため、入院治療中の古財克成先生(享年80才)が、5月13日午後3時33分に召天されました。前夜式、葬儀は、去る5月15日・16日、ルーテル東京教会で行われました。

一刻も早く原発を止めて、新しい生き方を!

日本福音ルーテル教会としての「原発」をめぐる声明

いのちと環境をめぐっての基礎的な理解

 キリスト教会は、聖書の証しにしたがって、天地万物は神さまの創造によるものであることを信じ、そう告白してきました。そのことは、この世界は神さまの主権のもとにあることを意味します。大地は主のものと謳い継がれてきました。「地とそこに満ちるもの、世界とそこに住むものは、主のもの」(詩編24編1節)。
 ですから、その被造物であるわたしたちは、この世界を神さまからの恵みの賜物として受け取り、「神を愛し、讃美し、感謝をささげ」るように期待されています。しかしながら、与えられたものをあたかも自分のものとして所有したり、恣意的に破壊したりすることは許されないのです(ルター『大教理問答書』使徒信条第一条の解説を参照)。
 それだけではなく、わたしたち人間はとくに、この被造世界の管理を託されています。それを創造の目的にそうように適切に管理し、その本来の趣旨に適うように用い、発展させ、神さまが喜ばれる世界の継続的な創造に参与する務めが与えられています。それは大きな光栄であり、同時に重い責任です。
 聖書には、最初の人をエデンの園に住まわせ、「人がそこを耕し、守るようにされた」(創世記2章15節)と記されています。「耕す」ことは、自然に働きかけることです。荒野を開墾し、治山治水を行い、集落を作り都市を築きます。採集によってではなく、農耕を営み、さらには工業はじめもろもろの産業を興します。人間の文明を創り上げることは、人間に安全と生活の便利さ、快適さを保証することでした。自然が征服されていくかのように思ったものでした。しかし、わたしたちは20世紀後半になって、人間が築き上げた文明なるものが、むしろいのちを脅かし、いのちが生きる環境を破壊してきていることに、遅まきながら気づいてきたのです。
 わたしたちは聖書において神さまが人間に「耕す」ことと同時に、「守る」ことをも使命として託されていることの意味を改めて深く受け止めます。「守る」ことは、いのちとそれが生きる環境とを尊び、慈しみ、保持存続させるためのすべての営みを含みます。環境保護は言うに及びませんが、有限な資源を用いながら、しかも強いものだけが生き残ったり繁栄を謳歌したりするのではなく、すべての人類と生態系が共存しつつ、安全に安心して生きていけるような世界を作り上げていかなければならないのです。そのためには、多資源多生産多消費のライフスタイルは改めなければなりません。競争原理に貫かれた、弱肉強食の社会を作るのではなく、あのイザヤ書のメシヤが来られた暁に実現する世界のように(イザヤ11章)、弱いものも強いものもさまざまな特徴をもつものがみな平和に共存する、共生原理が貫徹した世界を実現するために労することが求められています。人間だけではなく、自然との共生も目指さなければなりません。そのような社会、そのような世界を目指すことがあの「守る」ことなのです。一部の(それが多数であっても)人びとの豊かさや便利で快適な生活を生み出すために他の人びとが犠牲にされたり、生活や自然が搾取されることはあってはならないのです。たえず社会的に弱い立場の人たちと連帯することは、隣人愛をもっとも大切な戒めとして教えられているキリスト者にとっては当然なすべきことです。
 また、この正しく「耕し、守る」務めが創造主である神さまから人間に与えられていることを知らされているのは教会です。ですから、キリスト教会はその務めに率先して取り組まなければなりませんし、人間全体に課せられている務めだということを広く社会に訴える責任もあります。教会がいのちとそれが生きる環境を与えてくださった神さまに感謝し賛美を捧げることは、そのいのちと環境とを守ることと切り離すことはできないのです。

原発の大事故と今後についての見解

 2011年3月11日に福島で起こった原発の大惨事をきっかけに、わたしたちは原発が人間のいのちへの途方もない脅威であり、いのちと両立しえない存在であることを深く認識しました。さらに社会的に弱い立場の人が犠牲になっていること、また後世の人々に大きな負担を負わせることは許されません。それらの人々と連帯し、神によって創造され、贖われ、生かされている現在と将来のいのちとそれが生きる場であるこの世界、地球環境とを守るために、たとえそれによって享受される快適で便利な生活と経済的繁栄を今のレベルでは維持できなくなるとしても、一刻も早く原発を廃止しなければならないと考えます。この認識に至るのが遅かったことを認めます。
 脱原発を主張する以上、一方ではエネルギーの消費を低くする質素で、環境に配慮し、自然と共生するライフスタイルを身につけ、他方では社会の英知と科学技術と資本とを結集して新エネルギー、代替エネルギー、再生可能なエネルギーの開発・導入・普及をさせなければなりません。それは経済や生活の快適さ・利便性の問題ではなく、神の前で隣人とともに生きる際に必要な、正義と公平を求める倫理の問題だと信仰によって認めるからです。
 日本福音ルーテル教会は神によって創造され、贖われ、生かされている現在と将来のいのちを次の世代につないでいくためにも、「一刻も早く日本にある原発が廃止されること」を第25期総会期の総会声明として社会と教会に呼びかけます。
 この呼びかけを手始めとして、日本福音ルーテル教会の各教会・教区・全体教会レベルで「原発の安全性に関わる問題性」、「放射能被曝に関わる問題性」、「放射能廃棄物処理の問題性」、「核兵器廃絶との関係」、「世界のエネルギー政策とそれに関わる生活様式について」、「環境問題」等に関しての学びを含めての取り組みを開始していきます。

2012年5月4日 日本福音ルーテル教会

第25回定期総会報告

 2012年5月2日(水)から4日(金)まで、宣教百年記念東京会堂にて日本福音ルーテル教会第25回定期総会がおこなわれました。6月には各個教会へ総会議事録が配布される予定です。
 今回の総会は憲法規則改正などの案件がなく、報告に重点を置き「第24総会期各報告」「東日本大震災救援対策報告」「ブラジル伝道報告」を中心におこなわれました。
 「震災報告」では、青田本部長よりこれまでの経緯、支援金会計についての説明がなされました。また、救援活動の現場で働く野口勝彦派遣JLER牧師、佐藤文敬専従スタッフから現在の支援とこれからの計画をお聞きすることができました。これから2年にわたる支援活動を支えていくことを確認しました。
 「ブラジル伝道報告」では、徳弘浩隆宣教師から画像を用いてこの4年間の歩みをお聞きすることができました。2つの教会の合同、教会移転、自給にむかっての取り組みなど、私たちの宣教にとってチャレンジでした。出席者は報告を聞きながら喜びあふれるひと時を過ごしました。
 また、「第6次総合方策」の策定がなされました。キリスト教界の全体的な長期低迷や、未曽有の経済危機を受けつつ、本来のあるべき教会の宣教の方向性を定める方策が求められていました。一つの教会としての宣教の使命に生きる日本福音ルーテル教会が改めて共通の宣教の目標を相互に確認し、将来に向けての確かなる方向性を見出すために提案され、承認されました。
 信仰と職制委員会の答申をうけ「原子力発電に関する見解」を第24期常議員会は提案を行いました。議場では文言の修正などをおこない、これを声明文として承認いたしました。
 会計決算、予算についても、会計・財務担当常議員よりパワーポイントを用いて詳しく説明がありよりよい理解と共に承認されました。
 第25期常議員には、総会議長・立山忠浩、総会副議長・青田勇、総会書記・事務局長・白川道生、会計・森下博司、財務担当信徒常議員・豊島義敬、信徒常議員(女性)・小林恵理香 各教区長、各教区選出信徒常議員が選ばれました。
 (事務局長 立野泰博)

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