1. HOME
  2. ブログ
  3. るうてる  2009年 4月号

刊行物

BLOG

るうてる  2009年 4月号

機関紙PDF

教職按手式

3月8日(日)午後7時より、宣教百年記念東京会堂にて教職授任按手式が行われました。今年は4名の新しい教職が誕生しました。式には過去最高となる300名以上の出席者があり、渡邉議長から「ケーキの食べ方教えます」の説教題のもと力強い励ましをいただきました。
按手を受けたのは、汲田真帆、小山茂、鷲見達也、崔大凡(敬称略)の各氏。20代~60代という幅広い年齢。経験を生かした働きを期待しています。
式後のレセプションでは、遣わされていく教会の発表、辞令交付が行われ、それぞれにたくさんの祈りとプレゼントが贈られました。
事務局長 立野 泰博

ケーキの食べ方教えます マタイ9章35~10章15節

ノートルダム清心学園理事長で、シスターの渡辺和子さんが、修道院に入り、アメリカに派遣されて、多くの修練女たちとの生活が始まった時のことを記しています。
食事中は沈黙で、大皿に盛られた品が回ってきて、各自は自分の分を取り分けます。夕食後のデザートのケーキは、切り分けられていました。その時です。「自分の一番手近の一切れをとります」と修練長の鶴のひと声。渡辺さんたち修練女は、ほとんどが20代の食べ盛り、しかも一日の激しい労働の後でしたから、皆、少しでも大き目のケーキが欲しかったのです。お肉が出された時も同じでした。毎回少しでも大き目のものを取りたい誘惑と闘って、「これが私に与えられた一切れ」と思い定めたのでした。
このことは、その後、渡辺さんがいろいろの誘惑に遭った時に、それらとどのように向き合うかを教えてくれる訓練にもなりました。「楽をしたい、面倒なことを避けたい、他人よりも良いものが欲しいという誘惑は、多分、死ぬまで続くことでしょう。ですから、悪魔の誘惑を退けられたキリストに、少しでも倣えるように」と。(「誘惑」より)

日本福音ルーテル教会は、4月1日付けで、4人の新任牧師を宣教の第一線に派遣します。本日の聖書は、この4名の方々と同じように、イエスが12人の弟子たちを選ぶに至る動機と、彼らをこの世に派遣するに際して、その心得を示された箇所です。
イエスは町や村の津々浦々を巡り歩き、み国の福音を宣べ伝え、病に苦しんでいる人たちを癒されました。12弟子ですが、それぞれの背景をみますと、特別優れ者ではなく、まったく目立たず、社会的にも平凡な、あるいは劣る存在であったかも知れません。その何もない、何も出来ない弟子たちに、飼い主のない弱り果てた羊のような人々のためにと、イエスは弟子たちに権能を授けられたのです。
ではなぜ、イエスは社会的に大きな役割を果たした人物でなく、漁師や罪人と呼ばれた徴税人、あるいは、イエスを裏切る人物や、聖書にも詳細を告げていない人々をイエスの弟子、12弟子の一人ひとりに加えられたのかという疑問が湧いてきます。聖書には、イエスは弟子を派遣するに当たり、命じられた言葉の真ん中に、「ただで受けたのだから、ただで与えなさい」と言われます。パウロも第一コリント1章26節で、「あなたがたが召されたときのことを、思い起こしてみなさい。人間的に見て知恵のある者が多かったわけではなく、能力のある者や、家柄のよい者が多かったわけでもありません」と告げています。つまり、12弟子が選ばれたとき、力ある者として選ばれたのではないということです。それ以上に、厳しい言葉は、「帯の中に金貨も銀貨も銅貨も入れて行ってはならない。旅には袋も二枚の下着も、履物も杖も持って行ってはならない。……」とあります。これらのことを言い換えるならば、社会的に頼ることの出来る人間関係、優位性を誇るものは何一ついらない、つまり着の身着のまま、丸裸のままで宣教に携わることを強いておられます。「ただで受けたのだから、ただで与えなさい」でした。
しかし、それだけで終わっていません。「わたしの弟子だという理由で、この小さな者の一人に、冷たい水一杯でも飲ませてくれる人は、必ずその報いを受ける」と、働きが徒労に終わることがないことを明確に言い放っておられます。先ほどの渡辺和子さんのアメリカでの修道院生活の修練長のひと声、「自分の一番手近の一切れをとります」は、当然のようで、そうではないのです。ここには、選ぶ権利より、与えられた場所で、与えられたものを、感謝を持って受け入れるという、揺るぎない信仰が試されていることを知らされます。
ケーキを食べるときの心得のように、弟子としてのあるべき姿は、与えられたものを感謝し、受け、そして心を込めて与えることにあるのです。あなたを待っている人がいます。足りないところは、神さまに任せ、主の弟子として送り出される4人の新任牧師を、また私たち一人ひとりを、深い憐れみをもって、今日も,明日も、いつも見つめて下さっておられる方を覚え、新しく始まる日々を主に感謝してご一緒に過ごしてまいりましょう。

風の道具箱

きっといつか物語

ある「老人ホーム」に行くと、床に、たくさんの赤いビニールテープが30センチ感覚で貼ってありました。何かの目印のようです。すると「これは歩くための印です」と教えられました。病気のために歩くときの一歩が出ない方のためのテープでした。
きっかけはある日、家族がその方が歩く方に一本の傘を投げられたのです。雨が降っているわけでもなく、足元に投げるのは「いじわる」なのではと思ったそうです。ところが、「前に何か目標があると一歩が出るのです」と教えてくださったのです。そこでホームでは一歩前へ足を出す目標として、赤い線を等間隔に貼っていると教えてくださいました。
「何か目標があれば一歩踏み出す勇気が与えられる。そして確実に一歩出る。きっといつか一人で歩くために」という言葉に感銘を受けました。
試練の中で一歩前へ踏み出すことは多くの勇気がいります。神様は、恐れの中に希望を見いだし、一歩を確実に出すことのできる勇気のめに「きっといつか」の配慮をしてくださいます。
(柿のたね)

インフォメーション

■第14回伝道セミナーのお知らせ
今年の「伝セミ」は、それぞれの方が伝道について分かち合い支えあう会として企画されています。
・日程 5月4日(月)~6日(水)
・テーマ 私にとっての伝道~誰に、どこで、どのように ? ~
・場所 琵琶湖国定公園 近江白浜 白浜荘・問合せ先 第14回全国伝道セミナー事務局
〒502-0856岐阜市鷺山緑ケ丘新町1768-92
電話&FAX:0582-31-7897
実行委員長:前田 実兄(知多教会)

■TNG(次世代宣教)アメリカ短期研修
参加者募集
JELA-JELC共同事業委員会では次世代宣教に関わるスタッフ育成のための研修を実施します。
・日程 5月27日(水)~ 6月9日(火)
・会場 ノースカロライナ州 ルーサーリッジ
・費用 自己負担5万円と保険等の費用
・申込期限 4月30日(木)必着
・氏名、教会名、連絡先、志望動機、教会(地区・教区等)でのキャンプへの関わりの経歴等を明記して、お申込みください。
・問合わせ&申込先 本郷教会(03-3814-0766)
安井宣生 n-yasui@jelc.or.jp

牧師の声

私の愛唱聖句

西教区 シオン教会、宇部教会、厚狭教会、下関教会 牧師 小勝 奈保子

わたしを愛しているか (ヨハネによる福音書21章15節)

イエスさまはペトロに「わたしを愛しているか」とお尋ねになりました。ペトロは答えて、「はい、主よ、わたしがあなたを愛していることは、あなたがご存じです」と、その信仰を告白しています。私はクリスチャン2世、戦後キリスト教ブームの親に育てられた世代です。幼少の頃からイエスさまの物語を聞き、教えについては頭でっかちな一方、信じる心はまだまだ弱く、十分に育っていませんでした。成長するにつれ、現実と教会とのギャップを感じてもいました。19歳の時、洗礼を受けましたが、当時を振り返ると玉虫色の信仰だったと思います。ですから、信仰告白に自信がありません。クリスチャンかと聞かれれば「一応」と答え、社会の風に当たれば信仰を語らず、何か後ろめたい思いを抱いていました。
しかし、転機が訪れました。それはスリランカとの出会いです。スリランカは信仰心篤く、バスやタクシーに乗ると、神さまのポスターが飾ってあります。仏教徒ならブッタ、ヒンドゥー教徒ならガネーシャ。クリスチャンならジーザスで、すぐにこの運転手さんはクリスチャンだと分かります。
旅の目的はワークキャンプで、子どもの施設に滞在しました。子どもたちと生活を共にし、食事を作ったり、井戸で洗濯をしたり、朝な夕な礼拝を守ることで、だんだんと心が開かれていきました。ある日のこと、私の膝の上に子どもが座り、キラキラ輝く瞳で「ジーザス アーダレイダ(イエスさまを愛していますか)?」と尋ねてきました。私は思わず「YES」と答え、その答えに自分でもびっくり。満面の笑みにほだされたに違いないのですが、私はイエスさまを愛しているんだと、はじめてイエスさまへの思いに気づいたのです。子どもたちはイエスさまだけでなく、「わたしを愛してる?」と尋ねてきます。その度に「とっても愛してる」と答える毎日を過ごしました。
「わたしを愛しているか」、これは私たち自身の内にある問いでもあります。「こんな私でも愛してくれますか」。出会いの中に、何気ないおしゃべりの中に、「わたしを愛しているか」この言葉はいつも隠されているなあと思うこの頃です。

信徒の声

教会の宝を捜して

東教区 田園調布教会 信徒  川上 淳子

ルーテル教会とのかかわりについてお話を聞かせてください。
昭和28年、子どもの幼稚園入園とともに始まりました。小さな教会の礼拝堂が週日は保育室になりました。狭い台所も立派な保育室でした。しかもトイレは一つしかありませんでした。100名を越す子どもたちがいて、よくあの場所で生活が成り立ったと思います。母の会で役員をし、当時は、教会婦人会は、阿辻しをさんが会長で、岡立枝さんも代議員で、幼稚園父兄も教会員も、区別なく、なんでも一緒になって働いていました。補助教会でしたから。母の会のために聖研があり、自然に教会の働きに加えられ、今日になってしまった感じです。振り返れば、ただ「いた」だけの思いです。代議員にもなったことはありませんし、教会から代表で表に出たこともありませんでしたから。私は、昭和30年に洗礼を受けました。
今年はこの教会での生活が54年になりますね。
これまで教会を替わろうと思ったことはありませんでした。四世代同居、家族関係の中の複雑さの中で生きてきました。何しろ家庭では、病人の世話、家族の人間関係、弔い、夫の病気などで大変でした。
でも、矢野先生から、「学びて確信したところに常におれ」(2テモテ3・14)と受洗の時にいただいたみことばが、支えになりました。いろいろなことがあっても、何が神さまの恵み・みこころであるのか考えながら生きてきました。なんとかしようと思うと、結局わからなくなって自分を見失うことになりますが、ぜんぶ願うように事が運びました。不思議なことです。幸せとか恵みがどこにあるのかと探しながら生きてきました。不満に思うか、感謝に思うかは、受け止め方の違いにすぎません。すべて神さまにお任せすることだと思います。みことばの「わが恵み汝に足れり」(2コリント12・9)は、心に残っています。一人ひとりに与えられる十分に恵みは備えられていると思っています。83年元気に生きていることが奇蹟と思っています。

希望のメッセージを届けたい! ~高齢者伝道の取り組み~

P2委員長  齋藤末理子

「証しし、奉仕する信徒・宣教の担い手である信徒になろう!」の目標のもと、これまで信徒教育プログラムを計画・実行してきたP2委員会の働きも後半期に入りました。「LAOS講座」や「信徒宣言21」に示された新しい信徒論・教会論についての学びや実践の取り組みは今も多くの教会で続けられています。
2007年度実施の統計資料添付アンケートでは、これからの教会が取り組むべき課題として①信徒説教者の養成②高齢期の方々への伝道とケア③団塊世代・リタイヤ世代による積極的な教会活動の推進、などが挙げられました。
高齢化社会に生きる教会として、私たちは相応しい宣教の取り組みを具体的に考え、実行することが求められています。人生の円熟期にある方々、豊かな人生経験・信仰経験を持っておられる方々の賜物を生かした活動は、これからの宣教の大きな原動力となることでしょう。
また、健康や生活面で不安や問題を抱えつつ人生の後半を生きる人々への対応も再確認する必要があります。ハード、ソフト両面での見直しもすでに始まっています。病床訪問、礼拝への送迎、会堂の整備や対応、後見人制度などの取り組み例をこれからこの欄で紹介し、分かち合えたらと思います。
「夕べになっても光がある」(ゼカリヤ書14章7節)とのみ言葉に励まされ、老いの日々を尊厳と喜びをもって生きる希望のメッセージを、その証しを、私たちの教会が社会に福音の豊かさとして発信できるよう、教会の内も外も整えてゆきましょう。

いのち、はぐくむ  中井弘和

第1回 稲は生きている

大切なのは、植える者でも水を注ぐ者でもなく、成長させてくださる神です。
(コリントの信徒への手紙一 3章7節)

私は、大学を定年後、伊豆山間のとある農場で稲の自然農法の研究を続けて5年目を迎えています。自然農法は、農薬、化学肥料は使わず、「自然の摂理に沿い、土本来の力を生かす」と定義されます。この一見風変わりな研究を始めたのは1991年のことですが、すぐそのとりことなり、今はそれをライフワークと定めています。
3年目の93年には、たまたま岩手県最北端の松尾村でも実験を行っていて、未曾有といわれる大冷害の直撃を受けました。その年、日本は著しい米不足となり必要量の二十数パーセントに当たる200万トンを外国から輸入したことはよく知られています。9月中旬、穂が色づき垂れる頃、現地に稲の様子を見に行きました。先ず、目にしたのは岩手山の麓に青々と広がる何気ない水田の風景でした。しかし、すぐにそれが異様であることに気づきました。すべての穂が空に向かってまっすぐに立っていたのです。
こんな冷害には遭ったことがない、とそこで出合った老人たちは一様に沈痛な面持ちで話していました。はっと、われに返り急ぎ実験田に走り着いて目撃した光景をまた忘れることができません。自然農法の稲は凛として実り色づきはじめて光を放っているようでした。収穫のため1ヵ月後に再び現地を訪ねました。私たちの自然農法の稲はほぼ完全に実っていましたが、周囲の稲はついに実ることはありませんでした。
稲は生きている、と強く実感させてくれる出来事でした。稲はそれ固有のいのちを持ち、自然の変化に自在に反応しながら自らを成長させているということです。農薬、化学肥料、機械に過度に依存して作物を管理しようとする近代農業技術の矛盾あるいは人間のおごりが大冷害によって露呈されたと今も考えています。

こんなこと やっています。~世界各地のルーテル教会では~

ドイツの厳粛な復活祭

松本義宣

伝統的なオースターナハト(復活前夜祭)が夜半から深夜にかけて行われます。かがり火が会堂入り口に焚かれ、その他は全くの暗黒。まだ点灯されない新しい復活の蝋燭を先頭に「キリストは世の光」と歌いつつ入堂、堕罪、ノアの洪水、過越等にまつわる典礼歌が聖歌隊によって歌われ、いよいよ、その年を通して灯される復活蝋燭の点灯式、そこから会衆も各々点灯します。次に「洗礼の想起」、主に結ばれて罪に死に再び永遠の命に復活する洗礼と復活の意義を思い起こします。いよいよ復活日の福音書朗読、教会に保存されている最古の聖書がうやうやしく運ばれ、朗読者はそれぞれ語り手、天使、イエス等の役割分担で語ります。ここで初めて会衆が「キリストはよみがえりぬ」(教会103番)を賛美し、その後は説教、祈り、聖餐式と続きます。定められたテキストですべてが整えられていて、荘厳な石造りの会堂に輝く無数の蝋燭の光が、忘れられない美しさでした。

関門の丘から  松隈 勁

わたしは植え、アポロは水を注いだ。しかし、成長させてくださったのは神です。ですから、大切なのは、植えるものでも水を注ぐものでもなく、成長させてくださる神です。(コリントの信徒への手紙一 3章6~7節)

4月。新たな決意を胸に入学式に臨む中学1年生、高校1年生。その群れを見守るように校門から校舎に向かう通路に黄色い清楚な連翹の花が迎える。温かく華やいだ日差しの中で新しい一巡りが今日から始まる。
「やがて世に勝たん、愛の旗帰る。われらの母校は山の上の城」と校歌に歌い継がれてきた海峡のミッション–梅光女学院は関門海峡をまぢかに望む小高い丘の上にある。私はこの学び舎で32年の時を過ごした。教育の術はこの聖句に尽きると思っている。この聖句を中心にこの1年間の連載を書き綴っていこうと思っている。
東京での学生生活を支えてくださった保谷教会の牧師、白髭市十郎先生から「君は薬を作るより人を作るお手伝いのほうがむいているのではないか」とのお勧めに応え、下関教会の役員で、校長をしておられた河田哲先生のお世話でこの学校に赴任した。学生時代、一時は教師を志したものの研究に心惹かれ、大学院終了後製薬会社の研究所で新薬の開発に従事した。会社での人間関係に悩んでいた頃、様子を察しての先生の温かい配慮であった。保谷教会を離れる時、先生は「偉い先生にはならんでええ、良き教師になれ」と、はなむけの言葉を贈ってくださった。その言葉を信念として32年の時を過ごしてきたように思う。以来、理科教師として中学生、高校生に科学の世界の面白さ、大切さを伝えるために凡庸ではあるが誠実に生徒たちと共に歩んできたと自負している。
連翹の花は3月の初め花開く。卒業式の答辞としてよく引用される。学校によくある桜の木は校庭に見られない。しかし、この学校には連翹がよく似合うと思っている。3年間、あるいは6年間の学びを終え、連翹の花に見送られるように丘を下っていく生徒たちのこれからの歩みがイエス・キリストの恵みにあふれた歩みとなるよう祈りつつ、後ろ姿が見えなくなるまで職員室の窓から見送って、32年の時が過ぎた。

平岡正幸牧師 逝く

2月6日夕刻、平岡正幸牧師は脳内出血で倒れ、救急車で甲府市民病院に運ばれ、入院した。意識の戻らぬまま2月18日逝去。
6日は、「教区総会資料」の原稿締切日。早朝、彼からメールが届き、「今日が締切ですよ。よろしく」とあった。「今、出そうと思ったのに……」と返信した。それが最後のやりとりとなった。
教区総会に向け常議員が一丸となっていた矢先、書記がいなくなってしまった。「幽明境を異にする」。この言葉に打ちのめされる思いだった。
彼はカルト問題にも長年取り組み、救出にも実績を残した。その点でルーテル教会内よりも、外で名の知られた専門家であった。
彼は多くの深刻な問題を内に抱えつつも、「宗教的使命感」などとは無縁であるかのように、ひょうひょうと生きていた。あの笑顔。それは安心の無料配布。あの自然体。それは、「信仰する」という意図すら超えた神様への信頼。今、なつかしく思い出す。ありがとう、平岡先生。
東教区常議員 徳野昌博

引退牧師からのメッセージ

3月末に引退された先生方からメッセージをいただきました。

聖霊は 信仰を支配する力  勝部 哲

64年間という人生の半分を過ごした34年間の牧会生活に終止符を打つことになりました。
牧師職は体力、知力、気力、指導力、決断力、判断力が必要とされ、信徒の方々と共にバランスの取れた教会形成に努めるというかなりハードな働きが要求されます。これらを克服するには、常に「召命感」というものに向き合うことになり、何度も辞めたいと葛藤の連続でもありました。しかし、神さまはいつも聖霊という目に見えない力で、その時その時をより良い方向へと導いてくださいました。
人間の打算や計算では信仰が成り立たないことを信じて、その時を神さまに委ねてゆくルーテル教会であることを祈ります。

なにものにも左右されることなく  横田 弘行

1969年に宇土・松橋教会に任を受け、呉、岐阜、水俣、清水、沼津と38年間の伝道、牧会を経て、引退を決意しました。
人口比率1%そこそこのキリスト者、この国での宣教活動には今後、益々、経済的な厳しさが予測されます。
なにものにも左右されることなく、福音に純粋に聞いて語る牧者であっていただきたい。パウロが語り、生きたテント・メイキング・パスターの道も1つの選択かと思います。
教職免許や弁護士資格、医者の資格など取得し、経済自立をはかりながら、尚も福音宣教に生きる。一考すべき視点かと思います。

ボブ先生の旅日記⑤

東海教区「ユニーク体験」

これまでの3つの教区とはまるで違った体験が、東海教区での1ヶ月間でした。これまでは、一箇所の住まいに定住しながらの働きでしたが、東海教区では働きが3箇所で、最初の静岡市では清水教会の牧師館、大垣市に移動すると教会2階の教室が我が家、そして3番目が3月8日、名古屋恵教会でした。
静岡市清水区はこれまでの地域と比べると小さな町でした。ところが信徒たちの信仰はうって変わって元気でした。小鹿教会と清水教会で仕事があるとき、明比先生に連れられて出かけました。明比先生は、英語でいうところのAge is a matter of attitude, not chronologyそのもので、先生を見ていると人間の齢は年の数じゃないんだと教えられます。教会の働きのためにご自分のエネルギーを惜しみなく注ぎます。共に参加させていただいた祈祷会や聖書研究会はすばらしい恵みの時でした。信徒のお宅でのお茶会に招かれ心が洗われました。清水教会信徒でギデオン協会名誉役員でもある日下先生は、ルーテル・イングリッシュアワーを導いていますが、このたび聖書朗読の吹き込みを依頼されました。それを今後のクラスで用いてくださるというのです。いつの日かこれが用いられ、そこに聖霊が働いて参加者の中から受洗者が与えられることを祈っています。
大垣教会では、ルターの教え「全信徒祭司」がとても生かされていました。教会の働きに信徒一人ひとりが関わっているのです。ここでは信徒が説教することもしばしばあります。聖歌隊やギター伴奏での讃美歌合唱もあり、とても生き生きとした礼拝を体験できました。長い教会生活を通して信仰を養われた兄弟姉妹の中心的な働きがあるからこそ、こういうことが実現するのだと思います。それは施設「あゆみの家」にも当てはまります。ここでの知的障がい者への宣教は、ジョン・ボーマン先生によって始められ、今も受け継がれています。イエス・キリストにお仕えするという意味で、ボーマン先生の精神が今もここで生きているといえます。
クリスと私はその後、名古屋めぐみ教会へと向かいました。東海教区でのユニークの働きは、私たち2人のしもべへの神様からの贈り物だったのです。

第43回 教職神学セミナー

2月16日から2月19日まで三鷹のルーテル学院で「伝道へ」の3回シリーズの最終回として「教会:地域の人々と共に生きる」のテーマでセミナーが開催された。江藤直純神学校長の基調講演から始まり、地域の第一線で活躍中の牧師、神父の講演を中心に4日間に渡る内容の濃いセミナーであった。首都圏の教会も地方にある教会も幼稚園等の施設の有無にかかわらず、地域に向かって精一杯の伝道を展開している。ルーテル教会の4教団から参加した教職、また信徒も加わり、朝の聖書研究や昼のチャペル礼拝、またワークショップでの忌憚のない討論も交えて、それぞれの「地域」で教会がいかに生きていくか再考させられた。
津田沼教会 渡邊賢次

2009年度教職人事異動

■人事異動(2009年4月1日付)
・岡田 薫 函館教会主任(兼)
・立山忠浩 板橋教会主任(兼)汲田牧師補指導牧師
・浅野直樹 市ヶ谷教会主任
・中川俊介 八王子教会主任
・竹田孝一 大森教会主任
・斎藤忠碩 日吉教会主任
・大柴譲治 甲府教会主任(兼)
・徳野昌博 松本教会主任(兼)(8月31日まで)
・中島康文 長野教会主任(兼)(8月31日まで)
・佐藤和宏 松本教会、長野教会主任(9月1日付)
・大宮陸孝 諏訪教会主任(兼)
・渡邉 進 沼津教会 富士教会主任
・藤井邦夫 静岡教会主任
・田中博二 刈谷教会主任(兼)
・鈴木英夫 挙母教会主任
・佐々木赫子 なごや希望教会 協力牧師
・鐘ヶ江昭洋 広島教会主任継続(兼)鷲見牧師補指導牧師
・宮本 新 博多教会主任 (7月1日付)
・日笠山吉之 鹿児島教会、阿久根教会主任(兼)小山牧師補指導牧師
・長岡立一郎 九州学院専任理事長、崔牧師補指導牧師
・黄 大衛 九州ルーテル学院大学チャプレン
■新任
・汲田真帆(新任・牧師補)板橋教会(東教区)
・鷲見達也(新任・牧師補)広島教会(西教区)
・崔 大凡(新任・牧師補)ルーテル学院中高チャプレン(九州教区)
・小山 茂(新任・牧師補)鹿児島・阿久根教会(九州教区)【嘱託任用】
■海外派遣宣教師
・徳弘浩隆 ブラジル派遣宣教師(4月~任期3年)
・伊藤文雄(1年毎更新)JACE(日米協力伝道)カリフォルニア州ファーストルーサラン教会(日本語礼拝)、リザレクション教会(日本語礼拝)兼任
■その他
・青田 勇  宣教室長・総務室長
・立野泰博 事務局長(2008年6月より)
■宣教師(着任)
・キャロル サック 長期宣教師任用変更(1月1日付)リラ・プレカリア(祈りのたて琴)による宣教
・エリック ハンソン 本郷学生センター(週2日)
■宣教師(退任)(3月31日付)
・T.クーシランタ
・アーロン アルブレヒト
■嘱託任用
・後藤直樹 荒尾教会 主任 朝比奈晴朗(兼)
■牧会委嘱
・ビリピ・ソベリ 函館教会(更新)
・中村圭助 甲府教会、諏訪教会(新)
・武村 協 松本教会(新)(8月31日まで)
・勝部 哲 長野教会(新)(8月31日まで)
・山本 裕 浜名教会(更新)
・戸田 裕 復活教会(更新)
・森 勉 広島教会(新)1年更新で3年を限度として、おもに呉集会所に限る。
・松隈貞雄 宇部教会(更新)
・早川顕一 聖ペテロ教会(更新)
・アンドリュー・エリス 小国教会、甲佐教会(更新)
■J3プログラム
・マシュー リンデン 本郷学生センター
・キャロリン スティプカ  九州ルーテル学院
・ジェニファ ブラウン 九州ルーテル学院
■定年引退(3月31日付)
・勝部 哲
・横田弘行
■退職
・平岡正幸(2月18日召天)
■嘱託任用終了(3月31日付)
・落合成光
※敬称略

連帯献金のお願い

ブラジル伝道
日米協力伝道(米国内日語礼拝)
メコン(カンボジア宣教支援・子ども支援等)
パレスチナ(ベツレヘムの学校・カレッジ支援等)
釜ヶ崎活動
その他(緊急支援や世界宣教の働きのために)
送金先 【郵便振替】00190-7-71734 日本福音ルーテル教会

関連記事