るうてる2025年12月号
「小さなもみの木に」
日本福音ルーテル日吉教会・横浜教会・ルーテル学院大学チャプレン 河田優
「あなたがたは、布にくるまって飼い葉桶の中に寝ている乳飲み子を見つけるであろう。」
(ルカによる福音書2・12)
絵本『くまのアーネストおじさん ちいさなもみの木』(ガブリエル・バンサン著・もりひさし訳・BL出版・1996年)には、あたたかなクリスマスの物語が描かれています。
クリスマスを待つ季節、アーネストおじさんに連れられた小さな女の子セレスティーヌは、森の中で曲がった小さなもみの木を見つけます。クリスマスツリーにするには形が整っていないため、誰にも選ばれず、森に取り残されていたその木を、彼女は愛します。理由は語られていません。もしかするとセレスティーヌは、そのもみの木に自分自身を重ねていたのかもしれません。
ねずみの孤児院で育った彼女は、社会の片隅に置かれていたように過ごしていました。ある日、地上のくまの世界に迷い込み、ごみ箱に隠れていたところを、アーネストおじさんに見つけられます。
最初は戸惑いながらも、アーネストは彼女を受け入れ、ふたりは一緒に暮らし始めます。誰にも選ばれず、居場所がなかったセレスティーヌ。曲がっているからといって見向きもされなかったもみの木。その木に心を寄せた彼女の思いは、ただの同情ではなく、自分自身の痛みと重なるものだったのでしょう。だからこそ、絵本の中で彼女は、アーネストおじさんともみの木のところでクリスマスを二人だけでお祝いしたい気持ちを表しています。
しかし、この小さなもみの木は、セレスティーヌの姿を映すだけではありませんでした。今から2千年前、神の子イエス・キリストもまた、もっとも小さきものと同じ姿で、私たちのもとに現れたのです。人々が待ち望んでいたメシアは、力ある王としての姿でした。そのような人々の思いの中で、イエスはベツレヘムという小さな村の家畜小屋でお生まれになりました。そこは、飾られたツリーのような華やかさではな く、曲がったもみの木のように、誰にも気づかれないで森の片隅に置かれたような場所でした。
そしてその夜、最初にイエスの誕生を知らされたのは、荒野にいた羊飼いたちでした。彼らは、律法を守ることが難しく、共同体から外された存在でした。そのような羊飼いに、神はまっさきに救いの知らせを届けたのです。
天使はこう告げます。
「今日ダビデの町に、あなたがたのために救い主がお生まれになった。この方こそ主メシアである。あなたがたは、産着にくるまって飼い葉桶に寝ている乳飲み子を見つける。これがあなたがたへのしるしである。」(ルカによる福音書2・11~12・聖書協会共同訳)
神の子が、布にくるまれ、飼い葉桶に寝かされている、それは、最も小さく、最も弱い姿で私たちのもとに来られたというしるしです。
私たちは時に「小さな者」として生きています。誰にも気づかれず、心の奥に悲しみや孤独を抱え、人前では笑っていても、居場所のなさに苦しむことがあります。神の子イエス・キリストは、力ある者としてではなく、弱い者として来られました。布にくるまれ、飼い葉桶に寝かされたその姿は、神が私たちの寂しさや悲しみを知り、その弱さに寄り添ってくださるしるしです。イエスの誕生は、誰にも選ばれなかった小さなもみの木のように、静かに、しかし確かに、私たちの心の土に根を張り始めたのです。
この絵本の最後には、セレスティーヌとアーネストおじさんのもとに徐々に人々が集まり、小さなもみの木のまわりでクリスマスを祝う場面が描かれています。作者であるガブリエル・バンサンは、本当は誰もがまことのクリスマスを求めていて、その喜びが静かに広がっていく様子を絵で語るのです。
今年もまたクリスマスを迎え、神の子のお生まれを共に祝います。イエス・キリストは華やかさではなく静けさの中に、力ある者ではなく小さな者のただ中に、私たちの弱さと共にいてくださる方として来られます。このお方を迎えるとき、私たちの心は静かに、しかし確かに、あたためられていきます。それは、慰めであり、希望であり、「あなたはひとりではない」という神からの約束です。
エッセイ「命のことば」 伊藤早奈
(69)「あなたといつも共にあるために」
「家に入ってみると、幼子は母マリアと共におられた。彼らはひれ伏して幼子を拝み、宝の箱を開けて、黄金、乳香、没薬を贈り物として献げた。」(マタイによる福音書2・11)
クリスマスって何の日?そう質問した私にたくさんの人たちが「イエス様の誕生日」と答えました。
でもその中の一人が「プレゼントをもらえる日」と言われました。間違ってはいないと思い心に残り続けて考えさせられました。
プレゼントって何だろう?贈り物です。私たちは誰かに贈り物をします。お世話になった人や親しい友人、家族だったり大切な誰かに。そのとき相手が喜んでくれるものは何か考え始め、喜ぶものだけではなくて、ためになるもの、役立つ何かがいいのではないかといろいろ考え始めます。それは長い期間であったり短くて急いだりします。親しければ親しいほど相手の生活を振り返ったりしたりもします。贈ったあとも、まるで自分のものであるかのように贈った相手に大切にされているか、忘れられていないか、気になったりします。
誰かが何かを贈ることだから自分には関係ないと思うかもしれませんが、全ての人に寄り添って、全ての人に関わっているお方からあなたは贈り物を贈られています。
それはイエス様です。2000年以上も前のことだから私には関係ないと思うかもしれませんが、今あなたにも、あなたと共に在るためにイエス様を神様が贈ってくださいます。忘れられたり、否定されたり、求められたりすることがあるとしても、今あなたに生きて働かれておられます。
クリスマスって何の日?イエス様を思い出す日なのかもしれません。あなたがいつも一人ではないことを。
「全国の教会・施設から」㉛
日本福音ルーテル横須賀教会
清水明子(日本福音ルーテル横須賀教会代議員)
温暖な気候の三浦半島のただ中、東京湾近接の横須賀市三春町、京急線堀ノ内から徒歩3分の十字架を掲げた白亜の教会が横須賀教会です。
教会史の始まりは1953年です。フィリップ・ルティオ師が任命され、民家を購入し伝道が始まりました。畳の上での礼拝です。当時神学生の田中良浩師が指導協力していました。3年後、ダグラス・スエンサイド師が着任。この頃から多くの人々が集まり、日曜学校での紙芝居やピクニックなどにぎわいました。その後、ビロー師が着任、日本福音ルーテル教会に移管します。
1958年に藤本義和師が着任します。民家での家庭的な雰囲気の礼拝で人々との交わりが深まり、教会員も16人になりました。ただ日曜日の朝は6畳と8畳の仕切りを外し、礼拝場所を整えるといった具合で、やがて手狭となり木造平屋建てになりました。
現在の建物は1983年に完成します。資金は多くの教会、アメリカ・フィンランドルーテル教会の寄付、本教会積み立て借り入れ、わかめ販売等でした。
その後1992年から平岡正幸師が、1997年から黄大衛師が、2003年から東和春師が牧会されます。東牧師の時に横浜教会との兼牧となります。隔週でそれぞれの礼拝を担い、東牧師がいない日は逸見義典師・中村圭助師・吉村博明信徒宣教師の助けを得て礼拝しました。また、教会員主導で奉仕や学びを進める「はまゆうの会も発足しました。2017年からの2年間は定年教師の鷲見達也師が牧会委嘱を担ってくださいました。
2018年に市原悠史師が着任し、現在に至ります。若くはつらつとした美声に鼓舞され、新発見に気づかされました。東教区ティーンズキャンプの会場になり、またバザーはオータムフェスタと名前を変えて行われるようになりました。着任後すぐコロナ禍となりますが、その間は礼拝のオンライン化で対応しました。
現在は大森・蒲田・横須賀で協力体制を組み、礼拝や交流会を共にしています。私たちは今まで多くの宣教師・牧師・会員の方々によって恵みに与ってきました。少人数の教会ですが一致し、祈り、明るく温かく宣教できることに感謝し前進していきます。
社会福祉法人慈愛園 特別養護老人ホーム パウラスホーム
岡﨑光治(特別養護老人ホームパウラスホーム施設長)
パウラスホームは、今から61年前の1964年7月20日、西日本で最初の特別養護老人ホームとして、熊本市中央区神水の慈愛園内に開設しました。施設名は、慈愛園の創設者であるモード・パウラス先生の名前に由来します。パウラスホームはキリスト教の「隣人愛」に基づき、利用者様お一人おひとりの個性・人格を大切に、日々、利用者様と向き合っています。ホーム1階の窓口には、パウラス先生の大きな肖像画を飾っています。また、施設内17カ所には聖句を通してパウラス先生の思いを伝える「慈愛園の心」を掲示しています。
パウラスホームは介護度が高い高齢者を対象とした施設で法的には介護老人福祉施設といいます。特養64床、ショートステイ16床、合わせて80床の入所施設です。近年は、入所者様の高齢化、介護度の重症化が進んできていて、施設側も、こうした状況への対応が求められています。まずは利用者様を支える人材の確保、それから生活環境、職場環境の整備です。介護職の負担軽減のために介護アシスタントさんを配置したり、生産性向上委員会や衛生管理委員会による施設の環境改善に取り組んでいます。また、介護技術や、考え方なども含めて施設では、今の時代に応じたケアの導入に着手したところです。例えば、ノーリフティングケアの導入や拘縮ゼロ作戦などです。すぐには実現しませんが、こうした目標を持って5年、10年とより良いケア、高齢の利用者様が気持ちよく過ごせる施設、職員がやりがいを実感し働きやすい職場づくりを目指しています。
今年の5月からミャンマーからの技能実習生2名も入職しました。2人ともキリスト教徒です。アメリカのルーテル教会が創設した慈愛園が、今度は国際貢献として外国人実習生を受け入れ、介護技術等を身に付けてもらおうと思っています。この他、パウラスホームの1階部分に地域交流スペースが設けられています。ここでは、校区の団体の情報交換会やサロン活動などが活発に行われています。
10月には県から「地域の縁がわ」の指定を受けました。今後もこうした活動を進め、地域福祉の拠点づくりを進めていきたいと思います。
改・宣教室から
永吉秀人総会議長(日本福音ルーテル東京池袋教会牧師)
100年前の日本を想像できるだろうか。私の務める東京池袋教会では宣教118年目を迎えている。初期の集合写真を見ると老若男女誰もが和服姿で写っている。ところで、再び100年前の新聞記事の提供をいただいた(新聞提供者は山梨栄光教会の岩間孝吉氏)。
新聞の日付は昭和3年(1928年)12月24日となっており、今から97年前である。記事には「北巨摩郡韮崎町ルーテル教會長坂分會場では一昨二十二日夜六時からクリスマスを行ったが武村牧師のサンタクロースの爺さんが人気を呼んだ。本部の韮崎町ルーテル教會では二十六日夜行ふと。」とある(記事写真の赤波線枠内)。
現在の東京池袋教会の地所には、初め1924年にフィンランド・ミッションによる東京福音神学校(池袋神学塾)が開校され、1926年に9名の卒業生を輩出している。そのお一人が新聞記事に記されている武村義雄牧師であり、初任地として山梨県の韮崎開拓伝道へと派遣されている。1928年には韮崎町ルーテル教會として新聞に掲載されており、「武村牧師のサンタクロースの爺さんが人気を呼んだ」と記されている。武村牧師は当時22歳の若き伝道者として福音のためなら、どんなことでもなさったであろう。しかし、1931年に武村牧師が下諏訪、さらに甲府へと転任し、兼任されていた韮崎教会は1932年に閉鎖となったことは惜しまれる。
今日、ある一人の牧師がサンタクロースに扮したと言って新聞に載ることはなかろう。その意味では、100年前のフィンランド系ルーテル教会として貴重な発信の証しである。武村義雄牧師のご子息は日本福音ルーテル教会を引退なさった武村協牧師であり、ご姉妹は悦子さん(故松原清牧師のご伴侶)と恵子さん(小嶋三義牧師のご伴侶)である。
今年も訪れるクリスマスの祝い。この喜びを常に新しく語ることは至難の業である。しかしきっぱりと、「キリストは来られた!」と世に告げてまいりたい。キリストが来られていないような生き方ではなく、キリストは来られたのだと言う生き方を世に告げたい。
世界の教会の声
ルテンド・ゴラ(ジンバブエルーテル教会の青年)
神様はアーティスト
私が絵を描き始めたとき、自然からたくさんのインスピレーションをもらいました。私は油性パステルで肖像画を描くのですが、その頃のテーマは「人」でした。「わたしたちは神のために力を合わせて働く者であり、あなたがたは神の畑、神の建物なのです。」当時の私は、コリントの信徒への手紙一3章9節のみことばから霊的な導きを受けました。
喜んだときの笑いじわ、困ったとき鼻にできる深いしわなど、鼻、口、目、頬、皮膚には世界の70億人分以上のパターンがあるなんてすごいことです。このことに私は感嘆せずにはいられません。神様の創造のわざを見たければ、この最高の芸術家による作品以上のものがあるのでしょうか。
神様が創造の主であることは、創世記の天地創造の物語に出ています(創世記1章〜2章)。神様は地球を造り、水を造り、あらゆる生き物を造り、人を造りました。すべてを創造なさったのは神様だと確認できますが、私は神様を芸術家と思っています。世界を完成させたらそれで終わり、あとはご自由に。ではなくて、神様は造り続けるのです。創造された自然を見渡すと、自然が持続的に、創造性豊かに、そしてはっきりとした意図をもって成長しているさまが見て取れます。世界が美しいと思うのは、決して不思議なことではありません。
けれども「醜さ」があるのも事実です。創造するお方が、今もそうした現実を作り続けているのは何故なのでしょう。混沌や混乱、不測の事態といった出来事のなかに、神様の創造的な働きを見いだすことができるのでしょうか。
混沌や醜さは、そこから私たちが身を隠してしまうのでなく、混沌のただ中で姿を表す機会でもあります。それは作家が描いたシナリオをただ手直しすることとは違い、鑑賞する人たちにより深い情感をもたらし、そこから新たな変化が起きるきっかけとなります。私たちはこの世にあって神様のスタッフなのだと私のメンターは言います。いかに過去を創るか、いかに未来を創造するか私たちに問われています。究極的には、私たちは世界の創造の責任を担う共同創造者なのです。
自分自身を共同創造者とみているでしょうか。どのようにしてそう言えるのでしょうか。社会のどのようなニードに対し私たちは貢献できるでしょうか。(あなたが)最高の芸術家の御手によって造られた者であるとしたら、
どんなインパクトがあるでしょうか。
神様は無から創造なさいましたが、私たちには神様が創造なさった世界があります。心が痛んでいる人がいます。造ったり、分かち合ったりする喜びをいただいています。そして、私たちは神様の無条件の愛をいただいています。それらを携えて世界に愛と平和を創り出すためにベストを尽くすよう私たちは招かれています。
https://lutheranworld.org/blog/god-artist
聖書日課読者の集い開催報告
西川晶子(日本福音ルーテル下関教会・厚狭教会・宇部教会牧師・ルーテル「聖書日課」を読む会発行委員会委員)
10月20日(月)~21(火)、日本福音ルーテル大阪教会およびホテル・ザ・ルーテルを会場として、2025年度ルーテル聖書日課読者の集いが行われました。
昨年も講師としてお話くださった神戸ルーテル神学校の正木うらら先生に加えて、今年はご伴侶の正木牧人先生も共に講師としてお迎えし、「ガラテヤ人の手紙に学ぶ―キリスト者日常の自由と使命」というテーマで、2日間の学びと交わりの時間を持ちました。
ルターが二度にわたる講解を残すほど人生をかけて取り組んだ「ガラテヤ書」、特にルター派の根幹である「信仰義認」について、牧人先生の注解に、うらら先生の言語的な注釈を入れてくださる形で、今回の学びは進められました。ガラテヤの教会の置かれていた背景や抱えていた課題なども含め、聖書の一つの書物と徹底的に向かい合うという経験に、学びの難しさを感じる場面ももちろんありましたが、それでも親しみやすく熱意あふれる牧人先生・うらら先生のお話しに、それぞれが自身の信仰体験と重ね合わせ、またお互いに分かち合いながら、実りある時間を過ごすことができたと思います。
ありがたいことに今回、聖書日課を共にするルーテル五教団、また他教派からも、部分参加も含めて57名のご参加があり、過去最多だったと伺いました。リピート参加で旧交を温めておられた方、緊張しながらも初めて参加された方などさまざまでしたが、学びも食事などの交わりの時間も、和やかで温かい時間だったと思います。また、いつも聖書日課をすてきなイラストで飾ってくださるたかみねみきこさんも、ゲストとして全日程に参加してくださいました。
私自身、昨季までは執筆者として、今季からは委員として関わらせていただくことになったばかりで、この集い自体も初めての参加でしたが、教団・教派を越えて聖書日課に触れてくださっている皆さんと顔を合わせてお会いすることができたのは、今後に向けての大きな励みになりました。
講師としてご奉仕くださった正木牧人先生、うらら先生、ご参加くださった皆さまに、心から感謝いたします。
日本福音ルーテルむさしの教会100周年迎える
「むさしの教会宣教100年の恵み」
市吉伸行(日本福音ルーテルむさしの教会代議員)
猿田幸雄(日本福音ルーテルむさしの教会代議員)
八木久美子(日本福音ルーテルむさしの教会代議員)
去る10月5日(日)、むさしの教会では「恵みの中の100年」を覚える記念聖餐礼拝と祝会が行われました。1925年、熊本の神学校が東京・鷺宮に移転し、10月4日に最初の礼拝がささげられた日を教会宣教の起点としています。戦時中の試練もありましたが、教会は成長し、1958年には神学校近くの杉並区下井草に土地を得て、地域に根ざしたタウンチャーチとなり、歩みを続けています(神学校はその後、1969年に三鷹へ移転)。
李明生牧師と共に昨年2月、「宣教百年準備委員会」が発足。委員会と役員会では、記念日をはさむ前後1年を「歩みを振り返る集約のとき」「新たに発信していく拡散のとき」と位置づけ、さまざまな企画を進めてきました。
その一環として、4月・6月・7月には歴代主任牧の石居基夫、浅野直樹Jr.、大柴譲治各牧師を迎えての礼拝と懇親会が行われ、信仰のつながりを改めて分かち合う機会となりました。
また、8月・9月には「これからを語り合う会」を開催。ステンドグラスの礼拝堂や豊かな音楽、多様な交わりなど、教会の良さを再認識するとともに、「若い人たちも自然に集える場になりたい」という将来への願いも分かち合いました(具体化は今後の課題です)。この会は、久しぶりの信徒交流の場ともなり、「また開催してほしい」との声も多く寄せられています。
記念聖餐礼拝では、コロナ禍に鐘楼修繕で見つかった鐘を来日中のディーン・キスラーさん(故ルーサー・キスラー宣教師のご子息)と教会実習中の角本洵神学生が両側から支え、李牧師が鳴らして開始の時を告げました。これまでの歩みを共に味わう恵みの礼拝には内外から130名が集い、続く祝会ではオーボエとピアノの演奏、代議員や来会者からのあいさつ、昔の写真のスライドショー、そしてドロシー・キスラー夫人から託されたメッセージの紹介など、心温まる交わりのひとときとなりました。
現在、教会玄関ロビーには懐かしい写真パネルが展示され、来訪者を迎えています。また、記念誌の編さんも進行中で、地域の歴史や絵地図なども盛り込み、読みながら歩みを追体験できる楽しい一冊にしたいと考えています。完成の暁には、全国のルーテル教会にもお届けする予定です。
年代や背景の異なる一人一人が、祈りと共に歩んできたこの年月。その歩みは、主の恵みと導き、そして地域との関わりに支えられてきました。これからも、多様な人々の心に灯をともす教会として――主にある希望と感謝を携えて、新たな歩みを始めます。
ブラウンシュバイクからのボランティア
自己紹介
2025年10月から1年間、ドイツ・ブラウンシュバイク州福音ルーテル教会のエキュメニッシェス・レルネンのボランティアにリアム・エリアス・ゾンネマンさん、マリア・ワイドナーさんの2人が来日されました。この活動では、神水幼稚園(熊本)と喜望の家(大阪)、デンマーク牧場(静岡)で主にボランティアをされます。
リアムさんは、喜望の家、デンマーク牧場で活動され、マリアさんは、神水幼稚園で活動されます。
自己紹介を掲載いたします。どうぞお会いになる機会がありましたら、お交わりの時を楽しんでいただければと思います。
マリア・ワイドナーさん
1・あなたの名前を教えてください。
こんにちは、私はマリア・ワイドナー(Maria Weidner)です。ドイツのヴォルフェンビュッテル出身で、19歳です。この1年間ほど、熊本で生活し、神水幼稚園のお手伝いをする予定です。姉のリンダは21歳です。私たちは母のリリヤと犬のジャンゴと一緒に ヴォルフェンビュッテルで暮らしています。
2・あなたの趣味は何ですか?
私はヴォルフェンビュッテルのユースパーラメントで活動していて、自分の地元の街づくりに関わっています(例えば、車のない日曜イベントやデモ、時事問題についての政治的な議論などを企画しています)。犬との自然散歩は日課で、ダンスも大好きです。長年、ジャズダンスとモダンダンスのグループに参加していました。趣味では表現主義の絵を描いたり、文学の古典作品を熱心に読んだりしています。
3・将来の計画はありますか?
今は、日本でうまくコミュニケーションできるようになりたいのと、文化ももっと理解したいと思っているので、日本語を勉強することにたくさん時間を使っています。ボランティア活動の後は、経済かメディアの分野で大学生活を始めるつもりです。
4・日本で(今回のエキュメニッシェス・レルネンの)ボランティア活動をする動機は何ですか?
このボランティアを選んだのは、自分自身を成長させて、将来についてもっとはっきりさせたかったからです。外国での生活は、新しいことを発見したり、視野を広げたり、他の生活様式を知るチャンスだと思っています。特に日本は、多様な文化で私を魅了しました。でも、教会の保育園で働くこともすごく面白そうだと思いました。
それにアニメにもすごく興味があって、子どもの頃から柔術のトレーニングを通して日本に特別なつながりを感じていました。
5・日本で何か特別なことはしたいですか?
滞在中は、古い神社を巡ったり、日本の料理を試したり、有名な場所を訪れたりしたいと思っています。熊本だけでなく、東京、京都、大阪などの大都市も訪れたいです。
6・あなたにとって大切な聖書の言葉はなんですか?
私のお気に入りの聖書の言葉はローマ人の信徒への手紙8章18節「私は確信しています。今の苦しみは、私たちに現れる栄光には比べ物にならない。」(「あなたが感じている痛みは、これから来る喜びに比べたら小さなものです。」)です。
7・なぜこの聖書の言葉を選んだのですか?
この一節は、希望を失わないように思い出させてくれます。障害や挫折は終わりではなく、大きな道の一部です。この言葉は、暗闇の後には必ず光が来ること、今の悩みよりも前にあるもののほうが大きいこと、そして神様が私により良い未来を用意していることを信じさせてくれます。道こそが目的です!
よろしくお願いします。
リアム・エリアス・ゾンネマンさん
1・あなたの名前を教えてください。
私の名前はリアム・エリアス・ゾンネマン(Liam Elias Sonnemann)です。
2・あなたの趣味は何ですか?
はい、私は柔道を13年間やっています。日本でトレーニングできることはいつも夢でした。現在、大阪講道館でトレーニング(稽古)出来ることを、私はとても名誉なことと思っています。とても温かく迎えられ、トレーニングを本当に楽しんでいます。
3・将来の計画はありますか?
私は、教師になって、スポーツ、地理、ドイツ語を教えたいです。
4・日本で(今回のエキュメニッシェス・レルネンの)ボランティア活動をする動機は何ですか?
私にとっては、実は比較的早い段階から、高校卒業後すぐに大学生活を送るのではなく、まずボランティア活動をしようという考えがありました。
子どもの頃から柔道をやっていたこともあり、ずっと私は日本とのつながりを感じていました。また、日本の文化にもとても興味があります。ですから、私は、今回、日本の文化を知る機会が与えられたことを、なおさらうれしく感じています。私は、ボランティア活動が重要だと思っています。なぜなら、各々の人間の目標は、たとえそのライフ・スタイルが自分と違っていたとしても、寛容に生き、そして、他者に対する敬意をもって行動することであるべきだと思うからです。
人々が知り合うこと新しい友情を築くことは、人々が平和的に共存することとグローバルな社会のために重要です。
人は、いつもただ境界の中にとどまるのではなく、時に境界を越えることを考えなければなりません。私の動機はこうです。すなわち、もしも他の人が幸せになり、例えば満足するなら、それは人(自分)にとっても、また同じだということです。
だからこそ、私は、社会的なボランティア活動がとても重要だと思います。
5・日本で何か特別なことをしたいですか?
日本で柔道ができるという私の一つの夢は、すでに実現しています。
スポーツだけでなく、私は日本の文化ももっと詳しく探っていきたいと思います。大阪以外の都市、例えば東京、広島、京都、奈良なども訪れたいと思っています。その他には、温泉に行ったり、新幹線に乗ったり、姫路城を訪れたいです。そのうちユニバーサル・スタジオ・ジャパンにも行くかもしれません。
でも、選ぶのは難しいです。日本にはそれこそたくさんの信じられないものや、興味深いものを発見することがあるので。
6・あなたにとって大切な聖書の言葉はなんですか?
「受けるよりは与える方が幸いである。」(使徒言行録20章35節)
7・なぜこの聖書の言葉を選んだのですか?
私がこの聖句を選んだのは、美しい子ども時代を楽しむことができて、高校を卒業することができて、そして今現在までの人生でたくさんの幸せを感じることができたからです。
この感謝と満足を、今、社会的なボランティア活動という形で、還元したいと思っています。
私はこう思っています。もしも他の人たちが幸せであるとき人は、自らの人生においてもまた幸せであると。ですから、私は、今回の日本への旅行がボランティア活動として行えることを、たいへん喜んでいます。
私は、1年間この文化を(一部として)体験することができるのを、とても感謝していますし、また私が喜望の家で暖かく迎えられたことをとても喜んでいます。
ありがとうございました。
連帯献金のお願い
今年度も、社会・世界における福音の宣教、奉仕、戦争、災害、飢餓に苦しむ方々に連帯するためにお願いをしておりました。多くの貴い献金をいただきありがとうございます。どうぞ引き続き、「連帯献金」を覚えてお捧げください。
お捧げいただく際には、それぞれの献金目的[LWFパレスチナ支援エルサレムプログラム][LWFウクライナ支援][カンボジア宣教][能登半島被災地支援][ミャンマー震災支援][喜望の家][その他世界宣教][その他災害支援]を郵便振替用紙に明記頂き、左記の郵便振替口座にご送金ください。
加入者名 (宗)日本福音ルーテル教会
