るうてる2025年4月号
「香り立つ愛」
日本福音ルーテル栄光教会 牧師 伊藤節彦
「過越祭の六日前に、イエスはベタニアに行かれた。そこには、イエスが死者の中からよみがえらせたラザロがいた。イエスのためにそこで夕食が用意され、マルタは給仕をしていた。ラザロは、イエスと共に食事の席に着いた人々の中にいた。そのとき、マリアが純粋で非常に高価なナルドの香油を一リトラ持って来て、イエスの足に塗り、自分の髪でその足をぬぐった。家は香油の香りでいっぱいになった。」(ヨハネ福音書12・1~3節)
マリアが主イエスにナルドの香油を注ぎかけた出来事の中で、私は次の点に注目したいのです。これが主の葬りの準備としてなされ、ラザロが共におり、香油を主の足に塗った、という三点です。
直前の11章には、主イエスがラザロをよみがえらせた出来事が記されています。つまり、ヨハネ福音書は、ラザロのよみがえりと香油注ぎの出来事が結び合わされているのです。ラザロのよみがえりは、主イエスの最後にして最大のしるしとして、ご自身が復活であり命であることを示された出来事でした。と同時に、主イエスの暗殺を決定的なものにしました。主は地上での全てのしるしを終え、エルサレムにこれから入って行かれるのです。そして十字架へと向かう最後の時を、主は、マルタ、マリア、ラザロの家で過ごされることを選ばれたのでした。
マリアは主イエスの足に香油を注ぎます。主の足は、迷える羊を捜し続けて歩まれた足、こぎ悩む弟子たちを救うために湖を歩いた足、そしてゴルゴタに向かい、十字架に釘づけられる足です。普通は頭に香油を注ぎます。頭以外に香油を注ぐというのは、死者に対して行われたことです。マリアは、主イエスの死をどこかで意識していたのでしょう。
この時、主イエスが数日の後に、十字架につけられることは、主以外には誰も予想していません。マリアも十分には分かっていなかった。実際、この家の外には主イエスを殺そうとする人々が待ちかまえていたのです。けれども、おそらくマリアは、ラザロの死と復活に接した時、はっきりと、主イエスの受難を意識したのだと思うのです。このお方が、「死の死」となるために、ご自身をささげて下さるメシアであることを。
マリアは、ラザロの死に際して、誰よりも深く悲しみに暮れていました。マルタが自分なりに復活を信じて、死の悲しみを乗り越えようと気丈に振る舞っていた時も、ただふさぎ込んで泣いているだけでした。愛する者との関係を引き裂く死の力の大きさを、誰よりも深く体験していたのです。だからこそ、主イエスが「ラザロ、出てきなさい」と大声で語りかけた時、マリアはこの方こそ確かに、死の力と戦われる方であることに気づき始めたのではないでしょうか。それが、どのような仕方でなされるかは、はっきりと分からなくても、この小さな家族を襲った死の力とその悲しみを、担って下さる方であると信じたからこそ、香油を惜しみなく注いだのです。それこそが、自分に出来る最高の感謝の奉仕だったからです。
この家の中は香油の香りで一杯になりました。その行為を主イエスは、ご自身の死への備えとして受け入れて下さいました。憎しみから、主イエスを死に至らしめようとする者がいる中で、主の愛に応えて香り立つ葬りの備えをマリアはしたのです。
このベタニアの姉弟たちの家を、世に建てられた教会と重ねて読むことが出来ると思います。世には、死の匂いが満ちています。人間の罪が覆っています。私たち自身も、そのような力に支配されて生きています。しかし、主イエスの下に集められ、十字架によって死の力を打ち破り、私たちの涙を全て拭いさると約束して下さった希望へと心を向けて行く時に、他人からは無駄だと思われるような奉仕を、私たちは感謝と喜びをもって行う者へと変えられていくのです。
マルタはもう以前のように、家宝であるナルドの香油を無駄遣いするマリアを叱責したりはしません。以前のマルタだったらユダが文句を言う前に激怒していたことでしょう。しかし、今のマルタはマリアと同じ心です。マリアの愛の無駄遣いに先だって、主イエスご自身が私たちに対して無駄遣いとしか言いようのない愛を惜しみなく注いで下さっているからです。この限りない神の愛の無駄遣いが、この私にも注がれているということを知る時、私たちもまた神様に私たちの最上の真を、喜びをもってささげていくことができるのです。
エッセイ「命のことば」 伊藤早奈
(61)「見えない」
「ヤコブが近寄って口づけをすると、イサクは、ヤコブの着物の匂いをかいで、祝福して言った。「ああ、わたしの子の香りは主が祝福された野の香りのようだ。」創世記27・27
この季節になると、なんだかいろいろな匂いに気づく。風が運んでくるいろんな匂い。
草花の匂い、土や雨の匂い。動物の匂い。良い匂いばかりではない、スーッと息を吸い込むと「なんだこの匂い」と言って危険を察知したり、なんだかわからなくて逃げたりします。目に見えなくても触れなくても、匂いはいろいろなことを教えてくれたり、気づかせてくれたりします。逆に自分が思っていない匂いがして驚かされるときもあります。
このようなことにあったことがあります。つくづく悪い思い出は強烈に記憶に残るんだと感心しました。「変な匂い、これはどこから来るんだ?」と横を向いたとき、それは小学校や保育園にあった給食室から運ばれて来る匂いでした。今では小学校や保育園に給食室なんてある施設は少ないかもしれません。当時の給食室ではいろいろなものが作られていました。ご飯やスープ、揚げ物や炒め物。数えきれない材料を大きな鍋に入れてマスクとエプロンをした給食の調理員さんたちが私たちのために調理してくださっていました。
「良い匂いがするはず」の部屋からは、いろいろな匂いが混ざり合う「変な匂い」がしました。給食室の変な匂いの思い出もいろいろな思い出を今も私に運んでくれます。匂いは自分の予想とは違うときがあります。でも変わらないし教えてくれます。あなたがひとりではないことを。たまには良いんじゃないですか。立ち止まって深呼吸。あなたはいろいろな匂いにも包まれていますよ。
「全国の教会・施設から」㉓
日本福音ルーテル雪ケ谷教会
田島靖則(日本福音ルーテル田園調布教会・雪ケ谷教会牧師)
「雪ケ谷教会宣教百年を迎えて」
雪ケ谷教会は2024年に創立百年の年を迎えました。特に当初から「宣教百年記念誌」の編集には困難が予想されました。荏原教会時代、五反田教会時代を知る信徒さんの数は限られており、その証言を得るためには早くから寄稿文の執筆依頼を行う必要がありました。しかし最大の困難は、コロナ禍を経験したこの小さな教会には、もはや記念誌編集委員を任命する余裕は残っていなかったことです。役員会の構成メンバーの大半は付属幼稚園職員であり、これ以上の教会奉仕をお願いすることははばかられました。そこで、今回の百年記念誌は牧師が一人で編集にあたることとなりました。結果、この百年のあいだ教会に関わってくださった方の中で数人の方の名前表記の誤植が発生してしまったことを、おわび申し上げなければなりません。
なぜこの小さな教会が百年もの間、宣教を続けることが出来たのか?この疑問は、百年記念誌をお読みいただければ一定の答えが得られるものと思われます。
雪ケ谷教会はここに至るまでの間、公式非公式に何度も教会合同や教会閉鎖のオファーを受けてきた教会です。終戦の年(1945年)の5月の空襲で荏原教会が焼失した後、最初の教会合同の話が出たと聞きます。その頃の日本のルーテル教会はまだ組織合同が進んでいなかったため、「旧〇〇系」といった具合に元の宣教団体の違いから「同じルーテル教会」と言う意識は形成されていなかったようです。そのため「うちの教会は米国のドイツ系ルーテルの流れだから…」といった理由で合同を断って、スタイワルト宣教師と連合国軍最高司令官総司令部(GHQ)の助けを得て、五反田教会として再建されたという経緯があります。その後も、ルーテル教会密集地である大田区への移転の後、教会合併提案や教会閉鎖の打診があったと聞いています。至近距離にルーテル教会が三つも集中していることの理由は、記念誌の私の寄稿文をお読みいただければご理解いただけると思います。断言できるのは、「神の助けなしには、雪ケ谷教会の百年の歩みはなかった!」ということだけです。
愛光幼児園
下田幸子(愛光幼児園園長)
本園は、社会福祉法人慈愛園が運営する11施設の中の一つとして熊本市の中心部にあり、近くに高校や大学が点在する文教地区に位置しています。
創立者であるアメリカの宣教師モード・パウラス先生は、「散らされた人々を集め、ひとりも失われないようにする」という信念のもと、第二次世界大戦敗戦後の日本人の困窮を救援する事業の一つとして、1948年(昭和23年)にひかり幼児園を開園しました。その2年後にひかり幼児園第二保育所を開園し、後に第二保育所は愛光幼児園に園名が変更されました。初代園長の吉崎モトエ先生をはじめとしてパウラス先生と思いを同じくした歴代園長の尽力により、現在創立77年目を迎えています。
開園当初は定員60名で出発しましたが、入園希望者数の増加や1971年(昭和46年)、2013年(平成25年)の園舎改築を経て、現在は定員90名の保育園として歩んでいます。
本園の特徴として、地域に在住する子どもの入園が多く、地域に根差した保育園であることがあります。また校区の社会福祉協議会と密に連携をとり、校区在住の高齢者を園に招いたり、高齢者施設を訪問し交流事業を行ったり、未就園児の子育てサークルに子どもたちと共に参加するなど地域貢献活動を行っています。現代の社会情勢の中で孤立感を深める高齢者や子育て世帯が存在することは地域の課題でもあり、地域の人々とつながることは子どもたちにとっても豊かな経験となります。神様の御心やパウラス先生の思いにもつながっていると信じてそれらの活動にも励んでいます。
子どもたちは、神様から命を与えられ愛されているかけがえのない存在です。一人一人が自分の力を信じて「ひかりの子」らしく歩んでいくことができるようこれからも職員皆で心を合わせ、時に笑い、時に泣き、日々の祈りを大切にしながら、子どもたちの育ちを支えていきたいと思います。
改・宣教室から
小泉基(日本福音ルーテル札幌教会牧師・宣教室長)・菅由美子(一般社団法人 Nature & Humans Japan代表理事)
小泉おひさしぶりです。菅さんとは2016年の熊本地震の被災地支援でご一緒して以来ですね。今は能登半島地震・豪雨の被災地支援にかかわっておられるのですね。
菅はい、西日本豪雨の被災地支援にかかわった後、佐渡で障がい者支援の働きをしていましたが、能登の状況が劣悪だと聞いて放っておけないという思いで飛び込んだのです。
小泉わたしも今回、一緒に見て回らせてもらいましたが、特に町野町の集落など、地震の後に豪雨災害にも見舞われて、いまだにこんな状況なのかと痛々しさを感じました。能登の現状をどう見ておられますか?
菅ひとことで言うなら「見捨てられ感」ですね。被害の大きな奥能登は交通の便も悪いですし、財務省財政審議会も「(過疎の能登に)お金をかけても仕方がない」というようなことを平気で言います。また発災当初の混乱した状況が大きくアナウンスされたこともあって、キリスト教関係を含めて、ボランティアさんたちのかかわりが遅れ、かなり限定されてしまったことも影響していると思います。
小泉そうですか。これからはどんな支援が必要になるのでしょう?
菅昨年9月の豪雨災害もあって、ボランティアさんの働きは、発災から1年が過ぎた今年の2月の段階でも、泥かきや家財運搬などのワーク系と、仮設住宅等でのコミュニティー支援系が、まだ半々くらいです。わたしは、町野町集落のお医者さんが取り組んでおられる能登の山林の丸太を使ったログハウスづくりを中心としたコミュニティー再建の取り組みに力を注いでいます。行政が動いてくれない中で、被災者さんたちが自力で集落の再建を切り開こうとしているこうした取り組みを、応援していきたいです。
小泉最後に、菅さんのキリスト教とのかかわり、それから愛唱聖句を教えていただけますか?
菅両親ともクリスチャンではなかったのですが、父の仕事で軽井沢に住んでいたときに近くの教会の教会学校に通うようになったのが最初です。14歳の時にその軽井沢の教会で洗礼を受けました。今も軽井沢中央教会の教会員です。愛唱聖句は『求めよ、さらば与えられん』(マタイ7・7『文語訳聖書』)です。
小泉ありがとうございました。ともに支えあってあゆめる社会を求めていきましょう。
世界の教会の声
浅野直樹Sr.(日本福音ルーテル市ヶ谷教会牧師・世界宣教主事)
宗教間の関係における信頼と尊敬の構築―ブンミ・ヤルポン監督インタビュー(タイルーテル教会)―②
―ルター派の信仰へ人々はどのように導かれましたか。
ヤルポン 仏教にも良い教えがたくさんあります。かつて問題を起こした人が回心して人格者になったりすると、タイではそういう人は尊敬を集めます。私の家族が絆を取り戻し、幸せに暮らしているのをみて、親戚もキリスト教に関心をもったのです。
生前に善行を積めば極楽へ行けるというのが仏教の教えです。それが恵みの賜物という教えはなかなか通じません。しかしながら私に起こった人生の大きな変化や家族の幸せを知って、周囲の人々も福音に興味を示すようになったのです。
―タイ福音ルーテル教会について教えてください。
ヤルポン タイ福音ルーテル教会は5教区に分かれていて教会数は全部で28、職員は全部で23人、そのうち16人が牧師です。女性もいます。信徒数は3千7百名です。
私たちのビジョンは、神の恵みによって人々が公正と希望と幸いを得ることです。聖書に根差していてなおかつ実社会でも生かせる正義の実現を目指しています。貧しい人たち、抑圧された人たち、追いやられた人たちを守ることが聖書の教えです。ですから教育支援や医療援助、住まいの支援といったプロジェクトを通じて、人権と社会における平等を訴えています。またジェンダーによる差別や暴力反対キャンペーン、インクルーシブな社会の実現に取り組んでいます。またバイブルスクールを運営しています。女性と青年向けのプログラムに力をいれているところです。
―エキュメニカルなつながりはありますか?
ヤルポン タイにある他教派、たとえばカトリック、ペンテコステ、メソジストといったところとしっかりつながっています。時には一緒に礼拝をしたり、神学的な話し合いをしたり、人権と正義や気候変動といった共通の社会問題に一緒に取り組んでいます。
―20人から100人への成長はどうやって達成しましたか?
ヤルポン 子どもたちへのアプローチが大きいと思います。近所の子どもたちからやがて家族へと広がっていきました。コミュニティーとの関わりを大切に、人々を尊敬し心が通い合う関係作りに心がけています。
年長者への尊敬の念がタイでは重要です。本当の家族でなくても、村の年長者を自分の祖父母や伯父叔母のように接することが大切です。そうすることで家族のように扱ってくれるので、そこから教会のこともわかってくれて、クリスチャンは伝統的な価値観を大切にする人たちなのだと理解してくれます。信仰を分かち合うには信頼関係を築くことです。
https://lutheranworld.org/news/thailand-building-trust-and-respect-interfaith-relations
アメリカ福音ルーテル教会主催第12回アジア・ルーテル国際会議(ALIC)報告
李明生事務局長(日本福音ルーテルむさしの教会牧師)
2025年1月14日〜21日、マレーシア・コタキナバルにて、アメリカ福音ルーテル教会(ELCA)主催第12回アジア・ルーテル国際会議(略称ALIC)が開催されました。ELCAのアジアにおけるパートナー教会より40人、ELCAの北米におけるアジア宣教に携わっている60人、総勢約100人によるプログラムでした。日本福音ルーテル教会からは、私の他に下川正人さん(市ヶ谷教会信徒)が青年枠として参加、安田真由子さん(都南教会信徒)がELCAのスタッフとして参加されました。
この会議は1999年香港での第1回の後、コロナ禍の休止を除いて、おおむね2年に一度、アジア各国で開催されてきました。元々このプログラムは、北米在住のアジア出身者への宣教をELCAが展開するため、アジアのパートナー教会との協力関係を強めることを目的として始められました。その後、北米においてだけでなく、ELCAがアジア各地でパートナー教会との協力で展開している宣教を、参加者が相互に共有し、神学的考察を深めつつアジアの諸教会のネットワークを広げていくことが目指されるようになっています。今回は「Lift Every Voice」(「全ての声をあげよう」)をテーマに、世界の中の小さな声をどのように聞き取り、分かち合っていくかが話し合われました。参加者には今後日本福音ルーテル教会が進めようとしているカンボジア宣教のパートナーとなるカンボジアルーテル教会からも多く、良き出会いを与えられました。またELCAサウスイーストシノッドから参加のケヴィン監督は、ご自身が子どもの頃、教会で催されたリビングストン宣教師の東京での働きの報告に感銘を受けて牧師を志したのだ、という思い出を語ってくださいました。
開催地となったマレーシア・コタキナバルは、サバ神学院のある都市でもあります。プログラムの中でサバ神学院訪問も行われました。サバ神学院のThu En Yu校長からは、日本福音ルーテル教会女性会連盟からの長年にわたる支援への深い感謝の言葉を頂きました。
下川正人
(日本福音ルーテル市ヶ谷教会信徒・公益財団法人JELA職員)
ルーテル教会に関係する国際会議に参加するのは今回が2回目でした。1回目は2015年にドイツで参加したルーテル世界連盟(LWF)主催の青年会議で、南極以外の全ての大陸から参加者が集まりました。今回の会議はアメリカ福音ルーテル教会(ELCA)が主催という違いもありますが、アジア地域にフォーカスした集まりは非常にユニークで新鮮な体験でした。
アジアというのは、よく考えると不思議な概念です。当会議で講演したインド出身の神学者ラジャシェカー博士の言葉を借りれば、アジアの人々は普段の生活の中で自分たちを「アジア人だ」と思うことはないのです。私が日本で暮らす中で、日本人であることを意識することはたまにあっても、アジアという広がりまで感じることはほとんどありません。しかしアジアの国々は間違いなく少なからぬ歴史を共有しているのです。そして、そこにはもちろん喜ばしい側面も、不幸な側面もあります。さまざまな背景を持つ「アジア人」たちが一堂に会し話し合うとき、近いようで遠い、遠いようで近い、不思議な歴史のつながりを体感します。そのような交わりを、ルーテル教会という特異な接点によって持てたことは大変貴重な機会でした。
印象に残ったディスカッションがあります。各国の教会の課題を分かち合う時間がありました。私は日本の大きな課題として、少子化社会による若年層の減少に触れました。地域限定過ぎて広がりにくい話題かと思いましたが、インドネシアの教会も若者の参加が少なくて苦労しているという発言がありました。若者はSNSや動画サービスに夢中で教会に関心がない、とのこと。ハッとさせられる視点でした。日本の若者もスマホに多くの時間を費やしていることは、インドネシアと変わらないのです。人口統計という変えがたい現実を嘆くだけでなく、少ないが確かに存在する若者に対して教会は十分な働きかけができているのか?国際会議だからこそ得られた気付きでした。
安田真由子
(日本福音ルーテル都南教会信徒・ELCAアジア太平洋デスクジェンダー正義コーディネーター)
アジアにおけるジェンダー正義
昨夏、アジア・ルーテル国際会議(ALIC)でジェンダー正義について話してほしいと依頼を受けた時、私は光栄に感じるとともに、戸惑いもしました。アジアにおけるジェンダーの問題は多様だからです。たとえば、アジアのルーテル教会の中には女性牧師を認めない教会もあります。インドの教会では、宣教の働きを担うトランスジェンダー女性がいる一方、トランスジェンダーの人たちが迫害される国もあります。同性愛者などの性的マイノリティーを取り巻く状況が少しずつ改善されているような国においても、教会では差別が根を張っている現状があります。そして、ALICの開催地マレーシアは、性的マイノリティーに不寛容で男女格差も大きな国です。そこにアジア諸国と米国からの参加者が集まる国際会議で、私に何が話せるだろうかと、ずいぶん悩みました。けれども、そういう状況だからこそ、ジェンダー正義とは、神様の愛と平和と正義に満ちた世界を目指す取り組みであることを伝えることが必要だと信じ、基調講演の役目を引き受けることにしたのでした。
講演の詳しい内容については割愛しますが(関心のある方は、ご一報くだされば共有します)、講演後にはさまざまな反応をいただきました。うれしい言葉も、あからさまな反発も。特に印象的だったのは、男性牧師から「ジェンダー平等はもう達成されているのに、あなたがこんなふうに女性は抑圧されていると言うと、かえって女性たちを不快にさせると思うし、性差別については話さない方がいい」と言われたことです。今もジェンダー格差が存在することはデータや数字によっても示されているのに、のんきなことを言う人がいたものです。
しかし、これが性差別の現実。女性や性的マイノリティーへの差別・抑圧は、家父長制の下で権力がその力を保持するには不可欠なものですし、だからこそ、力ある立場にいる人(主に男性)は無意識のうちに差別を温存してしまいます。ジェンダー正義の実現はまだまだ遠いですが、ALICでは、志を共にする人たちとの出会いもありました。一人では難しい道も、仲間たちと神様と一緒に歩んでいけることに感謝です。
第30期第7回常議員会報告
李明生事務局長(日本福音ルーテルむさしの教会牧師)
2月17日、日本福音ルーテル教会常議員会がオンライン(Zoom)によって開催されました。以下、主な事項について報告いたします。
2025年度教職人事の件
人事委員会提案の2025年度教職人事が承認されました。新たに任用された1人と嘱託から一般へ任用変更された1人の紹介がなされました。
2024年度補正予算・決算報告の件
表記の件について説明が行われ、承認されました。協力金は2024年度より10%へ戻されましたが、協力金収入はコロナ禍前の8割程度となっています。他方、オンラインを活用した会議費の節減や事務局教職の兼任体制を継続する等によって、2024年度も公益会計(予算会計)は収益会計からの繰入無しでの決算とすることができました。収益会計は比較的堅調に推移、教会年金等の基金会計を支えるとともに補修工事等を実施することができました。
2025年実行予算、2026〜2027年度当初予算の件
荒井財務担当常議員より標記の件が提案され、承認されました。引き続き経費節減対策を継続するとともに、次世代育成等の再開しつつある諸活動への支出を確保することが確認されました。
教職養成の今後の件
神学教育委員会では、教職養成におけるもろもろの課題を確認し、特に実践分野での訓練を教会として担うため、座学としての神学教育を3年間に圧縮し、教会の現場での十分な実践訓練期間を確保することを検討していることが報告されました。またこれに伴い、日本ルーテル神学校においてもカリキュラムの見直しが進められていることが報告されました。常議員会はこの方針を承認し、今後より具体的な検討を進めること、またこの件については、第31回定期総会において議案として取り扱うことを確認しました。
第31回定期総会の件
第31回定期総会の議事日程案・諸委員案他について承認されました。主な議案として、教会規則改正(第52条の一部削除、第75条の2の2内規2の削除)、教職養成の今後、教職育児介護休業規定について取り扱うことが承認されました。
次回常議員会日程の件
次回常議員会は、定期総会前に4月14日、オンラインでの開催が承認されました。なお第31総会後第1回常議員会は6月9日〜10日にオンラインで開催の予定です。
その他の報告・議事等の詳細につきましては、各教会へ配信されました常議員会議事録にてご確認ください。
2025年度日本福音ルーテル教会人事
第30期第7回常議員会において以下の通り人事が承認されましたのでご報告いたします。
〈退職〉
(2025年3月31日付)
立山忠浩(定年引退)
中島康文(定年引退)
平岡仁子(定年引退)
内藤文子(定年引退)
〈新任〉
大和友子
〈人事異動〉
(2025年4月1日付)
【北海道特別教区】
該当なし
【東教区】
宮澤真理子
市川教会(主任)
内藤新吾
小岩教会(主任)
稔台教会(兼任)
坂本千歳
保谷教会(主任)
中島共生
都南教会(主任)
【東海教区】
該当なし
【西教区】
加納寛之
三原教会(兼任)
立野泰博
西条教会(兼任)
西川晶子
下関教会(主任)
宇部教会(兼任)
厚狭教会(兼任)
【九州教区】
崔大凡
箱崎教会(主任)
聖ペテロ教会(兼任)
大和友子
久留米教会(主任)
田主丸教会(兼任)
二日市教会(兼任)
和田憲明
室園教会(主任)
九州ルーテル学院(兼任)
池谷考史
大牟田教会(兼任)
九州教区常議員
阿久根教会(兼任)
〈出向〉
(2025年4月1日付)
李明生
ルーテル学院
坂本千歳
ルーテル学院
和田憲明
九州ルーテル学院
〈長期宣教師退任〉
(2025年3月31日付)
Rev. Sarah Wilson
東京教会
〈長期信徒宣教師退任〉
(2025年3月31日付)
Dr. Andrew Wilson
ルーテル学院
日本ルーテル神学校
〈J3プログラム就任〉
(2024年8月1日開始)
Steffan Riley
ルーテル学院中学・高等学校
〈J3プログラム退任〉
(2025年3月終了)
Laura Slezak
九州学院
〈任用変更〉
坂本千歳
嘱託任用から一般任用
〈休職〉
(2024年2月14日付)
富島裕史
〈牧会委嘱〉
(2025年4月1日付/1年間)
德野昌博
仙台教会
小山茂
板橋教会
長岡立一郎
湯河原教会
小田原教会
大宮陸孝
賀茂川教会
乾和雄
神戸東教会
竹田孝一
甘木教会
黄大衛
長崎教会
中島康文
荒尾教会
大牟田教会
〈ルーテル学院大学・
日本ルーテル神学校人事〉
〈日本ルーテル神学校
校長退任〉
(2024年9月30日付)
立山忠浩
〈日本ルーテル神学校校長就任〉
(2024年10月4日付)
宮本新
公告
この度左記の行為を致しますので、宗教法人法第23条の規定に基づき公告致します。
2025年4月15日
宗教法人日本福音
ルーテル教会
代表役員 永吉秀人
信徒利害関係人 各位
唐津教会牧師館解体
所在地 唐津市坊主町464番地4
所有者
日本福音ルーテル教会
種類 牧師館
構造 木造2階建て
床面積
1階) 83.35㎡
2階) 37.95㎡
理由 老朽化のため