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るうてる2026年

るうてる2026年8月号

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説教「キリストの平和」

日本福音ルーテル健軍教会・甲佐教会牧師 佐藤和宏

「実に、キリストはわたしたちの平和であります。二つのものを一つにし、御自分の肉において敵意という隔ての壁を取り壊し、~中略~こうしてキリストは、双方を御自分において一人の新しい人に造り上げて平和を実現し、十字架を通して、両者を一つの体として神と和解させ、十字架によって敵意を滅ぼされました。」
(エフェソの信徒への手紙2・14~16)

 平和主日の日課からになります。
 「平和」について辞書で調べてみると、おおむね二つの意味が書かれていました。まず「戦争、紛争がなく、世の中が平安な状態にあること」。二つ目が「心配やもめごとがなく、平穏なこと」。ですから一般的に多くの人は、平和について問われるなら、戦争がない状態。平穏無事な状態と答えると思われます。
 日本という国において平和主日が8月に守られるのは、戦争が終わった月にあって、戦争によってもたらされた苦しみ、悲しみを覚え、二度と戦争をしてはならないと、国民一同、共に平和を希求する思いからなのでしょう。戦争がない世界、平和な世界を求める。そのために心を合わせること、これらが『平和主日』にあって大切な要素の一つであると言えるでしょう。
 しかし、この平和主日に与えられている聖書が告げているのは、「キリストがわたしたちの平和である」という事実にほかならないのです。さらに聖書は告げています。キリストがわたしたちの平和であるのは、十字架によって二つのものを一つにし、敵意を滅ぼされたからであると。つまり聖書が私たちに告げている平和とは、すべてがキリストによって獲得されたものであるということなのです。ここに平和主日にあって、本当に私たちが聞くべき『平和』があるのです。
 このように平和について、一般的な理解と聖書が告げている内容との間に違いが見られることが分かります。私は平和について思う時、マルコによる福音書4章の一場面は、その違いを明確にする良い例であるように思います。弟子たちが主イエスを乗せたまま湖にこぎ出したのですが、突風が吹き荒れ、穏やかであった波が高波となって舟が沈みそうになりました。弟子たちは恐れ、「わたしたちがおぼれてもかまわないのですか」(マルコによる福音書4・38)と主イエスを起こしたのでした。主イエスは起き上がると、風と波を静め、弟子たちに言われたのです。「なぜ怖がるのか。まだ信じないのか」(同4・40)と。
 この場面を振り返りますと、舟をこぎ出したときは風はなく、波も穏やかな状態であったことがわかります。いわゆる、絵に描いたような平和という状態の中にあったのでした。弟子たちは平和を味わい、それが続くものと思っていたことでしょう。イエスに従うことで、それが得られるのだと確信したことでしょう。
 ところが、突然の激しい風によってその平和は一瞬のうちに吹き飛んでしまったのでした。すでに触れたように一般的にいう平和とは、戦争がなく平穏無事であることです。言い換えるなら状況の平和となるでしょう。しかしこの聖書の場面から教えられるのは、いつそれが失われるかわからない、実に不安定なものでしかないということなのです。一方、この場面には波が穏やかなときも波が荒れたときにも、変わることがない『平和』が示されているのです。それは、主イエスがその舟に乗っておられるという事実です。先の『状況の平和』に対するなら、それは『関係の平和』と言えるでしょう。状況が整えられることで獲得される平和ではなく、このキリストこそがわたしたちの平和である。これが聖書の告げる平和なのです。このことこそ平和主日にあって、私たちが聞くべき福音に違いありません。人は状況に目を奪われ、それに従って判断するでしょう。しかし神は関係に目を向け、そこに本物の平和を見いだすようにと招かれるのです。
 キリストこそ、わたしたちの平和であり、この主イエス・キリストが私たちと共にいてくださる。この事実にあって、私たちは波が穏やかなときはもちろん、たとえ波が荒れる危険のときにも平和のうちに生きることができるのです。たとえ、私たちが頑張ってキリストの愛にとどまることができないときにも、十字架の主自ら、その愛をもって私たちの間にとどまってくださるのです。私たちが人の目にどう映るとしても、キリストが私たちと共にいてくださいます。ですから誰かと比べることなく、私は私らしくあることが許されていると確信できるのです。そして、そのキリストと共にあることで、たとえ今困難に直面している現実にあるとしても、変わらずキリストの平和のうちに生きることができる。これが平和主日に私たちが聞く福音の言葉なのです。

エッセイ「命のことば」 伊藤早奈

(77)「そばにいるよ」

「わたしは、あなたがたをみなしごにはしておかない。あなたがたのところに戻って来る。」(ヨハネによる福音書14・18)

 「なんでもないのに笑いかけるのやめなよ。気持ち悪いなぁ」昔、そばにいた年上の人に言われました。気持ち悪いんだ…と幼心に傷ついたのを覚えています。この前、「笑った時あなたに似てるって言ったら喜ばれていらしたわ」と言われてなんとなく、「気持ち悪い」と言われたことを思い出していました。私と笑い方が似ててうれしいなんてびっくりでした。
 そういえば幼い時「表情がお母さんに似てるね」と言われてうれしかったことを思い出しました。逆に自分が似てて年上の誰かに喜ばれるなんてと思います。笑いかけるってどういうことなんだろう。誰かを気遣う時、おかしい時、いろいろな時があるけど、笑いかける時、なんでもない時なんてない方が多い気がした。
 例え気持ち悪がられたとしても、あなたは「あなたに出会えてうれしい」という神様からのメッセージを伝えています。あなたが意識していても、意識していないとしてもちゃんと用いられています。あなた自身の周りにもあなたの存在を肯定するメッセージがちりばめられています。
 あの人の笑顔、この人のあなたを見る優しいまなざし、道端の草花、そよぐ風や光で生きるから用いられるだけではなく、すべて神様に造られているからすべてが用いられています。道端に咲いている花に「気持ち悪いからこっち向くな」と思っていても言葉には出しません。あなたに向けられる笑顔も、道に咲く花も、すべてが神様からのメッセージです。「あなたに出会えてうれしい」

リレーコラム「全国の教会・施設から」㊳

日本福音ルーテル諏訪教会

青木匠(日本福音ルーテル諏訪教会客員信徒)

 日本福音ルーテル諏訪教会は諏訪湖を見下ろすことのできる小高い丘の上にあります。その昔、1905年にフィンランドから来た宣教師ウーシタロとクルヴィネンの2人の女性が東京から富士見まで列車で、その先を馬車や徒歩でやって来て、諏訪の湖とシラカバの木など美しい風景が母国と似ていることを気に入り、この地で宣教を始められたのが諏訪教会の始まりで、今では100年以上の歴史がある教会です。
 私がこの歴史ある諏訪教会を知ったのは、2017年の事、マルティン・ルターによる宗教改革500年の記念すべき年で、また別のルーテル系の教会ではございますが私が洗礼に導かれた年でもありました。この年の秋、宗教改革500年を記念する礼拝が行われるとのことで、招待頂いた私の所属している教会の牧師夫妻と教会役員と共に諏訪教会を訪れ、午後3時からの礼拝にあずかることができたことがルーテル教会にも通う端緒となりました。
 私自身、洗礼を受けることができたものの多忙を極め仕事の奴隷となり、まだ主を知らない父親の理解のない言葉に苦しみ、身体と心の健康を損なう寸前で、午前中礼拝に行くことを許されず神様から頂いた信仰までも奪われてしまいそうな時でした。マタイによる福音書13章20節から22節「石だらけの所に蒔かれたものとは…中略…茨の中に蒔かれたものとは、御言葉を聞くが、世の思い煩いや富の誘惑が御言葉を覆いふさいで、実らない人である。」私はこのような状態になりかけていましたが、午後3時からの礼拝へ行き福音を聴きながら心を鎮め、主と共にある時間が与えられております。
 神様は、信仰から外れてしまわないようにと私の救いの為に教会を二つも用意して下さったのだと改めて思いました。信仰が実を結び、今では家庭や子どもも与えられました。これからも諏訪教会と所属教会と共に神様から頂いたご縁を大切にしながら信仰の旅路を歩んでまいりたいと思います。主に感謝。アーメン

るうてる愛育園

靏恵美(るうてる愛育園園長)

「るうてる愛育園のあゆみ」

 社会福祉法人一羊会は奈多愛育園とるうてる愛育園のふたつの保育園を運営しています。
 るうてる愛育園は6年前の2020年4月、日本福音ルーテル聖ペテロ教会の隣接地に定員90名で開園しました。子どもたちが初めて覚えるひらがなで、丸くてかわいい「るうてる」と名前がつきました。福岡市東区の奈多海岸の近くに位置します。園舎の後ろには、美しい松林が広がって、自然豊かな環境の中でるうてる愛育園のスカイブルーとマリンブルーの園舎はとても映えます。
 「神は大空を造り」(創世記1・7)「水の集まった所を海と呼ばれた。」(創世記1・10)
 毎週金曜日には、日本福音ルーテル博多教会から池谷考史牧師と箱崎教会から崔大凡牧師が交代でチャプレンとして子どもたちと礼拝を守り、聖書のお話と祝福をしていただきます。
 7月第1週は創立記念としての礼拝を守り、創立7周年を祝いました。段ボールで作ったケーキの土台に年長児がおいしそうな果物を作って飾り、みんなでハッピーバースデーを歌いました。礼拝の中ではるうてる愛育園の歩みを振り返り、神様が一人一人を大切に愛してくださっているお話をいただきました。
 さまざまな家庭環境から集う子どもたちと共に、愛されている喜びを感謝し、喜びをもって生きる力を育んでいけるよう、これからも一歩ずつ歩み続けたいと思います。

改 宣教室から

永吉秀人(日本福音ルーテル東京池袋教会牧師・総会議長)

平和を実現する人々

「平和を実現する人々は、幸いである、その人たちは神の子と呼ばれる。」(マタイによる福音書5・9)

 なぜ沖縄慰霊の日は6月23日であるのか。沖縄慰霊の日は、1945年6月23日に旧日本軍第三二軍司令官・牛島満大将らが摩文仁で自決し、組織的戦闘が終結したとされることに由来する。この日を記念し、沖縄県は平和を祈る日と条例で定め、県内の学校や官庁は休日となる。沖縄戦犠牲者数は、一般住民9万4千人、軍関係者は県民2万8千人、他県6万6千人、米兵1万2,500人と言われ、日本側の死者18万8千人の65%を占める12万2千人が沖縄県民であった。当時の沖縄の人口約49万人の約4人に1人が犠牲となった。
 沖縄が日本に返還されたのは1972年5月15日。私が沖縄を意識するようになったのは2000年、返還からすでに30年を経ていた。きっかけは、ある牧師のインターネットへの書き込みに、「沖縄は戦中。戦後を生きてみたい!」という一言に触れたからであった。私が感じたのは「いたみ」、沖縄が多くの命を喪った「いたみ」を聴き、そこから命と平和の尊さを学ばねば平和を語ることは出来ないと思った。
 沖縄を学ぶことによって知らされた出来事がある。それは、沖縄返還以前の1966年11月2日、第5代琉球列島高等弁務官フェルディナンド・T・アンガー氏の就任式でささげられた祈りの言葉である。祈りを引き受けたのは、当時沖縄キリスト教学院短期大学学長であった平良修たいらおさむ牧師(当時、沖縄キリスト教団)。その祈りとは、「世界に一日も早く平和が実現することと共に、新高等弁務官が最後の高等弁務官となるように」というものだった。なんという確固たる平和の祈りであることか!
 平良牧師が別の機会に当時を振り返って述べておられる。その大要は、「沖縄の人々は高等弁務官に言いたいことがある。それを聞かなければアメリカの沖縄統治はうまくいかない。また、沖縄の教会も目覚め、別の選択を求めるようになった。沖縄の自覚も変わってきたと思う」というものであった。
 沖縄を通して平和を学び、平和を語り、平和を実現することを目指しつつ、聖霊によって確固たる平和のメッセージを語る教会とされたい。

「2026年度 ルーテル聖書日課読者の集い」のご案内

今年の『ルーテル聖書日課読者の集い』は、東京(市ヶ谷)で開催されます。
ルーテル聖書日課の読者ではない方もご参加いただけますので、
皆様のご参加をお待ちしております。

〈主題〉ルター『小教理問答書』の読み方
〈講師〉高井保雄 先生(日本福音ルーテル教会引退牧師)
〈日時〉10月19日(月)13時半(受付)~ 20日(火)14時
*部分参加・日帰り参加も可能です
〈会場〉ルーテル市ヶ谷センター(最寄り駅:市ヶ谷)
〈申込締切〉9月17日(木)16時必着
〈参加費〉
▼ 宿泊先:ルーテル市ヶ谷センターをご利用の場合
*1万8千円
4講義受講料+1泊2食(19日夕食・20日昼食付)
▼ 宿泊先:ご自身でお手配される場合
*1万2千円
4講義受講料+2食(19日夕食・20日昼食付)
▼ 部分参加:
*1講義2,500円(全4講義、食事代別途)
※ホテルの客室に限りがあるため(シングル5室のみ、ツイン10室のみ)、都内近郊の方は日帰りをご検討ください。
※宿泊予約は先着順となり、満室に達した場合は、各自で宿泊施設をお手配くださいますようお願いいたします。

〈申込方法〉
以下を明記の上、se*********@*****or.jpもしくは
F A X( 0 3 )3 2 6 0 – 8 6 4 1 までお送りください。
①氏名・ふりがな②あれば所属教派名・所属教会名
③ご住所④ご連絡先電話番号⑤メールアドレス
⑥宿泊(ルーテル市ヶ谷センターご希望の有無)/日帰り
⑦ツインルームご希望の場合、同室希望者氏名

〈お問い合わせ〉
ルーテル聖書日課を読む会事務局(日本福音ルーテル教会事務局内)
電話(03)3260-8631 FAX(03)3260-8641
se*********@*****or.jp ※受付時間 平日8時~ 16時

教会とディアコニア⑧

石居基夫(ルーテル学院大学学長・日本ルーテル神学校教授)

 70年代に各教区の運動が中心となっていくディアコニアは、東教区では青年連盟に声をかけながら、ディアコニア実行委員会が組織され、日雇い労働者の簡易宿泊地区での生活相談や子どもたちへの関わり、またヘンシェル先生を中心とした島田療育園の子どもたちへの取り組みや、東京老人ホームなどでキャンプを行っていきます。西教区では社会厚生部が担当となり、また重野信之先生を中心とした釡ヶ崎委員会とともに喜望の家や、るうてるホームでのディアコニキャンプを実施します。九州教区は門脇聖子先生を軸として、ディアコニア実行委員会、後にはディアコニア推進委員会が慈愛園の特別養護老人ホーム、パウラスホームでのキャンプを行います。
 そして、80年代の初めには、全国レベルでのゼミナールを釡ヶ崎で開いたり、パウラスホームでのディアコニアコースが全国から参加者を得るなどのプログラムを展開していきます。数的には決して多くはなかったとしても、こうした運動が教会にかけがえのない出会いと経験をもたらしたと言って良いはずです。
 しかし、80年代の半ばになるとさまざまな困難が実感されていきます。例えば、70年代に社会問題に深く関わってきた青年たちの働きも、次世代への継承が困難になっていきます。活動を担ってこられた牧師先生方も転勤や体調などによって働きから離れざるを得ないことも起こります。さらに、社会そのものが福祉を課題とし、政策的な取り組みがなされたり、あるいは都市開発が進められていくと、同じ働きを続けることの意味が変化したり、また実際の活動の継続にも困難が生じてきます。
 確かに、ディアコニア運動の展開のなかで教会の皆が学び、実践的な経験の中で信仰も育てられていく様子もあったのですが、現実の困難にぶつかると、教会としてどのようにディアコニアを次に展開していくのか、十分な手だてを見いだせないままになったのかもしれません。80年代から90年代にかけて、社会福祉が一定程度整えられる一方で、これまでの「社会的弱者」と言う枠組みとは異なる、教会員も含む生活者全てが経験する困窮や痛み、生きづらさというものが広がってきたことも事実です。ディアコニアを考えるとき、単に教区や教会単位での個々の働きの変化にのみ着目するのではなく、より大きな視点から再考していく必要があるのかもしれません。

ブラウンシュバイク州福音ルーテル教会新監督就任式報告

松本義宣(日本福音ルーテル東京教会・板橋教会牧師)

 6月27日(土)、宣教協力関係にあるドイツ・ブラウンシュバイク州福音ルーテル教会の新監督就任式が、ブラウンシュヴァイク・ドーム教会で行われました。総会議長代理として招待を受けた李明生牧師(日本福音ルーテルむさしの教会牧師・日本福音ルーテル教会書記・事務局長)に同行し、直近の交換牧師として夫妻で列席の栄誉に浴しました。
 新監督は、Dr.Christina-Maria Bammel(クリスティナ=マリア・バンメル)牧師、ブラウンシュヴァイク教会では初の女性監督です。一九七三年生まれ、旧東独エルフルトで育ち、マールブルク大、ベルリンやフィラデルフィア(米国)で学び、2003年に神学博士、ベルリン大学組織神学講師を務めつつ牧師補、牧師となり、2015年ベルリン=ブランデンブルク州教会の主事、19年同教会監督補佐となり、2025年11月、ブラウンシュヴァイク州教会総会でマインス前監督の後任に選出され、今回の就任式でした。
 就任式には、ブラウンシュヴァイク州教会関係者はもちろん、ドイツ福音主義教会やドイツ合同福音ルーテル教会の代表者、ニーダーザクセン州担当官と共に、州教会の海外パートナー教会のゲストも招待され、私たち日本福音ルーテル教会の他に、ナミビア福音ルーテル教会、チェコ・シュレジア教会、イギリス・ブラックボーン教区教会、インド・タミル福音ルーテル教会の代表団も参加しました。各代表には式の役割が割り当てられ、李牧師がドイツ語と日本語で聖書朗読を担当しました。この時季、異常な熱波に襲われ、連日38度にもなる酷暑で、礼拝堂の後方には救急隊員が配置され、外には救急車も待機する中、文字通り「熱気」に包まれた就任式でした。
 バンメル新監督は、神学と教会生活部門の主事を担当してきて、ディアコニア、エキュメニズム、世界宣教に造詣が深く、その重要性、これからの教会の課題をしっかりと認識し担っていくことを目指すと述べられました。
 また、前日の26日(金)には、パートナー教会を招く歓迎会があり、各教会が短く現在の課題やこれまでの関係を分かち合い、「賜物と挑戦」をテーマに協議の時を持ちました。バンメル新監督は、この長年の国際的な共働関係に感謝し、今後の具体的な視点の大切さ、共同の働きの重要性を述べられました。親しみやすく穏やかですが、さすがのオーラを発散する感じでした。
 28日(日)は、州教会の「日本協働会(Arbeits KreisJapan)」の代表アンドレアス・ヤンケ氏(長く同会代表を務めたボド・ワルター氏の後任)が属するザルツギッター・バートの聖マリア・ヤコビ教会の礼拝に招かれ、李牧師が説教、私も聖書朗読や祈り等の担当をしました。この教会は、私の前任の交換牧師秋山仁牧師が働かれた教会でもあります。その他、さまざまなディアコニア施設、活動を訪問し、興味深い学びの時が与えられました。
 今回の渡独にあたり、多くの州教会、日本協働会の方々にお世話になったことを感謝し、今後も、パートナー関係が深められ、殊に豊かな人的交流が進められることを願います。

第8回オープンセミナリーのご案内
~主の呼び声に応えて~

宮本新(日本ルーテル神学校校長

 今年も神学校を会場にオープンセミナリーが開催されます。
 そもそも召命とはなんでしょうか。ルーテル教会の考える召命は、「牧師になる」ことだけを考えてきたわけではありません。宗教改革の前夜、もっぱら聖職者に専有された召命の壁を取り払い、だれもが自分事としてキリスト者として生きるという召命の再発見があり、その延長線上に教職者の召命を位置づけたのでした。
 もちろん聖書を開くと召命にはさまざまな広がりや奥行きがあります。サムエルのように一心に「主の言葉」に耳を傾け受け止める召命もあれば、青年エレミヤのように恐れをなし、またヨナのように何度も背を向け踵を返すこともあります。しかし、そのすべてが御手のうちにありました。召命は信仰者の「信じる」ことの具体化であり、あらゆる人たちが自らの存在と歩みに確かさと励ましを見いだす恵みの出来事である、ということでしょう。
 オープンセミナリーでは、このような召命について参加者の方たちと一緒に考え、教会と宣教の将来を見つめたいと思います。それぞれが神様から託されたものを見いだすような機会となることを切に願っています。関心のある方は所属教会を通じて教区長の先生方にご相談の上、お申し込みください。

第8回オープンセミナリー
〈内容〉主題講演、模擬講義、神学生との交流プログラム、神学校入試説明会等
〈日時〉
10月4日(日)15時~19時30分
10月5日(月)9時~12時
〈場所〉日本ルーテル神学校
〈参加費〉無料
〈主催〉JELC神学教育委員会、NRK神学教育委員会、日本ルーテル神学校

以上

カトリック那覇教区沖縄慰霊の日「平和巡礼」に参加して

滝田浩之(日本福音ルーテル小石川教会牧師・日本福音ルーテル教会副議長)

 6月23日(火)、カトリック那覇教区主催の「第40回平和巡礼」に、永吉秀人議長、および8月に予定されている沖縄平和キャンプのスタッフと共に参加しました。
 朝6時、カトリック小禄教会での礼拝から始まりました。ウェイン・バーント司教から「二度とこの戦争の苦渋を誰にも味わわせてはならない!」という力強い説教の言葉をいただきました。
 出発の7時まで、多くのボランティアの方が作ってくださったおにぎりやサンドイッチをいただき、「魂魄の塔」までの14・7kmの「平和巡礼」が始まりました。スタート前には、日本聖公会沖縄教区の上原榮正主教、そして初参加のルーテル教会、そして永吉秀人議長が紹介され、祈りの時を持ちました。この「平和巡礼」はカトリック教会全体に参加が呼びかけられており、現地参加の方と合わせておよそ50人が歩み始めました。
 最初に4・1kmを1時間ほどで歩き、続いて5km、4・2km、1・4kmと進みます。気温は32度。40回を重ねる中で積み重ねられた工夫として、途中のコンビニなどで体を冷やす時間が設けられており、各集合ポイントではボランティアの方々が冷たいお茶や塩あめを準備して迎えてくださいました。そのような温かい心遣いの中での巡礼でした。
 並走するバスや車には看護師の方が同乗しており、体調のすぐれない参加者を説得して乗せてくださいました。しかし、少し元気を取り戻すと、誰もが「もう少しだけ歩きたい」とおっしゃるのだと、看護師の方が苦笑いしながら話してくださったのが印象的でした。
 この小禄から魂魄こんばくの塔へと続く道は、沖縄戦最終局面において、「ひめゆり学徒隊」をはじめ多くの市民が命がけで逃げた道そのものです。だからこそ、参加者みなが「ゆんたく(沖縄の言葉で、声をかけ合いながら)」しながら歩き続け、多くの方が、そしてルーテルからの参加者は全員完歩することができました。
 列の中でともに歩いたご高齢のシスターが、「ここまで道がまっすぐだったでしょう!」とおっしゃいました。多くの人々が、生きるためにわき目もふらずにまっすぐ逃げたことを、深く気づかせてくださる一言でした。私たちも、まっすぐに平和を祈り求める群れとして、それぞれの場で祈り続けてまいりたいと思います。

第31期第4回常議員会・第1回宣教会議報告

李明生(日本福音ルーテルむさしの教会牧師・日本福音ルーテル教会事務局長)

 6月8日~9日、日本福音ルーテル教会常議員会がルーテル市ヶ谷センターにて対面で開催されました。また続く6月9日~10日には第1回宣教会議が同じくルーテル市ヶ谷センターにて対面で行われました。以下、主な事項について報告いたします。

・牧師服務規則の件
 現在、憲法規則改正委員会・方策実行委員会で検討が進められている、牧師服務規則について、その経緯ならびに現時点での規則案について報告されました。同案は5月に行われた全国教師会の際にも共有され、フィードバックを頂いているところです。牧師の多様な働きのあり方を前提とした上で、持続可能な働き方、またそのための教会組織のあり方について、検討を継続することとなりました。

・学校法人ルーテル学院との「金銭消費貸借契約」の件
 2022年、宗教法人日本福音ルーテル教会は市ヶ谷会館耐震補強改修工事の資金として、学校法人ルーテル学院と「金銭消費貸借契約」を締結(年利1%)、10年後一括返済(ただし2027年以降、学校法人ルーテル学院大学の申し入れがあった場合、一部償還、全額償還に応じる)として3億円の借り入れを行いました。このたびルーテル学院の大学・大学院の閉学過程ならびに神学校運営資金として、貸借契約に基づき2027年度から毎年度金6千万円の返済の申し入れがあったことから、財務委員会での検討を経て、今回常議員会にて協議の結果、承認されました。

・次回常議員会日程の件
 次回常議員会は、11月9日~10日、オンライン(Zoom)での開催が承認されました。

・第1回宣教会議
 6月9日午後より、常議員に加えて、各教区から財務担当者が加わり、今総会期第1回となる宣教会議が行われました。第7次綜合宣教方策のもとでの、九州教区宣教方策報告、収益事業の経緯と現在の課題について、各教区の現状と課題について、それぞれ発題・報告が行われました。

 その他の報告・議事等の詳細につきましては、各教会へ配信されました常議員会議事録・宣教会議報告にてご確認ください。

2026年度「日本福音ルーテル教会教師試験」について

 2026年度「日本福音ルーテル教会教師試験」を以下要領にて実施いたします。教師志願者は必要書類を整え、教会事務局にご提出くださいますよう、お知らせします。

〈提出書類〉
◇教師志願書

◇志願理由書
テーマ「なぜ日本福音ルーテル教会の牧師を志願するのか」
書式 A4横書き 2枚
フォントサイズ11ポイント

◇履歴書(学歴、職歴、信仰歴、家庭状況等を自筆で記入すること)

◇教籍謄本(所属教会教籍簿の写し)

◇成年被後見人または被保佐人として登記されていないことの証明書(法務局交付のもの。任用試験時に必要になります)

◇所属教会牧師の推薦

◇神学校卒業(見込)証明書及び推薦書

◇健康診断書(事務局に所定の用紙があります)

〈提出先〉
日本福音ルーテル教会 総会議長 永吉秀人宛

〈提出期限(期限厳守)〉
2026年9月11日(金)午後3時までに教会事務局へ提出すること
・個人で神学の研鑽を積み受験を希望する者は、必ず神学教育委員会の推薦を得ること
・国外のルーテル教会の神学機関に学び神学修士を持ち受験する者は、願書提出前に事務局に相談すること

〈試験日及び試験内容〉
志願者本人に直接連絡します

以上

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