るうてる2026年9月号
説教「滴り落ちる祝福:恵みにより、キリストに結ばれた者の喜び」
日本福音ルーテル本郷教会牧師 奈良部恒平
【都に上る歌。ダビデの詩。】見よ、兄弟が共に座っている。なんという恵み、なんという喜び。かぐわしい油が頭に注がれ、ひげに滴り/衣の襟に垂れるアロンのひげに滴りヘルモンにおく露のように/シオンの山々に滴り落ちる。シオンで、主は布告された/祝福と、とこしえの命を。
(詩編133編)
詩編133編は「見よ、兄弟が共に座っている。なんという恵み、なんという喜び。」という宣言から歌い出されています。これは人間の努力で作る‶仲良しグループ”の喜びではありません。天から降る神の恵みによって、罪人が救われ、キリストに結ばれ、主と一つにされる喜びです。この短い詩に預言されていた福音の豊かさを共に聞きましょう。
ダビデは、兄弟の一致を「かぐわしい油」にたとえました。大祭司アロンに注がれた油は、頭からひげへ、そして衣の襟にまで滴り落ちました。これは、聖霊の力が仲介者を通して神の民へと溢れ広がる象徴です。この油注ぎの完成こそ、真の大祭司である主イエス・キリストです。「キリスト(メシア)」とは「油を注がれた者」という意味です。主イエス様は、真の大祭司として、ご自身の命を十字架で献げられ、神と人を和解させる仲介者となられました。
天を通過された偉大な大祭司である主は、死と復活、そして昇天を経て、天の至聖所に入られました。その時、聖霊という神の油が、頭であるキリストから、体である教会へと注がれたのです。
そして今、それは私たち一人一人へと滴り落ちています。私たちが共に座っていられるのは、生まれながらの罪人である私たちが、キリストの油によって清められ、主に結ばれて、一つの体とされたからです。
詩人は続いて、恵みを「露」にたとえます。イスラエルの北にあるヘルモン山は、年中雪を頂く高山であり、豊かな水をもたらす源です。一方で、南にあるシオン、すなわちエルサレムの山々は、夏には雨がまったく降らず、乾ききった荒れ地となります。北の高山にある豊かな露が、遠く離れた南の低いシオンに降るなど、地理的には本来あり得ないことです。
しかし、神の恵みは人間の常識や距離を越えて、天から地へと降ります。これは、いと高き天の御座におられた神の御子が「受肉」し、私たちの世界へと降り、しかも、十字架の道を歩まれた神秘を指し示しています。
私たちの人生もまた、時にシオンの山々のように、からからに乾ききってしまうことがあります。人間関係に疲れ果て、心に少しの潤いも残っていないように感じることがあるかもしれません。
しかし、どれほど私たちの魂が乾いていても、天から降る露のように、キリストの恵みは静かに、そして確実に、届くはずのない私たちの心の深みにまで届き、私たちを癒やし、生かします。十字架と復活の主イエス様が、渇いた魂に生きた水を注ぎ、再び立ち上がる力を与えてくださるのです。
さて、「シオン」エルサレムは、主イエスが十字架で死に、三日目に復活された場所です。父なる神様は、そこで、十字架の御子イエス様による罪の赦しと「とこしえの命(永遠の命)」を全人類に向けて布告し、私たちに対する愛を示されました。
詩編133編の恵みと喜びは、この永遠の命の先取りだったのです。私たちが教会で御言葉を聞き、交わり、聖餐に与る時、そこには死に打ち勝たれたキリストが共におられます。私たちは、キリストの十字架によって神と和解させられた者として、永遠の御国の宴に招かれているのです。
このように、あなたのための「油」は、すでに大祭司、主イエス様の頭から滴り落ち、あなたを覆っているのです。あなたのための「露」、主なる聖霊は、天の父なる神様と御子イエス様から、今、この瞬間も、あなたの心に降り注いでいます。
キリストの十字架は神と人との隔てを取り払い、復活の主はあなたの兄弟となり、こうして私たちは神の子供とされたのです。神の子供たちよ「なんという恵み、なんという喜び」でしょうか!この詩編の告白を信仰によって、今日あなた自身の歌として受け取ってください。
主が約束された「とこしえの命」の祝福の中で、安らぎと希望を持って歩みましょう。主イエス・キリストの恵み、神の愛、聖霊の交わりは、主を愛し、主に信頼している、あなたに与えられているのです。
エッセイ「命のことば」 伊藤早奈
(78)「あなたがいて良かった」
神はモーセに、「わたしはある。わたしはあるという者だ」と言われ、また、「イスラエルの人々にこう言うがよい。「わたしはある」という方がわたしをあなたたちに遣わされたのだと。」(出エジプト記3・14)
「あなたがいて良かった。」って言われて嫌な気持ちになる人はあまりいないように思います。好意を持っている人からや家族や友人。色々な立場の人から…私もある施設にいるとき、しかもその方が私から離れるときに突然。「あなたがいて良かった。」と言われました。その人は私が朝、「おはようございます。」と言っても目も合わせてくださらなかった方でした。あの人が私に。なんだか嬉しいような驚いたような複雑な気持ちの中で嬉しくなってました。
あの人もそう思ってくださってたのかな?それこそ突然思い出しました。何十年も前実習で担当になった方と一言も交わせず、明日こそ、と思っていたその日の朝、天国へと召された人がおられました。明日こそお話しするぞ!という意気込みは宙ぶらりんの思いとなり、ずーっと今まで私に残されていました。
「あなたがいて良かった」と言われているのは私一人ではありません。あなたも、そしてあの人も世界中の一人ひとり全ての存在が言われてます。誰からでしょうか。それは神様からです。一人ひとりを造られ今も大切にしておられます。だからあなたが例え知らなくても神様はあなたをご存知です。
思わぬところでかけられるメッセージ、それは間違えなくあなたに向けられているメッセージです。「あなたがいて良かった。」
リレーコラム「全国の教会・施設から」㊴
日本福音ルーテル長野教会
清水敦代(日本福音ルーテル長野教会代議員)
JR長野駅から車で15分、国宝善光寺の北東の上松地区に教会があります。
宣教65年目で『1961年4月11日宣教開始、長野市の婦人会館、カリコスキー師とルーテルアワー受講者15名』と、記念誌に記載がありました。当時は月1回の礼拝を守っていたそうです。現在の会堂は1979年に建てられました。
長野教会は兼牧時代が長く、松本教会や首都圏から巡回説教の牧師が来て下さり、礼拝を守っています。信徒は市内在住者の他飯山・上田の方もおられます。礼拝は第2週、第4週は秋久潤牧師の司式、説教(改定式文)、第1週、第3週は信徒司式(青式文)、秋久潤牧師説教の録音音声データを聞いています。また、秋久牧師担当の第2週に役員会、第4週に連盟会報の聖研(婦人会は休会)を行っています。月に一度週報の郵送とメッセージ書きも行っています。
今年4月から松本、諏訪教会との3教会兼牧体制となりました。今年の主題聖句「御言葉を宣べ伝えなさい。」(テモテへの手紙第二4・2)を掲げて取り組んでいます。
甲信地区長野県と山梨県の五つの教会は、毎年信徒の集いと合同礼拝を行っています。役員同士は顔見知りで、これからは今まで以上に相談できる関係になればと思います。
教会の名物のソメイヨシノは2年前に老木のため、惜しみながら伐採しました。その古株からひこばえが出てきました。まだが生きているよと示しているようで、本来切る(処理する)ところですが、今のところ見守りたいと、庭の手入れをしながら思っています。
原稿を書くにあたり、記念誌を深く読むと創立当時の宣教意欲溢れる文章に出会い、召天された先輩の思いを感じ取りました。
教会の未来は神のみぞ知るところですが、常に希望を持ち歩み続けたいと思います。共にお祈りにお覚えくださればと思います。
奈多愛育園
磯部久美子(奈多愛育園園長
私たちの奈多愛育園は、福岡市東区の海風薫る団地の中に位置し、神さまの愛が真ん中にある認可保育園です。元気な子どもたちの姿に加え、園庭にはツバメやセミ、カニやダンゴムシなどたくさんの来客があります。園には0歳児から5歳児までの子どもたち(定員160名:8月1日現在150名)が在籍しており、少し大きめの規模で運営しています。今年創立75周年を迎えた園は、歴代の卒園生が祖父母となって戻ってこられたり、地域の方がカブト虫やクワガタ虫を持ってきてくださったりと、多くの皆さまに支えられながら歩んでおります。
いつの時代であっても、「保育」が変わらず存在し続けることは大切です。しかし、時代の変化とともに少しずつ変わってきています。子どもたちの成長(おむつからパンツへの移行や、スプーンからお箸への移行など)が年々ゆるやかになっているように感じられる一方、お昼寝の布団やシーツはレンタルに、おしぼりは布から紙の使い切りに、そして園との連絡はデジタル化にと、変化が急速に進み、保護者の負担が随分軽減されたように思います。ただ、夏の異常な暑さは、遮光ネットをつけても園庭で過ごせる子どもたちの時間が極端に減ってしまっていることは、残念な変化です。
保育では、年長さん(5歳児)はけん玉や和太鼓で地域のお祭りに参加、高齢者施設訪問など今も変わらず取り組んでいます。それに加え、スイミングクラブでのプール体験、小学校との連携事業、インスタグラム、発達支援の園との交流など新たな取り組みにも挑戦しています。
本園の保育理念は『神さまから大切なひとりとして愛されていることに、感謝し喜びをもって生きる力を育みます』です。子どもたちは大好きなご家族の方と離れ、初めて出る社会が保育園です。お友だちや先生、たくさんの人からの愛情を受け、神さまがいつもそばにいてくださることを知り、安心して過ごせる場になるように願いながら、成長を見守っていきたいと思います。
改 宣教室から
小泉基(日本福音ルーテル札幌教会牧師・宣教室長)
牧由希子(チャーチ・ワールド・サービス
小泉 牧さんとは熊本地震や能登半島地震など、被災地支援のあり方を考える中で、いろいろと情報交換をさせていただいてきました。お働きは、チャーチ・ワールド・サービス(CWS)というキリスト教系の支援団体ですよね。どのような団体なのですか?
牧 私が働 くCWSは、戦後「ララ物資」を日本に送るために米国で生まれたエキュメニカルな人道支援団体です。東日本大震災を機に再び東京に事務所を開設し、日本キリスト教協議会にも加盟しました。実はCWSは、このララ物資の頃からルーテル教会とも協働関係にあり、後にルーテル世界連盟(LWF)と世界教会協議会(WCC)とが創設したact allianceというエキュメニカル人道支援連合体に、CWSも加盟することになったのです。
小泉 お働きには、難しさと希望とがあると思います。
牧 災害大国日本であっても、教会関係者含め一般市民の間で防災意識はあまり高くありません。そのため平時から災害支援や防災を目的として各地の教会とつながる難しさを感じています。特に、教会は少子高齢化の課題に直面していて、防災にまで思いが向かないのだと思います。それでも、さまざまな教会が「子ども食堂」や「食料配布」などの生活困窮者支援に注目しはじめていて、平時からのこうしたボランティア活動が、被災外国人の支援など、緊急支援の母体になりうると希望を見ています。
小泉 牧さんとキリスト教との出会いを教えていただけますか
牧 私がキリスト教と出会ったのは、入学した中高がミッションスクールだったからです。高校生の頃、校門の前で受け取ったチラシを見て参加した、夏休みのバイブルキャンプと交換留学をきっかけに受洗しました。その後も、海外留学や海外駐在を繰り返し、また沖縄本島北部で10年間生活し、受洗した教会からは離れてしまいましたが、現在は、自宅・職場・活動拠点近くにある教会で礼拝を守っています。
小泉 牧さんは、前期の日本キリスト教協議会の書記もなさっておられたんですよね。ルーテル教会に対する期待や希望があればお願いいたします。
牧 お話ししたとおり、ルーテル教会とCWSは長い協働関係にあります。今も私たちが運営しているコミュニティ・カフェの活動は、日本福音ルーテル東京教会さんに場所を提供していただいています。これまでの災害支援でもルーテルの牧師や教会員の方たちとご一緒させていただきました。これからも、有事だけでなく平時においてもぜひ私たちとつながって下さり、ともに働いて下さるなら大きな喜びです。
小泉 本日はありがとうございました。最後に牧さんの愛唱聖句を教えてください。
牧 いろいろありますが、どんなに努力してもうまくいかず、つらく苦しい時は、「何事にも時があり/天の下の出来事にはすべて定められた時がある。」(コヘレトの言葉3・1)をかみしめて耐えます。
教会とディアコニア⑨
石居基夫(ルーテル学院大学学長・日本ルーテル神学校教授)
こうして、ディアコニアを教会の本質的性格として捉えるような学びが重ねられてきた一方で、80年代後半から教会と社会が直面してきた変化もあり、教会がどのようにそれを内実化し得たのか、問われることだと思います。日本には「施設のディアコニア」はあるが、「教会のディアコニア」がないといわれるとすれば、それは私たちの一つの現実なのでしょう。
けれども、ディアコニアを教会の取り組みとするということはどのようなことなのか。私たちの教会の多くは、教会員がその教会の地域に必ずしも住んでいるわけではないし、地域社会との関係そのものが各個教会において違っています。「教会」を単にその地域にある建物に集う信仰者の活動として限定するならば、その具体的な実践を果たして誰が、どのように担い続けるのかはかなり難しいのです。
ディアコニアを型にはめて考えるのではなく、もう少ししなやかに考えても良いのかも知れません。地域社会に具体的な何かの働きを築いていくというのであれば、教会員だけではなく、地域の人々との具体的な交わりが重要になるでしょう。教会はその時々に、地域社会の人々との緩やかな交わりの場を提供しつつ、今では子ども食堂や子育て支援、フードパントリーなどを展開してきているように思います。
また、教会員の一人一人が社会の中にあって、誰かを支え、そのいのちに仕えるものとして、多様な実践の中に協働していることも、福音に生きるディアコニアの姿のように思うのです。
例えば、神学大学・神学校が1982年に人間成長とカウンセリング研究所(PGC)を開所し、今日のような心理士という専門職としてではなく、カウンセリングマインドを市民の中に広めるように先駆的に働いたことはとても大きな試みでした。ケネス・デール先生は「キリスト教の神の愛を伝えるものとして、カウンセリングが全ての人のために「癒し」を提供する最適な関わりになる」(「背景と始まり」『25年のあゆみ 1982―2006 PGC』)と言われていますが、奉仕ということを教会の枠にとらわれることなく、信仰者もそうでない方々も共に支え合い、仕え合うような人間と社会の成長を目指すものだったと思います。
ディアコニアを、神のことばに生かされる者たちが、それぞれの交わりとその広がりの中で、共に生きようとする精神(こころ)と働きの中に確認していきたいと思うのです。
世界の教会の声
森田哲史(日本福音ルーテル大森教会牧師・世界宣教委員)
カンボジア宣教について①
カンボジア宣教に至るまでの経緯
日本福音ルーテル教会のアジア宣教への取り組みは2002年に始まります。第19期第2回本教会常議員会において、JELCのアジア宣教には三つの可能性があることが示されます。
1.日本の中のアジアに取り組むこと
2.JELCの中にいるアジア宣教者の働きを整えること
3.アジアに出ていく宣教体制を構築すること
この方向性をもとに、世界宣教委員会ではアジア部門を設置し、情報収集および討議を行ってきました。その中で、メコン川流域への宣教支援を行う、メコンミッションフォーラム(MMF)への派遣を決定し、2006年の浅野直樹sr.牧師、徳弘浩隆牧師に始まり、現在に至るまで牧師を派遣してきました。
その後、第27回定期総会(2016年)にて、2019年春をもってブラジルへの宣教師派遣を終了することが決議されました。また、第28回定期総会(2018年)にて、ブラジルへの宣教師派遣終了後に、「アジア宣教ネットワーク」(仮称)を組織し、情報収集を行うこと、アジアにおける宣教支援を展開することが決議されました。
アメリカ福音ルーテル教会(ELCA)より、ELCAがすでに行っているカンボジアでの宣教協力への打診があったこと、公益財団法人JELAがカンボジアへの継続的な支援を行っていることから、第28総会期の世界宣教委員会では、カンボジアルーテル教会への支援を提案することとなりました。そして、第29回・第30回定期総会(2023年)にて、カンボジア宣教が正式に決議森田哲史(日本福音ルーテル大森教会牧師・世界宣教委員)されました。決議された提案は以下の通りです。
(1)既存のカンボジアルーテル教会の宣教を支援する。
(2)宣教主体は現地の教会であり、JELCは彼らが計画する宣教を支援する。その際ELCAと連絡を密にする。
(3)人的交流による支援(ボランティア)
(4)宣教師の長期派遣ではなく、牧師、信徒、神学生を短期で派遣することを検討する。彼らが取り組む宣教のうち現地のニーズに応えて派遣する。たとえば礼拝での奉仕、説教、ディアコニア活動支援(キノコ栽培、養鶏飼育、学童保育)等。
(5)カンボジア教会の牧師、信徒、神学生をJELCに招き交流を促す。
(6)財政的支援。連帯献金の「メコン流域支援献金」を「カンボジア宣教」に改名して献金を募り、具体的なプロジェクトを支援する。
(7)カンボジア宣教を覚えて共に祈る(世界宣教の日。ペンテコステを活用)
(8)JELAが実施する社会活動と連携しながら宣教できないか検討を深める。
※連帯献金「カンボジア宣教」を覚えておささげいただければ幸いです。
カンボジア支援留学生自己紹介
オン・シチャン
私はオン・シチャンと申します。日本福音ルーテル教会(JELC)と公益財 団 法 人JELAの支援によって、カンボジアから来日し、現在はアジア学院・アジア農村指導者養成専門学校(栃木県那須塩原市)の学生として学んでいます。
アジア学院入学以来、サーバント・リーダーシップ(仕えるリーダー)について、傾聴、ファシリテーション、紛争解決、時間管理、プレゼンテーション、フィードバックの方法など、実践的なスキルを学んでいます。また、グループワーク、チームビルディング、文化的感受性、自己認識などへの理解も深まっています。
地元で手に入る資材から作る肥料の作り方や、もみ殻燻炭を用いた病害虫管理、有機的方法で雑草の成長速度を抑制するアイデアなど、カンボジアでは学べなかったことを学んでいます。家畜部門では、ヤギ、鶏、豚に関する知識、飼料の調製、ワクチン、消毒手順、家畜用の日陰施設の建設などを学んでいます。
アジア学院で学んでいることで最も重要なことの一つは、地域資源の活用という考え方です。アジア学院では地元の店舗と連携し、副産物を回収して飼料を作っています。豆腐屋からオカラを、食品店から端切れ野菜を回収するなどしています。
帰国後は、これらのアイデアや経験を実践に生かそうと強く決意しています。私を送り出してくれた団体、Lutheran HopeCambodia Organization(LHCO)と計画をよく話し合い、農村共同体、地域住民のリーダーシップスキルを向上させるため、時間管理スキルなど、リーダーシップに関する知識を教えることも提案するつもりです。地域のリーダーたちは支配的なリーダーシップを実践する傾向があるため、サーバント・リーダーシップを啓発していきたいです。
さらに、有機肥料、土着微生物、もみ酢(もみ殻燻炭の煙を冷やした液体)の造り方など、有機農業の技術について農家を指導する予定です。これらの知識はすべて、現地の状況に合わせて自ら実践し、手本を示したいと考えています。これが、支援者の皆さま、送り出し団体、アジア学院、そして私のコミュニティーに対する強い決意です。最後に、私の研修を支援してくださっているJELC、JELA、この研修プログラムに参加する素晴らしい機会を与えてくださったアジア学院、これまで私を後押しし、支え、励ましてくださった送り出し団体のLHCOにも、心から感謝します。
日本福音ルーテル教会アジア伝道の第一歩
カンボジアルーテル教会(LCC)からオン・シチャン氏が来日され、アジア学院で学びを深めています。
このプログラムは、日本福音ルーテル教会(JELC)の第29回・第30回定期総会で決議されたカンボジア宣教の方策の一環の中での人的交流として行われています。
このカンボジア宣教は、日本福音ルーテル教会とアメリカ福音ルーテル教会(ELCA)とが協働して取り組んでいるものです。そしてカンボジアへの支援を長年続けている公益財団法人JELAの協力によって、今年度のアジア学院での研修を受けられることとなりました。カンボジアでのディアコニア活動を実現するための学びのためにシチャン氏は、9月まで学びを続けてまいります。どうぞLCC、JELC、ELCA、JELAの協力関係が続き、アジアでの福音宣教が前進していくことができるようにお祈りを合わせていただければ幸いです。
新任J3宣教師紹介
アレック・イングルスルッド
私、アレック・イングルスルッドは、2026年3月末にアメリカ福音ルーテル教会(ELCA)から派遣され、J3宣教師として日本での奉仕を開始いたしました。通常、多くの宣教師はアメリカから日本へ赴任しますが、私はすでに長野県に滞在していたため、羽田空港から熊本空港への比較的短い旅路となりました。移転にあたっては公益財団法人JELAのポール・星崎氏に多大なお力添えをいただき、現在は熊本市内のJELAアパートに住んでおります。
3月の終わりから4月にかけては、九州ルーテル学院での英語授業の準備や、ルーテル学院高等学校での聖書授業の準備に追われる多忙な日々でした。しかしながら、同じJ3宣教師であるステファン・ライリー先生、そしてELCA所属の長期宣教師であり、九州ルーテル学院の担任教師でもある宮本ケイティ先生に大変親切に助けていただきました。お二人の支えのおかげで、新しい務めに順応し、充実した日々を送ることができました。
また、大変光栄なことに、私の名前が九州ルーテル学院創立百周年記念誌に掲載されることとなりました。これは、私の伯父であるジョン・イングルスルッドが創立50周年記念誌に掲載されてから50年後のことです。かつて伯父が学院にもたらした賜物と才能にふさわしい奉仕ができるよう、心より願っております。
熊本の夏の暑さは時に厳しく感じられますし、2026年7月28日に発生した熊本地震に伴う揺れや余震を経験したことは恐ろしくもありました。しかし、私は信仰に支えられ、九州ルーテル学院、大江教会、そして熊本教会を通して築かれた温かな人々とのつながりの中で安心を得ています。
熊本は、思いやりに満ちた友情と、情熱をもって人々に仕える方々にあふれた場所です。最近は困難や緊張の多い日々が続きましたが、熊本のルーテル共同体が持つ希望、優しさ、そして揺るぎない信仰は、必ずこれからも受け継がれていくと確信しております。
これまでお祈りとご支援を賜りましたことに、心より感謝申し上げます。神様が熊本をその御手の中で守り、導いてくださいますようお祈りいたします。
アーメン。
スペンサー・ジョルダン
はじめまして。今年4月より、本郷教会・学生センターでJ3宣教師として奉仕しております、スペンサー・ジョルダンです。
今回で2回目のJ3宣教師としての派遣となり、前回は2019年から2021年まで九州ルーテル学院(熊本)で奉仕しました。留学や教会、宣教団体での働きを含めると、日本での歩みは8年以上になります。その歩みを通して、日本への愛と、日本の教会と共に歩みたいという思いはますます深められてきました。
私が神の召しを意識し始めたのは子どもの頃です。サムエルの物語を読み、「どうぞお話しください。僕は聞いております。」(サムエル記上3・10b)と祈ったことを今でも覚えています。その祈りに神は少しずつ応えてくださり、日本へと導いてくださいました。
東京で新しい歩みを始めることができたことを心から感謝しています。本郷教会・学生センターで多くの方々と出会い、新しい友情が与えられていることは大きな喜びです。私は、人との出会いや語らいの中で、互いに「あなたは神に見いだされ、愛されている大切な存在です」という福音を伝え合うことも、教会の大切な証しだと信じています。
どうぞ、日本語をさらに学び、皆さまと共に祈りながら歩み、本郷教会・学生センターを通して、一人でも多くの方がキリストと出会い、希望を見いだすことができるようお祈りください。皆さまと共に、神がこれから日本の教会でなさる新しい御業を期待しています。
主に栄光がありますように。
