るうてる2015年3月号
説教 「信じ、従うこと」
日本福音ルーテル聖パウロ教会牧師 松木 傑
神は命じられた。「あなたの息子、あなたの愛する独り子イサクを連れて、モリヤの地に行きなさい。わたしが命じる山の一つに登り、彼を焼き尽くす献げ物としてささげなさい。」(創世記22章2節)
神さまと信徒のみなさまのお支えと寛容さにより、40年のルーテル教会での務めを終え、退職することになりました。ありがたく感謝いたします。
本稿のために掲げました聖書の言葉は、私の信仰生活と今に至る歩みの原点ともいえます。私は18歳で大学生活のために広島の田舎から京都に移りました。当然ながら、自分は何のために生きるのかと自らに問いかけました。何を目標にするかと思い悩みました。能力もなく、情熱もない! 大学を辞めて、船乗りになって海外にでも行ってみようかと思い、船会社まで行ったこともあります。しかし、その勇気もない! ないないずくめで、下宿先でこたつにあたってFM放送を聞いていました。そのとき朗読の時間だったと思いますが、旧約聖書のこのアブラハムがイサクを献げる話が聞こえてきました。 強烈に感動させられました。生きるとは「これなんだ」と気づかされました。
長年待ち望んで与えられた、最愛の一人息子を犠牲にささげるなど、これほど理にかなわないことはありません。人間の感情と理性からするとありえないことに対して信じ、従う。「何故」の論理を超えることが語られています。唯一の理由は、神が命じられた、ということにあります。
新約聖書には、弟子たちの間で誰が一番偉いだろうか、と議論が起こり、主イエスが「偉くなりたい者は、皆に仕える者になりなさい」(マタイ20・26)とお応えになる場面があります。結局、一番偉くなりたいという、人間の欲望を手に入れるために、その手段として奉仕するということなのかと疑問に思ったことがあります。他者に向かって奉仕しているように思えるが、それは結局 、 迂回して自分に向かうという、ルターの指摘する二重の罪です。しかし、この疑問についても、最後は主イエスがお求めになるから、それに従い奉仕すると理解することで、論理の空回りから自由になります。
カルト宗教はこの論理を悪用して、信者を従わせています。一見すると同じですが、99・9%理性を尊重し、0・1%の神様の絶対に従うことと、理性を無視する態度には大きな違いがあります。また、本物と偽物の判別にとって重要な点は、どのように教えを実践し、証をするかということにあります。自分の絶望を主に委ね、主に従うという方向へと歩みだすことは、私にとって救いでした。
ちょうどそのような時に、アフリカのビアフラ(現在のナイジェリア)で内戦が起こり、200万人の餓死者がでる悲劇が起こり、京都市内の3つのルーテル教会の青年会で募金活動を行いました。同じ時代に同じ地球に住んでいるのだから、私たちは何かなすべきことがあるのではないかと、その時強く思いました。その思いが、私のその後の教会での活動で形になったのが、「非営利活動法人フェアトレード・ラベル・ジャパン」と「一般社団法人わかちあいプロジェクト」の設立です。フェアトレードによって世界の課題に取り組む働きです。
南と北の国の間に広がる貧富の差は、同じ地球に住む私たちの緊急の課題です。インターネットは難民キャンプでも接続でき、情報が一瞬にして世界の隅々に配信される中で、努力しても貧しさから抜けられない南の国の人たちの苛立ちと絶望感は、人々をテロリズムに駆り立てる要因の一つとなるとも言われています。
現在の世界の混乱状態は、この不公平さが要因とも考えられます。単に途上国を支援するという発想を越え、私たち自身の存続にもかかわっています。その中でフェアトレードは、誰もが参加できる身近な貧困問題への取り組みです。
牧師は引退しますが、フェアトレードの働きは続きます。今後ともお支えください。
宗教改革五〇〇年に向けて ルターの意義を改めて考える(35)
ルター研究所所長 鈴木 浩
ルターは1525年の暮れ、『奴隷意志論』という非常に刺激的で挑発的なタイトルの大論文を出版した。前年にルターを批判して出されたエラスムスの『自由意志論』に対する反駁論文であった。
それは、これまで取り上げてきた「奴隷的拘束下にある意志」について詳細に論じた論文であった。幸か不幸か、ルターは攻撃的な論文になればなるほど、切れ味が鋭くなる。ルターはこの論文の中で、「自由意志などは、真っ赤な嘘、単なるフィクション」と言い放つ。
『九七箇条』の第一提題でルターがあれほど強く擁護したアウグスティヌス(430年没)は、自由意志の問題で極めて曖昧な発言をしていた。「われわれの意志は原罪によって著しく損なわれたので、自ら進んで善を選択することはできないが、自ら進んで悪を選択する程度の自由は残されている」というのだ。だから、名目的には自由意志はある。しかし、その意志は一貫して悪を選択するのだから、実質的には自由はないことになる。
ルターはこの曖昧さから決別し、名目的にも実質的にも自由意志を否定した。それはアウグスティヌスが提起したあの原罪論の強化であった。
議長室から
日本のキリスト者への期待
総会議長 立山忠浩
イスラム国」による日本人2名の殺害は、日本だけでなく世界中に衝撃を与えました。痛ましい結末でした。後藤健二さんは日本キリスト教団に属するキリスト者であったこともあり、この方の講演を聞いたり、直接話をしたことのある人がルーテル教会の中にもいらっしゃることを耳にしました。
このような事件が起こる度に耳にするのは「宗教は恐ろしい」という市井の声です。ひとつの宗教に拘らないことを良しとする多くの日本人に、「だから一神教は怖い」という印象をさらに植え付けることにならないかと案じています。そこにキリスト教も容易に入れられてしまうからです。もちろん誤解ですし、イスラム教と「イスラム国」もまったく別ものであることも言うまでもありません。しかしながら、過去の歴史を振り返るならば、キリスト教も他宗教との争いに積極的に加担したことがあったことも忘れてはならないと思います。
日本に暮らす者にとっては、仏教や神道という宗教には馴染みがあっても、イスラム教はどこか遠い国や民族の宗教という印象が否めません。私もそのひとりでした。しかし今回の事件にまつわる報道から、私の牧する教会がある東京の豊島区にイスラム教の方々の礼拝所があることを知りました。 先日は、保育園や幼稚園にもイスラム教の子供たちが通っているということは珍しいことではないと聞きました。学校や職場でもきっと同じでしょう。恥ずかしい話ですが、遠い存在と思っていた方々が、すでに身近な所に隣人として暮らしていることを今気づいたのです。
ではキリスト者として何をすればよいのか。決して大袈裟なことではないでしょう。偏見を持たず、ごく自然に接し、興味を持つこと。そして他の宗教に敬意を払うことだと思います。中東を中心とした民族や国家間の戦争や紛争が起こる度に、日本ではそれは宗教戦争と理解され、「だから宗教は怖い」というそしりや陰口を耳にすることがありますが、「自分の宗教を大切にするからこそ、他の宗教も大切にできる」ことを肝に銘じなければなりません。日本のキリスト者への期待は大きいと思うのです。
宣教の取り組み 野宿者支援活動 ともにいきる ともにたべる
久保彩奈(本郷教会)
2014年6月から本郷教会では野宿を余儀なくされている人々へ食事を配る給食活動を始めました。この活動は10年間、主に東京渋谷で活動を展開していた「聖公会野宿者支援活動・渋谷」が6月で終了することに伴い、 よりエキュメニカルな形で引き継ぎ、本郷教会も担うこととなりました。 新たに始めたばかりですが既に16回(2月1日現在)の給食活動を行いました。毎月第1日曜日は本郷教会、第3日曜日は日本基督教団早稲田教会を準備会場にして、渋谷で配食しています。
礼拝後に教会の内外を問わず、10数名の有志で200食以上のお弁当を準備し、缶詰などの保存食と一緒にお渡ししています。また未使用の歯ブラシや石鹸などを集め、生活に必要な消耗品などとお配りしています。
この活動の名前は「ちかちゅう給食」といいます。「ちかちゅう」とは、東京都渋谷区の区役所「地下」にある「駐」車場のことで、そこにいた野宿の人々との出会いをきっかけに始められたからです。野宿の人々は襲撃(暴力)や排除(追い出し)、福祉事務所による生活保護の「水際作戦」などにさらされており、あらゆる形で尊厳をふみにじられ、いのちを脅かされています。持たざる者が更に苦しみを背負わなければならない現状に、真心をもってひたむきに寄り添うことがこの活動の使命です。
イエスが社会の中で低く貧しくされた人々と食事を分かち合い、共に生きた姿に倣いつつ、渋谷で待っている人がいる限り活動を続けていきたいと思っています。この活動は月に2回、しかも1食分しか届けられない小さなものですが、多くの方からの祈りと支えがなければ成り立ちません。みなさんがこの記事を読んでいる今も、路上で過ごさざるをえない人々がいることを覚え、思いを寄せてくだされば幸いです。
活動に参加を希望される方、またお米や歯ブラシ、石鹸などのおすそわけやカンパのお申し出など、お問い合わせは、shibuya.chikachu@gmail.comまで、ご連絡ください。
プロジェクト3・11より
小泉嗣(東教区社会部長)
私たちは日々新たな災害や事件、事故に出会います。それが直接の体験であれ、見聞きし心に刻まれたものであれ、時と場が離れれば離れるほど、記憶は曖昧になり、気持ちの振幅も小さくなっていきます。だから前に進めるという声と、だから人は弱いという声、それぞれに頷いてしまう私がおり、それではだめだという私がいます。
あの日、私たちは皆、何らかの形で東日本大震災を体験し、心に刻みました。そして何か奉仕できればとの思いが力となり、ルーテル教会救援の働きが2014年3月まで継続されました。
その後、東教区では社会部が中心となって「プロジェクト3・11」を立ち上げ、細々と震災支援の活動を続けてきました。今この時も、あの大震災を現在のこととして体験を重ね、痛みや苦しみをその心に刻みつづけている方々がおられるからです。
専属スタッフのない働きですが、被災地で生きる人々や被災地から避難して生きる人々の歩みをほんの少しでも支えること、「3・11」を過去ではなく、現在のものとし続けることがその目的です。
昨年は福島の民間食品放射能計測所(2カ所)と子どもの保養プログラムに支援金を送り、そのための募金呼びかけ、現地の保育園で掃除ボランティア、被災地訪問プログラムへの参加呼びかけなどを行いました。
本年も経済的な支援とあわせて人的な交流プログラムを計画しています。つきましては教区内外を問わず、皆様の教会や教区で継続されている被災地支援の情報をお寄せいただければ幸いです。支援や体験を、キリストの体である教会全体でわかちあうことができれば、その苦しみも喜びもまた、わかちあえると思うからです。
3月15日(日)15時半より東京教会にて、いわき食品放射能計測所「いのり」の明石義信所長(日本基督教団常磐教会牧師)を説教者に、また元ルーテル教会救援スタッフの佐藤文敬さんを報告者に迎え、「3・11を憶える礼拝」を守ります。覚えて祈り、ご参加ください。
礼拝式文の改訂
✝ アンケートのまとめ
式文委員 中島康文
昨年行われた全国総会の折、改訂式文試案に候補曲を付けて紹介しました。時間の関係でこれまでとは少し雰囲気の違う曲を主に、式文委員が司式と会衆に分かれてデモンストレーションを行いました。そのことを踏まえて、改訂式文へのアンケートに82名の方(総会出席議員の3分の1強に当たる)がご回答くださいました。感謝申し上げます。式文委員会では頂いたご意見ご質問を、その後の検討作業の参考とさせていただいています。
アンケートの詳細を記述するスペースはありませんが、式文改訂の作業は新しい時代に添う豊かな礼拝となることを願って行っています。しかし、アンケートではこの作業への不安や疑問、ご批判が多く寄せられました。「従来の式文で何が問題なのか分からない。変更に抵抗を感じる。歌が難しく馴染めない。オルガニストがいない教会では用いられない。洗礼の想起は未受洗者を疎外することにならないか。宣教の力になると思えない。」等々の否定的な意見がありました。一方、「美しい曲が多く、明るく好感がもてた。若い人たちには歌いやすい。改訂が必要であることは理解できる。選択肢があるのは良い。」等々の肯定的なご意見もいただきました。また多くの要望も寄せられました。「全面的改訂ではなく部分改訂を。難しくなく、歌いやすいものを。女性の意見を聞いて欲しい。牧師集団で十分議論して信徒に示していただきたい。現行式文と改訂式文の違い、変えたい理由などを文章で示して欲しい。牧師不在の礼拝や小さな教会の礼拝等にも配慮を。丁寧な説明、子どもや高齢者にも分かるように。宣教の前線の多様性を考慮した改訂を。」等、その他にも多くの要望をいただきました。
アンケートの結果をもって常議員会と協議をいたしました。式文改訂を通して信徒の学びの良い機会とすること、式文委員会と常議員会が協力して全国で説明を行うこと、次世代への信仰継承にもなることなどを確認しました。改訂についての責任と意義は常議員会が考えることですが、内容についての質問には式文委員会が責任をもって応答すべきでしょう。また改訂の進め方については更に協議する必要がありますが、「総会で承認するということは公式に用いてよいということであり、改訂式文のみを使用しなければならないという意味ではない。」ことを説明して行く必要があることも理解しています。
多くのご意見をお寄せいただいたことは、皆様がルーテル教会の礼拝(式文)をとても大切にしてくださっている証しだと委員一同、とても嬉しく感じています。式文改訂作業が、皆様の宣教の力となり、信仰の喜びの一助となりますように願いつつ、これからも作業を進めてまいります。どうぞお祈りください。感謝しつつ。
礼拝全体を検討し見直すために設置された式文委員会の働き「式文改訂」について、日本ルーテル教団と共に、その解説をお届けします。
連載 マルティン・ルター、人生の時の時(2)
江口再起
実際、後にルターは父親宛の手紙の中でこう書いています。「私は、自分の願望によって修道士になったのでなく、突然の死の恐怖に囲まれて、強いられて、請願をたてたのです」。
ですから、彼の中には何か燃えるような信仰がないのです。いわば行きがかり上、修道士になってしまった。ところが周りの修道士はみな熱心な信仰の持ち主にみえる。ルターは焦り、不安になりました。何とか熱い信仰を持たねばならない・・・。そこで一生懸命、祈ったり断食したりしました。つまり彼は人一倍、模範的な修道士になりました、外見上は。しかし、心の中は、信仰への不全感と不安でいっぱいでした。試練の時です。
そして、もう一つルターには問題がありました。父親との葛藤です。親にしてみれば、息子が法律の勉強をして、この世で成功することが願いです。そのため大学にまで行かせたのです。ところが大学を退学し修道士になって、この世から身を引いた。父親は激怒しました。ルターに向かって十戒の「汝の父と母を敬え」を忘れたのか、と怒鳴りました。この怒っている父の姿が、ルターにとって「怒りの神」のイメージと二重写しになって、心に浮かんでくるのです。
親との葛藤、信仰の不全感、青年の危機。今日風に言えば、修道院でのルターは鬱のようでした。
(3)塔の体験(1513年~16年? 30歳ころ)―神の恵みへの開眼
修道院で一生懸命努力したルターは、やがて修道院や大学で聖書を教える学問僧になりました。しかし、信仰の不全感は解決していない。ルターにとって神とは依然、「怒りの神」でした。
そんなある日、ルターは「塔の体験」をするのです。ヴィッテンベルクの修道院の塔の一室(この体験の日付や、それが突如生起したのか、徐々に熟してきた体験なのか、についてはよくわかっていません)。「塔の体験」とは一言でいうと、ローマ書1章17節の「神の義」をめぐる信仰の開眼体験です。その結果、聖書の語っていることが、本当に腑に落ちるようになったのです。(つづく)
「ルーテルアワー 聖書通信講座」いよいよ本格始動!
賀来周一(定年教師)
ルーテルアワーという名称をお聞きになっただけで、懐かしい思いに駆られた60代以上の方は多いことでしょう。この伝道放送を通して、信仰に導かれた人、そして献身して牧師になった人も多く、教派を越えて聴取された伝道放送だったことがよく知られています。
この名を冠して、日本福音ルーテル教会東教区では、 現代のメディアであるインターネットを利用し、多くの人を教会に招こうと内容を一新。誰にでも分かる聖書通信講座を開設するに至りました。インターネットを利用する以上、誰でも見ることができますので、全国の皆さまにも知っていただきたく、この番組の紹介をすることになりました。
まず、インターネットで www.biblestudy.jpにアクセスしてください。「かけがえのない自分という存在を安心して生きていますか」というキャッチコピーが飛び込んできます。聖書にはじめてふれる人の心を引き付ける美しい画面です。
さらに読み進むと内容が4つの部門に分かれます。一つ目の「人生の問い」は、私たちが人生の中で必ず経験するであろう問いが取り上げられ、これにカウンセラーが丁寧に答えています。さらに「聖書よみログ」では、旧約から新約まで聖書66巻の中から、聖書の中の信仰主要項目を解説する部門です。はじめて聖書を読む人、聖書の内容を整理したい人には絶好の読み物となっています。3番目に「Q&A」の項目が出てきますが、はじめて教会へ行く人が、 戸惑うことがないようにとの、よく分かるガイドとなっています。4番目の新シリーズ「さあなの部屋」という部屋を覗いてみましょう。難病と闘いながら牧師の道をひたすら歩む伊藤早奈牧師の心を打つエッセイが書かれています。
サイドページに「ルーテルアワー」というバナーがありますが、もし、皆さんがフェイスブックやツイッター、ご自身のブログを持っておいででしたら、自由にリンクしていただきたいのです。それが伝道を担うことになることでしょう。
白川清牧師を偲ぶ
長尾博吉(定年教師)
1956年の夏、西南学院の山の家で開催されたルーサー・リーグ(ルーテル青年連盟)の修養会に参加した折に、初めて私は白川清師にお目にかかりました。ルーサー・リーグの委員長として、見事な修養会全体のリーダーシップを取っておられました。
その時の第一印象は、大変エネルギッシュな青年というものでした。声も大きく、体躯に恵まれた白川師の統率力は目を見張るものがあり、受洗して間もなかった私には、教会には素晴らしい人材が居られるものだと感心したのを今も忘れられません。
そして、私が神学校3年目(教養科3年)の時に、白川師は献身して東京中野の日本ルーテル神学校に入学してこられました。後輩にこんな方が来られたのでは、うかうかしておられないと脅威に感じたことも今は懐かしい思い出のひとつとなりました。
白川師は、若い頃、福岡のルーテルアワーセンターで働かれた経験から、ラジオ伝道にはことのほか熱意があふれ、静岡のSBS放送におけるルーテル・アワー「こころの広場」の制作、フォローアップに3年間没頭されました。
また、静岡市には静岡キリスト教連合会があり、そこには日本基督教団を始め、カトリック教会、日本聖公会、バプテスト教会、ルーテル教会、ホーリネス教会、2つの単立教会、その他の約20の教会が参加し、毎年市民クリスマスを開催していましたが、その世話役等にも献身的に奉仕しておられました。
これらの一事をとってもよくわかりますように、白川師は何事にも全力でぶつかり、まじめに反応する努力家でした。この1~2年、大病に罹患し入院されていても、新薬開発のために必要な製薬事業に協力し、積極的に治験(医薬品の承認を得るための薬物臨床試験)を受け入れられていました。
正に最後まで成すべきことを遣り抜き、生き抜かれ、主の御許に帰られたのでした。
退職にあたり
鐘ヶ江昭洋
この度、定年を迎えるにあたり、感慨が一層、深まりました。この44年間の間、愛するルーテル教会のみなさま方と、深い絆に結ばれて、大変有意義な人生を歩ませていただきました。
ルーテル教会は最高の教会です。マルチン・ルターの流れの本流として、おおらかで、それなりに充実した、極めて真実に従った教会です。 ことに『万人祭司』という、ルターの「万人は、直接神さまに結び合っていて、そこに誰も介在しない」という教えは、素晴らしいものです。常に、この『万人祭司』の原点に立ちつつ、歩みましょう。
佐々木赫子
主のみ名を賛美します。小学生で教会に導かれて以来、牧師と立てられてからも「主、我を愛す。主は強ければ、我弱くとも恐れはあらじ。」(こどもさんびか)と歌いつつ、心に響かせつつ歩み、定年を迎えました。58歳で献身し、東京、保谷、名古屋、蒲田の各教会にお世話になり、63歳で按手後、広島、名古屋、そして宇部教会での奉仕は、教会の皆さんに支えられてのものでした。厚狭、下関教会の皆さんと同労者にも励まされました。感謝の気持ちでいっぱいです。
現職として短い期間しか奉仕できませんでしたが、これからも神への奉仕で生涯を貫きたいと願っております。
鷲見達也
20歳で受洗しましたが、真の信仰が与えられたのは、神学校で神を信じ切る方々の中で鍛えられたことにおいてだと思います。6年間の牧師生活で真剣に取り組む中で神のなさることの素晴しさを改めて知りました。なぜ?と思われることがあっても神は私たちを最も良いようにしてくださることを、牧師の定年になる今になってやっと得心しております。
キリスト教は真理ですし、聖書は素晴らしいです。もし、あなたが受洗を勧められたら思い切ってなさることをお勧めします。短い期間でしたが牧師としての召しに心から感謝しております。
松木 傑
「日本の教会ほど日本の社会のなかで貴重な存在はない」と常々、わたしは教会の方に申し上げてきました。教会に行く、行かないかは、まったく各自の自由である。この世的には何の得もなく、献金するだけである。熱狂的でないルーテル教会はまさにその典型です。
教会を維持することが目的になっている厳しい現実に直面しながらも、この自主性、自由、利得なしの価値をもっともっと生かすことが、教会の務めだと思います。それが主イエスに倣って、人々の必要に応えることだと思います。
吉谷正典
教会から43年前に頂き、今や手垢で汚れたガウンとストールを眺めていると過去の色々な事が頭に浮かびます。でもやはり、最後の言葉としては「われは聖なるキリスト教会を信ず」以外にありません。他者はもとより、自分が信じられない私です。
「この世」の中で、「自分」という存在の身の置き所として、何を信じ、何により頼むのか。それはやはり、自分自身も、その一員とされている、主にある兄弟姉妹の交わりとしての集まり以外にはありません。
これからもよろしくお願いいたします。
J3退任挨拶
キャロライン・キーナンCaroline Keenan
この2年という時間は、私の人生にとって最も意味深い日々となりました。日本について、教会について、自分自自身について、そして神さまがこの世界と私の人生において働いてくださることについて学ぶことになりました。着任した頃はとても緊張し、時にホームシックになりました。しかし、皆さんが暖かく迎えてくださいました。まさに神さまは私に
3つの家族をくださったと感じました。それは九州学院、健軍教会、熊本教会の英語礼拝という家族です。皆さんの存在が私の人生にとってどれほど大きな影響を及ぼしたことでしょう。帰国後、私は神学校で学び、牧師になりたいと思っています。そして、わたしがこの地でいただいたような愛情と配慮を他の人たちに示していきたいと思います。この2年という時に心から感謝します。私はみなさんのことを決して忘れません。
モーガン・ディクソンMorgan Dixon
私は宣教師として日本に来ましたが、たくさんの人々に支えられてきました。そのことにとても感謝しています。
2年間でとても貴重な経験をさせて頂きありがとうございました。この経験をこれからの私の人生にいかすことが出来るようにがんばります。
本当にお世話になりました。
ローラ・フェントレスLaura Fentress
この2年間大変お世話になりました。J3として色々な大切な経験ができ、心から感謝します。
ルーテル学院中高では英語を教えたり、優しい先生たちや元気な生徒たちと話をしたりして楽しかったです。
毎週日曜日に神水教会の皆様と共に礼拝をして嬉しかったです。また、日曜日の夜の熊本教会の国際英語礼拝では母国語で礼拝できてよかったです。アメリカに帰国することになりますが、日本でつくった貴重な思い出をいつまでも忘れません。