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機関紙るうてる

るうてる2014年5月号

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説教「遅れてきた夜明け」

「十二人の一人でディディモと呼ばれるトマスは、イエスが来られたとき、彼らと一緒にいなかった。そこで、ほかの弟子たちが、「わたしたちは主を見た」と言うと、トマスは言った。『あの方の手に釘の跡を見、この指を釘跡に入れてみなければ、また、この手をそのわき腹に入れてみなければ、わたしは決して信じない』」ヨハネによる福音書20章25節

 十二弟子のひとりトマスは、この聖書に記された出来事から、「疑いのトマス」という不名誉な称号で呼ばれることがあります。しかし、中学校の授業などで弟子の話をするとき、このトマスは人気のある一人です。 心身ともに多感な成長期を迎えている彼ら・彼女らにとって、このトマスの「疑い」は非常に共感しやすく、「疑ってもよいのだ」と安心できるのでしょう。実際、このトマスは、後にイエス様の彼に対する言葉の中に「見ないのに信じる人々は幸いだ」(29節)とあるように、主イエスを実際に見たことのない世代の代表でもあるのです。
 「見ないのに信じる人々は幸いだ」…これは逆に、見えないもの、見たことがないものを信じることがどんなに難しいことかを表します。ましてや、トマスは自分一人だけ、主イエスの復活に居合わせることができなかったのです。
 このトマスはもともとかなり熱心な弟子であり、十字架前のイエスがエルサレム方面に赴かれる際には「俺たちもイエス様と行って、一緒に死のうじゃないか」(ヨハネ11章16節)と勇ましく他の弟子たちを鼓舞するようなところもある人でした。
 復活の主が最初に他の弟子たちに現れたときになぜトマスがそこに居なかったのか、その理由は記されていません。もしかするとトマスはその熱心さの分、主の十字架の衝撃、またその十字架の前から逃げ去った自分自身への後悔から、仲間に合流できずにいたのかもしれません。
 するとその間に、自分以外の弟子たちに、復活の主が現れた。他の弟子たちは「俺たちは主を見たぞ」と喜び、盛り上がっている。「イエス様の手の釘跡とわき腹の傷を見、そこに触れてみなければ、わたしは決して信じない」…この言葉からは、トマスの懐疑と共に、信じる輪の中に入ることのできない哀しみ、周囲の喜びから自分だけが弾き出されたトマスの強い孤独も感じられます。
 しかし、そこに再び現れた復活の主イエスは、他の弟子たちも共にいる中を、トマスただひとりに向かって語りかけられます。「手を伸ばして、あなたが言っていたとおり、私の釘跡、わき腹の傷に触れてみなさい」という主の言葉には、このときだけではなく、トマスが復活の主に出会う前、他の弟子たちから取り残されたように感じていたとき、しかしその彼の言葉が確かに主イエスに届いていたことを示します。トマス自身が誰からも見捨てられ、暗闇の中にいるように感じていたときですら、主は確かにトマスを心に留めてくださっていたのです。
 遅れてきたトマスの復活体験は、そのできごとを聞く私たちを慰めてくれます。トマスのことを覚えておられた主は、あなたのことも確かに覚えていてくださる。そのことを、直接主を見ることができない世代に伝えるために、このできごとは福音書に書き残されました。 復活が頭では分かっても、心が信じられないときがあります。また今もなお、恐れや不安が支配する場所があります。
 しかし、主は「すべてが終わった」と誰もが思ったあの十字架の死から、起き上がってくださいました。「戸にはみな鍵がかけてあったのに、イエスが来て真ん中に立ち」…私たちの理性や常識、恐れや孤独、固く閉ざされた扉、それをものともせずに超えて来て、私たちと出会おうとしてくださる方が、確かに生きておられるのです。
 その方こそ「わたしの」主、どこまでも私たちを追い求め、心に留めてくださるお方です。
室園教会牧師 西川晶子

宗教改革五〇〇周年に向けて ルターの意義を改めて考える(25)

ルター研究所所長 鈴木 浩

予定論はもともとアウグスティヌスが初めて本格的に提示した教理であった。しかし、抜きがたい「運命論的響き」が理由になって、アウグスティヌスの死後一〇〇年経ったオランジュ教会会議で予定論は公式に断罪された。しかし、その後も急進的アウグスティヌス主義者が時々現れることになった。
 アウグスティヌスには、もう一つ運命論的に響く教理があった。それが「原罪論」である。「人間は罪を犯さないことができない」とか「罪を犯す必然性」といった強い表現が原罪論の特徴であった。
 その後の西方教会の歴史では、この二つが重荷になっていた。いわば「負の遺産」だったのである。しかし、予定論は公式に断罪され、原罪論は骨抜きにされた。ルターが見るところ、それが中世神学の特質であった。こうして、二本の教理的棘が抜かれた「穏健なアウグスティヌス」が正統的伝統として継承されていった。
 そうした伝統の中で、一六世紀にひときわ急進的なアウグスティヌス主義者が現れた。ルターとカルヴァンである。ルターは骨抜きにされていた原罪論を強化し、カルヴァンは沈黙させられてきた予定論を復活させた。それが宗教改革であった。

 時代が少しさかのぼりますが、日本福音ルーテル教会の歴史の中に「アスマラ宣言」と呼ばれるものがありました。エチオピアのアスマラで開催された日本伝道に関する協議会で、当時の総会議長であった内海季秋牧師が、海外からの一般会計への補助金を五年後にはゼロにするという発言でした。 内海議長の個人的、かつ非公式の発言であったのですが、日本福音ルーテル教会の公式の自給宣言と国内外に受け止められて行ったのです。一九六九年四月のことでした。
 帰国後に議長報告を聞いた常議員会は戸惑いを覚えたことでしょう。しかし教会運営の海外依存からの脱却という方向性がここに定まったのです。
 日本福音ルーテル教会にとっての分岐点となったこの歴史的出来事は、議長発言の重さを象徴するものでした。議長の個人的、かつ非公式の発言が、結果として重要な政策上の方向転換へと導くことがあるのです。
 

議長室から

議長発言の重さを活かして

総会議長 立山忠浩

二年前の議長就任以来二回、パートナーシップを持つ海外教会からの招待を受け訪問する機会がありました。いずれも重要な政策を協議するための訪問ではありませんでしたが、「アスマラ発言」の出来事をどこかに意識しながらの旅でした。
 議長の個人的、非公式の発言は、海外訪問時だけ影響を及ぼすということではありません。失言や勇み足の類で教会にご迷惑をおかけすることもあるでしょうから、不用意な発言は戒めなければならないと肝に銘じています。
 同時に、日本福音ルーテル教会の方向を決めて行く力にもなり得ると考えています。もちろん教会の方策を常議員会、総会の決議を経て決定して行く手順は踏み外してはいけませんが、そこで様々な情報を十分に把握し、その上で審議を尽くすことは現実的に難しいのです。
 もっとも、「アスマラ宣言」のような大転換は念頭にありませんが、議長の発言が教会の宣教の前進のために益するのであれば、それを大いに活かして行きたいと思います。

ハンナ・ペンティネン宣教師の紹介

1.ご自身について
 私は、カルストラというフィンランド中部の5千人程の町の出身です。家族は両親の他、妹と弟二人がいます。専門は教会音楽で、ピアノ教師の資格もあります。シベリウス音楽大学を卒業後、いくつかの教会で教会音楽担当の職員をしていました。主としてオルガン奏者の仕事です。趣味は、読書、自然散策や旅行です。
2.日本の教会の印象は?
 今、市ヶ谷教会がオリエンテーション教会です。日本語は研修中なため、まだまだですが、同じルター派なので、礼拝ははいっていきやすかったです。
 市ヶ谷教会の皆様は、私をとても暖かく愛をもって受け入れて下さいました。フィンランドにあっても日本にあっても、教会とは、全世界の救い主であるイエス・キリストの福音を宣べ伝えるところだとの思いを新たにしています。
3.将来宣教師としてどんな働きをしたいですか?
 音楽は、天のみ神が教会に与えた賜物だと思います。讃美歌は神への祈りでもあり、信仰の大事な事柄を教えてくれます。礼拝音楽は、耳で聞いた御言葉を心で深めてくれます。音楽が専門なので、音楽を用いて教会に新しい人を招く伝道を希望しています。フィンランドでは子供を対象にした音楽の教会活動もしていたので、同じことが出来たらと思います。もちろん、教会のオルガン奏者の育成も出来ます。
4.ご自身の信仰について
 私は、信仰ある家庭で育ったので、小さい時からお祈りすることや、聖書を読むことや、教会に通うことは自然でした。私を今あるものに造られた天のみ神は、本当に私を愛して下さり、イエス様を救い主と信じる信仰のゆえに私の全ての罪を赦して下さいます。イエス様こそ、私たちを永遠の命へ 導いて下さる唯一の方です。
 彼こそが、私たちが困難にある時に世話をして、私たちの心に本当の平安を与えて下さいます。だから、彼のことをまだ知らない人たちに伝えたいのです。
     (吉村博明訳)

春の全国ティーンズキャンプ報告

チャプレン 岡田薫

 3月26(水)~28日(金)にかけて、「以神伝信(いしんでんしん)~それでもキミを愛してる」というテーマのもと千葉市少年自然の家にて第21回春の全国ティーンズキャンプが開催されました。
 主題聖句である《あなたがたは、恵みにより、信仰によって救われました。このことは、自らの力によるのではなく、神の賜物です》(エフェソ2・8)を中心に、全国から集まった88名の参加者と33名のスタッフが、心と体と思いを尽くして信仰についての考察を深めました。
 普段私たちは信仰生活の中で耳にしたり口にする”神さま””聖霊””イエスさま””罪””ゆるし”などの言葉について、言葉としては知っていても実際のところ、その意味するところや自分とのかかわりについてじっくり考えることは少ない、あるいは、なんとなくわかったつもり、知っているつもりで過ごしているのではないでしょうか。今回、キャンプ実行委員会はその部分にあえて取り組み、苦悩しながら企画しました。
 グループディスカッションのテーマは”救いのイメージ”、”罪ってなに?”、”わたしは罪人?””罪人を見る目、救おうとする神””救いと新しい歩み”と展開してゆきます。
 プログラムが進行するにしたがって、12のグループの足並みにもばらつきが生じ、人生経験の少ない若年層にとって”罪”と”ゆるし”については特に難しさもあったようですが、二日目の晩に行われた参加者の堅信の証しなどを通して、それぞれの心に得るものがあったようです。後日、報告書が発行されますので、皆さんもぜひご覧ください。
 信仰というテーマには明確な答えがあるわけでありません。今回のプログラムで考えたかったことは、信仰とは私たちの努力や行いによるのではなく”神さまの恵みのみ”という点です。この世の価値観の直中に生きるティーンズ世代にとって、それとは全く違う神さまの視点に心を向けるという作業は難しかったかもしれません。それゆえに、心にもやもやしたものが残ってしまう部分もあったでしょう。しかし、彼らがいま感じていること、感じ始めたことがこれからの信仰の歩みの糧となる、と私は確信し、嬉しく思っています。ポスターに描かれているように、私たちは大いなるお方の御手の内にどんな時もしっかりと包まれているからです。
 最後になりましたが、女性会連盟、ルーテル社団そして全国の教会の皆さまのご支援と祈りに心から感謝いたします。

礼拝式文の改訂

①洗礼と洗礼盤

式文委員会委員長 平岡仁子
 
 私の手元に1冊の小さな本があります。「古代から現代へ、洗礼盤を巡って」、著者はアニタ・スタウファー牧師(ELCA、LWF神学研究部門・2007年召天)。フィラデルフィアルーテル神学校の学位授与式を目前に控えた2004年5月、日本での学びと働きのためにと指導教授のゴードン・W・レイスロップ博士が、ご自身の蔵書の中から私にプレゼントして下さったたくさんの本の中の1冊でした。
 本は過去から現代までの洗礼盤を概観し、そこから洗礼の意味を、そして典礼刷新の進むべき道を検証しようとしたものでした。聖書には洗礼をイメージする表現が重層的に現れます。ロマ書6章3節~6節では誕生・新しい命、死・葬りを。ヨハネ3章5節では水と霊による誕生をもたらす洗礼は子宮をイメージさせます。洗礼は誕生であり、そして洗礼盤は子宮のようです。ロマ書6章3節~5節でパウロは洗礼に死と復活をイメージさせます。コリントⅠ6章11節やペトロⅡ1章9節は罪の洗い・清めを、またペトロ13章20節では水の中を通って救われることをイメージさせます。そしてこれら聖書から与えられるイメージは洗礼に関わる儀式の中で祈られる祈りの言葉に映し出されてきました。
 「箱舟によって、あなたが選ばれたノアとその家族を救われ、再び人間を滅ぼさないと約束されました。あなたは雲と火の柱によってイスラエルの民を海の中で導き守り、‥‥あなたの愛するみ子はご自身の死と復活の洗礼によって、私たちを罪と死のなわめから解き放ち、‥‥聖霊の力によって、私たちをあらゆる罪から清め、私たちに新しい命を賜り、私たちが日ごとに、私たちの洗礼の恵みを経験できるように導いてください。」  (イースターヴィジル洗礼感謝の祈り)
 そしてこのイメージはまた、洗礼の形式を作り出しました。下ること(死)と上ること(復活)、そして水を通りぬけること(救い)――洗礼におけるこの3つの動作は、洗礼の意味を示す象徴的な行為となったのです。そしてその行為は洗礼盤そのものに反映されていくことになるのです。
 20世紀の典礼刷新運動の流れの中で世界のキリスト教会は、改革の柱の一つである洗礼の儀式そのものが持っている豊かさを、もう一度回復させようと取り組んできたのではないでしょうか。そこでこの世界の動向を受け、改訂式文試案では各教会の洗礼盤にその意味を明確にする確かな場所を与えることを試みました。
 保谷教会では今年洗礼盤が完成しました。(写真①)日本を代表する陶芸家のお一人吉川正道氏が製作してくださいました。依頼する際、吉川正道氏にこの本に掲載されている紀元後4~5世紀の古い洗礼盤の写真(写真②)をお見せしました。すると吉川氏は写真を見るなりうなって、叫ばれたのです。「すごい!洗礼は命そのもの。ここに命が躍動している!」

春のティーンズキャンプ

キャンプ長 徳野昌博

 今年で21回目となる「春の全国ティーンズキャンプ」、会場は広大な丘陵地帯にあり、施設周辺の木々や芝生はちょうど芽吹きの時期で、今にもはじけそうでした。そんな早春を思わせる光景は、全国から集まったティーンズの秘めたるエネルギーとだぶって感じられました。
 今回のテーマは、「以神伝信 ~ それでもキミを愛してる」。その意図するところは、「神様によって信仰は伝えられる」と言うことで、信仰は神様からの恵み、愛の賜物であって、人間のわざ、人間が造り出すものではないということです。そして、神様が与えてくださる信仰を、賜物、プレゼントとして、感謝して、喜んで、そして、遠慮せず、恐れずにいただこうということを、スタッフは「手を変え、品を変え」ではありませんが、工夫して、苦労して伝えようとしていました。そのための準備、打ち合わせにかけた時間は半端なものではないと思いました。さらにキャンプ本番では、絶えざる軌道修正と臨機応変の微調整が必要になることは避けがたいわけですが、チームとしてまことに連携良く、見事にはまっていました。
 キャンパー、スタッフ合わせて120名からの大人数、大所帯でしたが、統率がとれて、まとまりのあるキャンプとして遂行されるのは、スタッフが心を一つに、がっちりとスクラムを組んでいたからでしょう。彼らは常に情熱的、精力的でした。 それは、次代を担うティーンズへの愛であり、期待であろうと思います。その中心にチャプレンがおり、そしてディレクター、賛美リーダーがいて、さらにはキャンパーに、直接向き合うグループリーダーがいるのです。このリーダーの多くは「春キャン」卒業生と言いますか、中高生の時代に自ら参加していた人たちです。信仰が継承され、その歴史が作られつつあるのです。
 「春キャン」に集ったティーンズの中から、次代の日本福音ルーテル教会を担っていってくれる人材が必ずや現れることでしょう。

ブックレビュー 石田順朗著『神の元気を取り次ぐ教会』の編集の手伝いをして

森  優

聖書は、物語でつづられています。正確には、物語が「語られ」ているのです。物語はイエスさまとの出会いであり、その出会いの物語が語り伝えられているのです。聖書だけでなく、聖書を読むわたしたちにも、物語は起こります。
 本書は、教会の物語と石田順朗先生の物語です。仏門の家庭に育ち、疎開先でキリスト教に出会い、さらに稀有の説教者に出会って、自分も説教者を志す。胸が躍るような物語です。その物語を、ご自分で「語り」をしてくださったものです。それにしても、感涙にむせぶほどの説教の力。ここから、石田先生は、本書の中で「説教作法」を説きます。説教者だけでなく、説教を聞く会衆にも向けられた、神の力、神のエネルギー、すなわち「神の元気」を受けるようにという圧倒的な気迫に満ちたものです。 
 手伝いをして、編集の手伝いというのは、膨大な原稿を、人々が買い求めやすい定価を設定し、その際のページ数に圧縮する作業です。本書の場合は、多くの教会での説教がそのまま採録されていたものを、説教体を文章体にする。文体は著者の人格なので、傷つけないようにする。用語の統一以上のことなので、かなりの精神の集中がいります。
 いちばんの喜びは、教会暦の整備から聖書日課の誕生へという、初代教会以来、二千年にわたるキリスト教会の絶え間ない努力(物語)のことを知ったことです。
 いまでも聖餐についての理解の違いから、聖餐式に教派によっていっしょにあずかることができません。一九九二年に発表された、カトリック教会と一五のプロテスタント諸派が共同で開発した『改訂共通聖書日課』を、日本福音ルーテル教会も整理して、二〇一六年から採用していくという流れを本書によって学び、聖餐の一致はまだなくても、みことばの一致が実現するという、新しい教会の時、新しい物語のはじまりを知るのです。
 石田先生は、説教、教会暦、聖書日課、礼拝と、教会の大きな物語の「語り」をここで実行されたのです。

 『神の元気を取り次ぐ教会』、定価一二〇〇円。著者頒布価千円。
お求めはファックスにてリトン社へ。ファックス番号〇三-三二三八-七六三八。

戸田裕牧師・追悼「豪快さと繊細さ」

定年教師 山本 裕

『あなたに向って両手を広げ、乾いた大地のような私の魂を、あなたに向けます』詩編143・6
 2014年3月18日、戸田裕牧師が、天に召されたとの連絡を受けました。 私が名古屋の病院に訪問したのが、10日位前でした。戸田先生と呼びかけても深く眠っていました。
 奥様が耳元で『山本裕先生がいらっしゃいましたよ」と‥‥。その時、少し、口元が動いたようでした。 しかし、彼に会ったのが、これが最後でした。 
 児童伝道に従事していた彼が、召しを受け神学校に入りました。 そして卒業後の任地は、静岡県焼津でした。遠洋漁港・焼津気質の豪快さと、彼の豪快さがマッチして、教会に、牧師館に、青年たちが多く集まりました。夕食を一緒にして、教会の一室で、夜を徹して語りました。彼らの間に熱いものがありました。 その彼らが今、各教会の中核となっています。 
 彼はまた、東海教区の動きに深く関わりました。疲れた牧師がいると、おいしい牛肉を持って車で走り、奥さまや子どもたちと、にこやかに話し、そして牧師とは、また夜を徹して話し、支えました。 伝道への熱情と真剣さ、そして優しさは、多くの人に力を与えました。 アメリカでの伝道も、ご家族にとっては、大変だったと思いますが、帰国後は、名古屋の復活教会での働きがなされました。 「名前の字も、読み方も、全く同じ私たち」‥‥、互いに祈り、支え合い、語り合った、信頼の同労者でした。  
 主イエスへの熱い思いを「豪快さと繊細さ」で、持ち続けた彼の大きな声が、今も聞こえてきます。
 そして、彼を支え続けた奥様に、心から感謝します。 子どもさんの上に神さまの祝福が、ゆたかにありますように。

東地域教師会「春の研修会」

大岡山教会 松岡俊一郎

 去る3月10日(月)、東地域教師会「春の研修会」が東京教会を会場に開催されました。ご案内が遅かったにもかかわらず、18名の牧師たちが参加しました。
 今年は引退教師の石田順朗牧師を迎え、「感謝のみ、教会生活還暦を迎え、もう一つsola(第六感?)を加えて」と題してお話を伺いました。
 先生は長い牧会での経験と学び、ルーテル世界連盟神学研究局長、シカゴ・ルーテル神学大学院、日本ルーテル神学校、九州ルーテル学院での奉職の経験から生み出された多岐にわたる神学的課題を、ルーテル教会の五つの「聖書のみ、信仰のみ、恵みのみ、キリストのみ、神にのみ栄光」に「感謝のみ」を加え、整えて語られました。これは、先生が最近著わされた著書「神の元気を取り次ぐ教会」(LITHON、1200円+税)に基づくものです。
 石田先生のお話は、説教、地域会衆、教会暦と聖書日課、律法と福音について語られ、特に各個教会について「教会は、現実的には『(そこに集合し、根付き、開かれた)地域教会』であるとの主張を強調され、最後には、「有限は、有限のままで、無限を体現する」とのルター神学に触れられ、「私たちキリスト信徒は各人、あくまで有限(土の器)のままで、無限化(全知万能化)するのではなく、神の言葉(聖書)にとりつかれ、罪ゆるされ、義人となり、全能の神の御恵みと御恩寵が「いま、ここで」わが身に充溢し体現されるようになる。それは『わたしたちは、このような宝を土の器に納めています。この並外れて偉大な力が神のものであって、わたしたちから出たものでないことが明らかになるため』である。(コリントⅡ四・七~)」と締めくくられました。内容の詳細については著書をご覧ください。
 研修会後は、近所の韓国料理店で親睦の時をもちました。日頃は散らされて牧会に取り組んでいる牧師たちが、おいしい料理に舌鼓を打ちながら語り合い、笑いあいました

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