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機関紙るうてる

るうてる2009年11月号

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新霊山教会献堂40周年記念-デンマーク牧場
新霊山教会

1960年代、北欧に創設された「クリスチャン・ミッション・オブ・ブッディスト」から派遣されたデンマーク人宣教師、H・トムセン師によって静岡県袋井市に創設され、以来「デンマーク牧場(トムセン牧場)」と呼ばれてきた宗教法人日本キリスト道友会。地元の方から247筆を買い取って開拓した15万坪の土地に、デンマーク式の酪農場と、寝食を共にしつつ酪農技術を学ぶ酪農専門学校が建てられ、ユニークな宣教が開始されたのは1965年の秋になる。しかし当時、日本の酪農は不調で、やがて学校は閉鎖。その後、フリースクールとして、不登校や引きこもりなどの青少年共同生活寮「デンマーク牧場こどもの家」と形を変える。北欧の宣教師陣から日本人の手に法人運営を託され、1985年には日本福音ルーテル教会との法人合同を締結。2003年には、東海教区と共に設立母体となって社会福祉法人を創設。特別養護老人ホーム・ディアコニア、児童養護施設・まきばの家、青少年自立援助ホーム・こどもの家、精神科診療所・こひつじ診療所を開設し、この土地において、教育・福祉・宣教の取り組みを進めてきた。そして今年、広大な自然の中に建つ新霊山教会が献堂40年を迎えた。
自然溢れる広大な土地を与えられた我々は「献堂40周年記念行事」の開催を決心。この土地に託された使命を確認し、未来に向かう志を共有するためであった。
10月3日に地元、南部健康プラザを借りて、公開シンポジウムを開催した。主題は、道友会の歴史と未来を鑑みて「人を大切にする道を貫く~愛はすべてを忍び、信じ、望み、耐える~」を掲げ、袋井市長、ノルウェーヤンメ総合大学学長、まきばの家施設長、聖隷クリストファー大学福祉学科教授の4氏から提言を受け、コーディネーターを新霊山教会牧師が務めた。
翌4日には新霊山教会礼拝堂にて感謝記念礼拝をもった。ノルウェーの宣教団体アレオパゴスを介して歴代の宣教師と、各事業所長の出席を賜り、出席者一同、これまでの主の導きに対する感謝の祈りを献げた。感謝会は旧酪農学校を会場に、各氏からのスピーチと映像で40年の歴史を振り返り、そのルーツと未来に思いを馳せる時となった。
(牧師 白川道生)

神学生寮募金記念 感謝プレートの奉献
9.15 ルーテル神学校

キリストの宣教の使命に生きる心豊かな教職を育てるための神学生寮設置と、同じキャンパスで共に学ぶルーテル学院の大学生の福利厚生増進を図るためのルターホール改修が実現しました。この事業資金を捻出するための募金活動が今年の3月まで2年間にわたって、学院と後援会、日本福音ルーテル教会及び日本ルーテル教団も主たる責任を受け止めつつ、全員が一体となって展開されました。その結果、96,085,403円(総合計126,085,403円)の尊い献金と寄付が集まりましたことを神に感謝いたします。
思いを超えた募金活動を神に感謝するための「しるし」として、記念プレートが作られ、その奉献式が日本ルーテル神学校の創立百年記念大会の前週、9月15日(火)夕、学院の礼拝堂で行われ、両教会の神学生、神学教授、事務局のスタッフが共にキリストからの聖餐の恵みにあずかりました。
信仰の、同心の、同じ使命を目指す友との素晴らしい出会いと不可欠の神学的学びが新しい寮での共同生活の中で与えられ、それを通して、教会の宣教に使命をもって前向きに生きようとする神学生が一人でも多く育ち、日本福音ルーテル教会の教職に召される者が出てくることを心から祈るものです。
(副議長 青田勇)

風の道具箱

「ここで陸終わり、海はじまる」という言葉を雑誌で読みました。マカオ案内にポルトガルの言葉として紹介してあり、大航海時代のスローガンだったようです。ポルトガルの岬に立った彼らは「ここで陸が終わる。新しい出発のために海に出ていく」との決意を表したのです。その後マカオに着いた時、次のように叫んだといいます。「ここで海終わり、陸はじまる」と。
キリスト教の宣教、み言葉もこうやって海を渡ってきたのだなと、ちょっと感慨深く思いました。
さて、キリスト教は日本の陸に立っているのでしょうか。土着しているかということです。まだ海の上にあって、外国の宗教をいつまでも続けているのではないか。海が終わるその直前まで来ているのだけれど、まだ陸が始まってない直前にいる感じがします。
私たちの人生も、午前は宣教していただく時間。昼食をとって、午後は私たちが宣教する時間です。たくさん宣教の恵みを頂きましたから、午後は張り切って宣教しましょう。すぐに夕暮れになってしまいますよ。
(柿のたね)

Information

お詫びと訂正

10月号に同封しました販売部チラシの電話番号に誤りがありました。正しくは
【事務局販売部】
03-3260-8631(代)
です。関係各位には、大変ご迷惑をおかけしました。お詫びして訂正いたします。
申し訳ございませんでした。
広報室

2010年度リラ・プレカリア研修講座
生徒募集

■開講期間■ 2010年4月~2012年3月
■募集人数■ 最高7名まで
■申込書類■ 規定の申込書+推薦状1通
■申込締切■ 12月20日(当日消印有効)
※11月28日(土)午後1時~3時に、ジェラ・ミッション・センター(恵比寿)にて講座説明会を開催いたします。
※詳しくは問い合わせ先までお願いいたします。
■問合せ・申込み先■
日本福音ルーテル社団(JELA)担当:中島
〒150-0013東京都渋谷区恵比寿1-20-26
電話(03)3447-1521/FAX(03)3447-1523
E-mail jela@jela.or.jp

牧師の声

私の愛唱聖句

小田原・湯河原教会 牧師  池谷 考史

わたしの恵みはあなたに十分である。力は弱さの中でこそ十分に発揮されるのだ。
コリントの信徒への手紙二 12章9節

大学時代に受洗を決意しクリスチャンとして歩み始めました。その頃の生活は毎日早朝から夜遅くまで、熱を入れていたボートの練習や大学のスケジュールに追われ、そのあわただしさから心まで乾き、この先どんな道が開けていくのだろう、そもそも生きる意味とは何だろう、という問いがいつも頭から離れずにいました。
しかも、その頃の私は、何でも自分一人の力でやり遂げることが当たり前、と頑なに思いこんでおり、「ここが辛抱のしどころ」と自分に言い聞かせ、半ば意地になって踏ん張っていました。
しかし、いつまで経ってもそういう努力が実を結ばず、反対にますます心の飢え渇きを感じるに従って、自分のことですら解決する力も持たない弱い自分の姿をまざまざと見せつけられる思いがしました。
そのような中で、唯一、ほっと一息つけるところ、それがその頃通い始めた教会でした。世代を越えて家族のように私を迎え入れてくれる信徒の方々に励まされ、特に、礼拝や集会で語られる聖書のみ言葉から、「自己中心」の視点から、はるかに大きな「神さま中心」の視点が与えられました。すると、それまでの「自分が、自分が」という自己中心で罪深い私自身が壊されていきました。そして、いくら努力を重ねたところで神さまにはなれない、しかしその神さまによって今の自分が生かされてあると、おぼろげながら信じることができるようになりました。
そんな中、ある日の説教でこの聖句に出会いました。それまで、神さまの恵みに気がつかずに感謝することも少ない者でしたが、実は恵みは十分に備えられている! ならば、恵みを感じながら生きて行きたい、との思いが与えられ、ゆっくり時間をかけて心の平安を取り戻すことができました。
本当の平安や生きる強さは、自分の力によってでなく、恵みの中に生かされることで与えられると力づけられる聖句として、今も私を捕えています。

信徒の声

北海道特別教区 函館教会  増田 憲二郎

いつ、どこで洗礼を受けられたのですか?
福岡市の箱崎教会で1951年5月23日に受洗しました。
函館教会の一番古くからのメンバーですが、この教会に来られたのは、いつからですか?
就職先が北海道庁に決まり、渡道後、札幌教会、池田伝道所、教団の倶知安伝道所と経て、1964年8月から当教会の会員になりました。
教会では、いろいろな働きをなさっていますが、2、3ご紹介ください。
ここでは、役員のほか、教会学校担当、伝道・造園・墓地の各専門委員など諸奉仕に携わってきました。
楽しい思い出を1つ!
渡道の際、連絡線の艫に立つと、遠のく航跡の中に、過去のすべてが、白波となって私を激励しているようでした。やがて、薄霧の中に横津岳連峰が目に入って来たとき、生まれる前から用意されていた地に導かれていることに気づき、これまでのすべての導きが感謝に変わり、止め処のない嬉し涙に咽びました。
皆に伝えたい聖書のみ言葉とメッセージを。
私が関わって来た森づくりの仕事は、百年経たなければ結果の見えない仕事と言われています。教会でも同様と考えてきました。百年後のために、私たちに、今できることは、主に委ね、恐れず大胆に、荒野(心)を耕し、種をまく仕事です。
季節の花が教会の庭一面に咲きにおい、秋にはイロハモミジの紅葉が燃えるように神を讃えています。「主われを愛す」と。
五稜郭タワーに上ると、展望台のほぼ真下に、GOD・LOVEと大きく書かれた教会の屋根看板が目に入って来ます。窓に迫る大画面の山並みは、57年前、その雄大な山谷で、私を迎えてくれた、あの連峰です。
屋根看板の文字が、喜びと感謝に満たされている私の今の心を、そのままに伝えてくれています。これが、この地に導かれて来た私の証しであるのでしょうか。
「主を賛美するために民は創造された」(詩編102:19)

高齢者伝道シリーズ(P2委員会)

ピースハウスでの働き  田中 良浩

私は今、ピースハウスというホスピスで働いています。原則として火、木、金、週3回です。毎週火曜日には礼拝があります。木曜日は泊まりますので夕食後は、祈りの時があり、その後患者さんやご家族と夜の静かな時間にお会いすることがしばしばです。ホスピスとは、末期のがん患者さんが緩和ケアを受ける病院で、英国では「天国への安息所」と言われています。その意図にそって患者さんやご家族に、主イエス・キリストの生ける言葉、つまり赦しと慰めが与えられる十字架の言葉、そして主の復活に与る希望の言葉を届けることができるようにと、祈りつつ働いています。ちなみに現在、日本福音ルーテル教会では、牧師がこのような教会外の分野で働くことについては法的な裏づけがありませんので、所属する東京教会の総会決議を経て、東京教会の派遣牧師として働いています。これは本当に幸いなことで、心から感謝しています。
シシリー・ソンダース医師は最初のホスピス、セント・クリストファー病院をロンドン近郊に創設しました。その時に建てられた記念碑には、主イエスのゲッセマネの祈り「わたしと共に目を覚ましていなさい」-英語ではStay awake with me或いはKeep watch with me-(マタイ26:38)という言葉が刻まれていますが、私はここに二重の意味があると理解しています。
第一は、十字架の死へと歩む主イエスを見つめ続けること。第二は、日々死に直面している患者さんや家族と出会い、共にあり続けることです。この宣教の務めのためにお祈りいただければ幸いです。

いのち、はぐくむ  中井弘和

第8回 食卓の風景

一緒に食事の席に着いたとき、イエスはパンを取り、賛美の祈りを唱え、パンを裂いてお渡しになった。すると、二人の目は開け、イエスだとわかったが、その姿は見えなくなった。
(ルカによる福音書
24章30~31節)

4月中旬のある夕、激しい腹痛に襲われて病院に駆け込みました。そこで腸重積と診断され、思いがけず緊急の手術となりました。時はもう大分過ぎましたが、今も腸の機能は回復せず、私の身体はなお非常に繊細な状態にあります。特に食事には細心の注意が必要です。食べ物の種類や食べ方によって私の腸は鋭敏な反応を示すのです。肉や魚は受けつけず、いきおい野菜や穀類を主としたメニューになります。また、よく噛んで心静かに食べなければいけません。今さらながら、食べることの厳粛さを思い知らされているところです。
しかし、病の状態にある私のむしろ特異な感性や経験は、健康の回復とともに消え失せていくに違いありません。そうであればこそ、日常生活において、何をいかに食べるかといった「食べる形」が必要になってくるということでしょう。最近、『禅』という映画を観る機会がありました。僧たちが、祈りとともに、厳かにそして端正に食事をするシーンがとても印象に残りました。料理をすることも含め、食べることが最も重要な修行のひとつであると、映画は語っているようでした。食べることが他の生き物のいのちを摂り込んで、自らのいのちとする業であることを考えれば容易に納得できます。
「失って初めて気づく大切さ家族そろって囲む食卓」。私が情操講話という授業を担当するある少年院の少年が詠んだ歌です。罪を犯して後悔と絶望感に沈む少年の心象をよく表していて心打たれます。父母や兄弟らと囲んだ食卓は少年の人生の原風景だったのでしょう。この歌は少年自身の未来に向かう祈りともなっていましょうが、日本社会から食卓の風景が揺らぎ遠のき始めているという事実にこそ問題があります。子どもたちの孤食が取沙汰されてからも、もうずいぶん経っています。食べものを分け合う食卓があってこそ、食べる形が創られていくというものでしょう。
日本人が毎日食べているものの大半は外国から輸入しています。しかも、その三分の一に当たるほぼ2000万トンの食べ物を捨てているのです。飽食の只中で自殺者は11年連続で3万人を超えているということもあります。私には、揺らぐ食卓の風景の向こうに、一見脈略がないように思えるこれらの出来事が重なって見えてきます。自ら、いのちを育て、いのちを食べる、という食べることの根底に潜む記憶を蘇らせることが今、私たちに求められています。そして、何よりも、いのちに与る食卓は神の祝福そのものであることに想いをいたすことが大切ではないでしょうか。

路帖百年。1909年~2009年

名もなき先達もまた

路帖百年は、多くの信徒・教職によって刻まれた尊い歴史である。平成17年2月中旬、日本の西北端・佐賀県名護屋で先輩老教職が静かに生涯を閉じられた。ご健在なら今年101歳である。矢野静良牧師。同氏は、昭和7年日本福音ルーテル神学専門学校を卒業、甘木教会・唐津教会の牧師を勤められ、その後学校教師に転身された。
昭和7年と言えば、上海事変、五・一五事件等、犬飼首相暗殺事件と日本軍国主義台頭の時期であり、国家権力によりキリスト教は弾圧された。昭和15年には、皇紀二千六百年奉祝全国基督教信徒大会が開かれた。ルーテル教会は日本基督教団第5部参加の直前であった。わが教会史に残る苦難の時であり、戦争の爪跡である。混乱期のため、名前を残すことのない諸先輩も多い。その諸先輩を記念することも忘れてはならない。
三代目牧師も現れた。三浦謙、小泉基、嗣牧師である。祖父は三浦豕先生、小泉昂先生である。矢野静良先輩のご長男基信氏も教職を志され筆者の同級生であったが、年若くして他界された。ご夫人、矢野章子氏は現在小城幼稚園の園長として百年記念行事にご多忙である。
信徒の家系にも、教職の家にも信仰が継承されることを祈りに加えたい。百年史に名を刻まれない諸先輩の末裔たちの今後の働きを期待するものである。
引退教師:逸見義典/1962年神学校卒業

関門の丘から  松隈 勁

大切なのは、植える者でも水を注ぐ者でもなく、成長させてくださる神です。
(コリントの信徒への手紙一3章7節)

11月。関門海峡をヒヨドリの群れが渡っていく。その姿は大空を遊弋する竜に似ていることから、竜の渡りと言い伝えられてきた。急降下して襲いかかる隼から身を守るために竜の姿となって海面近くを移動していく。温かく食物の豊かな九州へと南下するのだ。深まりゆく秋を感じさせる風物詩でもある。校地もイチョウの葉につつまれ金色に染まる。
第2水曜日には収穫感謝礼拝がもたれる。6月の花の日と同じく、この日には生徒たちは家庭から果物や野菜を持ち寄る。放課後、近隣の福祉施設を訪ね、収穫の喜びを分かち合う。
春に科学部の生徒たちと一緒に作った芋畑は、青々とした葉っぱに覆われている。校舎改築の際に掘り下げた赤土の一部をダンプカー3台分頂き、畝を作り、芋の苗を植えた。収穫の秋には幼稚園児を招待しようという大それた計画を立てたものの心配である。最近は、家庭が農業を営んでいるという生徒も殆どいなくなったので、家庭で収穫したものを持ち寄ることは皆無に等しいと思う。しかし、このような学校行事を通じて、食の安全や食育というものに目を向け、考える良い機会である。
つい最近まで日本の食糧自給率は40%を下回っているといわれていた。かつて日本を代表するIT企業の経営者は日本には農業はいらない、優れた工業技術力で外貨を稼ぎ農業国から輸入すればいいと豪語しておられたが、輸入穀物の価格の高騰や、食の安全の現状をどのように考えておられるのだろうか。以前、義父の水田で稲刈りの手伝いをしたが、その時読んだ記事を思い出した。「私は収穫物を前にへたり込んだ。それは収穫の多さゆえではなく、収穫をもたらす神への感謝と畏れからであった」しかし、これは趣味の園芸の話ではないだろうか。農家の収穫は汗と涙を伴う過酷な労働に対する当然の報酬ではないだろうか。いつも一定の収穫が得られるわけではない。嵐の夜におびえ、干ばつの夏に泣き、不安を抱きながらひたすら働き続ける農家の働きによって必要な食糧が用意されている。「成長させてくださる神」の御計画は、俄か農業人の感動をはるかに超越しているのかもしれない。
しかし、そんな人間の思いを超えて、畑の芋たちはたくましく育っている。感謝。

北海道特別教区教師会より

報告 加納寛之(帯広教会)

毎年8月、教職の研鑽のため、日本ルーテル教団(NRK)と共に合同教職者会が行われます。課題や現状を共有し、交わりを深めつつ、発題や討議をします。
今年のテーマは「礼拝」でした。NRKは吉田達臣牧師が地区で取り組んでいる「信徒司式者養成講座」のテキスト案を紹介しつつ、礼拝奉仕者として成長していくことを期待し、数年をかけての学びと実践に入っていくことを教えていただきました。
JELCは私が「式文の多様性と実践」について発題しました。「人間によって定められた同じ形式の儀式や祭式が、どこででも守られているということは、キリスト教会の真の一致にとって必須ではない」(アウグスブルク信仰告白)と言われるようにルーテル教会が一つなのは、礼拝が、式文が同じだからではないことを再確認し、それぞれの教会が現状や教会構成にあわせて地域性や歴史を鑑み、幅広いものを礼拝に取り入れつつ、礼拝が正しく守られていくために式文が用いられていくことが伝道と成長になると発表しました。
それぞれの教会での礼拝の様子を聞いてみると使徒信条やニケア信条の使い方や起立着席をはじめ、かなり多様性があることを発見しました。それらをわかちあうことが課題でしょう。またアラスカのルーテル教会では60教会を2人の牧師が牧会し、信徒リーダーの育成が進んでいる現状を聞き、教職と信徒の働きの新しい関係、教会形成や礼拝の意味を改めて考えました。

今、私たちは伊藤先生を派遣します!

芙美 LIANG(日本語部代表)

伊藤牧師ご夫妻が渡米されてから4年半が過ぎた。10月11日復活ルーテル教会での主日礼拝を最後に、伊藤牧師ご夫妻は帰国される。
2005年にトーランスのファーストルーテル教会に派遣された先生は、2007年の後半からハンティントンビーチにある復活ルーテル教会の牧会も兼任されることとなった。片道33マイルを往復されながら2カ所で隔週行われる礼拝の他、復活ルーテル教会では隔週日曜日「キリスト教入門講座」、毎週木曜日は「聖書を読む会」、月2回アーバインでの家庭集会も続けられた。
「こんなに一生懸命働いたことはない」と先生は笑っていたが、飛び回る姿は必死だった。聖書の学びは、まるでその中に入り込んでいるかのようにリアルで、毎回が最高の学びの時だった。この2年間に、3人の信徒が洗礼を受け、1人の信徒が伝道師として歩み始めた。そしてアメリカの地に住む私たちが、この地での日本語伝道を全うできるように、短期間で私達を精一杯導き、準備してくださった。伊藤先生、そして先生を支えて懸命に奉仕された靖子夫人への感謝の言葉は尽きない。伊藤先生の帰国と共に、私達復活ルーテル教会日本語部は20年の日米伝道協約(JACE)を終了する。新たな出発をする時が来た。
この歴史を生かし、今後は現地教会との交わりを深めながら、次の世代への日本語伝道も進めて行きたい。その始めに、来年は復活ルーテル教会英語部の22名が姉妹教会である広島ルーテル教会を訪問する。「これからですよ!」と先生が言われたように、私達アメリカの地に置かれた者が心を一つにして神様のご計画に応える時が来た。
礼拝後のレセプションでは、最後に英語と日本語で「神ともにいまして」の大合唱となった。歌いながら、先生の説教を思い出した。「私は言い尽くせない感謝と喜びと希望を持って、神様が備えてくださった時の中で、出かけて行きます。皆さんが派遣してくださることを嬉しく思います」と言われた。神ともにいまして、行く道を守り、次に待ち受けている神様のご計画へと出かけて行く伊藤先生ご夫妻の上に神様の守りがあるようにと、歌声は教会中に広がって行く。また会える日を信じて、今、私たちは伊藤先生を派遣します!

保育者研修会

8月18日~20日の3日間、ルーテル幼保連合会は、テーマを「保育のこころ、愛のこころ」として、保育の現場・第一線で働く幼稚園・保育園の保育者を対象とした研修会を、田園調布教会・雪ケ谷教会にて行いました。日々、キリスト教保育に励んでいる先生方ですが、さらに一歩踏み込んで、ルーテル教会に連なっていることを深め、交わりをし、主の働きを確認するために集められました。参加者も準備にあたった側も熱気に包まれ、すごいことには講師も各界の専門家で、保育者の興味を引く講義ばかりでした。講師の一人柴田愛子さん(お母さまが、ルーテル教会員)は保育集団「りんごの木」代表で「りんごの木セミナー」を主宰している方です。情熱的なお話や生き方は魅力的でした。「子どもの心により添う」を基本姿勢としてきた方です。翌日からご自分の園のキャンプというご多忙な中、この研修会のために来てくださいました。アップルジャムの保育者の皆さんも実技で、参加者全員に元気を与えてくださいました。
一戸盟子さん(福音館編集部)、相川徳孝さん(聖学院大学准教授)、また田崎真也さん(ソムリエ)からは食の立場からのお話をいただきました。
どうぞ、ルーテルの保育者が、それぞれの地域で、子どもたちの「いのち」をはぐくんでいる、その働きのためにお祈りください。
幼保連代表 杉本洋一(田園調布教会)

東教区
第21回ディアコニア・キャンプ

8月13日から17日まで、日曜日を含む4泊5日で恒例のディアコニア・キャンプが原田山荘で行われた。近くには「鬼押し出し」等があり、浅間山が見え隠れする風光明媚な地域である。参加者はいずれも信者で、50歳前後の3人の障がいのある兄弟姉妹を中心に、責任者の原田医師ご夫妻とご家族、スタッフキャンパーで総勢13名であった。
少しハードであったが、天候にも恵まれ、同じ信仰を持ち、純粋で開かれた3人の心との触れ合いを通して、自然の中で、あるいは旧軽井沢の町に買い物に出かけたりして、皆で心を開き合い、1つの家族のようになることができたと思う。
(チャプレン 渡邊賢次)

新規J3来日

J3って聞いたことありますか? Japan3Yearsの頭文字を取ってこう呼びます。3年間、日本で英語を教えるために来日するアメリカ人信徒宣教師のことです。今年も4名来てくれました。大学出たての若手から教職経験者まで、個性豊かな顔触れです。東京で半年間の日本語研修の後、来年4月から学校や施設へ派遣されます。どこかで見かけたら、ぜひ日本語で話しかけてみてください。ドウゾヨロシク。

ルーテル学院 聖望学園 浦和ルーテル学院 三校合同
聖歌隊・ハンドベルクワイアの集い

10月3日(土)東京カテドラル聖マリア大聖堂において、ルーテル学院、聖望学園、浦和ルーテル学院の聖歌隊とハンドベルクワイアの集いが開催されました。各校が共に集い、合同練習を重ねてきて3年目となる今年2009年は、ルーテル学院100周年を記念し、主を讃美する礼拝として行われたのです。江藤直純神学校校長の説教題に「讃美する心、讃美する力」とあるように、会場に集った600名近い会衆と学生たちは、讃美する心を通して、主にあって一つであることを感じました。またパイプオルガンや他の楽器も加わった合同演奏曲、F.J.ハイドンの「Glorious things of thee are spoken」(栄えに輝く)は、神の栄光のもとに集う喜びを現していました。
(チャプレン 河田優)

訂正

「るうてる」10月号の「信徒インタビュー」3段目左から3行目「幹の小雀迄……」は「幹」ではなく「軒」の誤りです。訂正し、お詫びします。

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