「目からウロコの福音」

イエス・キリストの福音を世界へ広め、キリスト教界の礎を築いた人といえばパウロです。新約聖書が聖典として成立したとき、パウロの手紙が聖書のなかに多数採用されたことからも、影響力の大きさを推し量ることができます。
パウロの手紙が読みやすいという人は少ないでしょう。多くの手紙は文体が堅く、法律家のような語り口です。実際、辛口の評価を受けたことを彼自身が手紙に書いていて「わたしのことを、『手紙は重々しく力強いが、実際に会ってみると弱々しい人で、話もつまらない』と言う者たちがいる」(コリントの信徒への手紙二10・10)。
重々しい文体で話し下手なパウロの対極にあるのがイエスです。イエスが書いた文書は何もありません。もっぱら語る人でした。しかもたとえ話をたくさん使い、庶民に伝わる言葉で、神の国をわかりやすく話したので大いに受けました。ですからイエスはいつも群衆に取り囲まれました。
パウロの手紙がなぜ聖書に入れられ、しかも中心的な位置を占めるようになったのか。その理由をひとつあげるなら、イエス・キリストの福音を最も正確に書き残したからだと私は思います。「正確に」とは、イエスの言葉と行いを史実に則して正しく伝えたということではなく、彼なりの表現で、多少小難しい言い回しにはなったけれども、神学的にきちんとまとめた、という意味の正確さです。パウロはイエス・キリストの福音の神髄を適格な言葉で表現してくれました。そのおかげで福音はキリスト教という宗教の器に納められ、世界へと広がったのです。
そのパウロが伝えた福音の神髄、これぞ福音、その正体を冒頭の聖句からひもといてみます。パウロはもともとユダヤ教ファリサイ派でした。「ヘブライ人の中のヘブライ人です。律法に関してはファリサイ派の一員」(フィリピの信徒への手紙3・5)と告白しています。そんなパウロにとってアブラハムはなんといっても信仰の祖、信仰の父でした。アブラハムは「生まれ故郷を離れて、わたしが示す地に行きなさい」との召しを受け、主の言葉に従って旅立ちます。神は彼に約束します。「わたしはあなたを大いなる国民にし、あなたを祝福し、あなたの名を高める。祝福の源となるように。」(創世記12・2)これが冒頭聖句の「世界を受け継がせるという約束」です。
次にパウロはローマの教会の人たちに告げます。
「その約束は、律法に基づいてではなく、信仰による義に基づいてなされたのです。」神のみ旨に従って生きる、アブラハムのように行動する、それが「律法に基づいて」生きる信仰者の本来の姿であり、パウロが目指した生き方でした。けれども私たちは信仰者でありながら、そうではない姿をさらけ出します。思いと言葉と行いにおいて罪をおかし、神に背いてしまいます。パウロはそうした人間の罪から目をそらしません。「わたしは自分の望む善は行わず、望まない悪を行っている。」(ローマの信徒への手紙7・19)このように告白する彼自身もまた罪に悩んだのです。
そこから律法によらない義があることに気づきました。我田引水したのではありません。信仰の祖アブラハムから、新たな義を発見したのです。「聖書には何と書いてありますか。『アブラハムは神を信じた。それが、彼の義と認められた』とあります。」(ローマの信徒への手紙4・3)律法の書である創世記から引用しながら、しかも律法によらず信仰による義を説いたのです。キリスト教の教えは、よく「信じる者こそ救われる」と言われたりしますが、まさしくそれです。広く社会で知られるキリスト教信仰の神髄です。パウロが神学的にまとめた教えがその基となっています。こんなことも言います。
「不信心な者を義とされる方を信じる人は、働きがなくても、その信仰が義と認められます。」(ローマの信徒への手紙4・5)誰よりも自分に厳しく、律法に徹し、行いを重んじたパウロが、手のひらを返してこう言い切ったのです。ダマスコへの道すがら復活のキリストと出会って、「目からウロコ」体験をしたパウロですが(使徒言行録9・18)、神の義についても目からウロコ体験をしたのです。
行いが問われ、業績で評価される人間社会ですが、神様の前では違います。信じることで義とされます。神様の愛を受けとれるという福音です。これは私たちも体験できる目からウロコです。
「聖パウロの回心」(1600年~ 1601年)
ミケランジェロ・メリージ・ダ・カラヴァッジョ
