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バイブルエッセイ

「小さなもみの木に」

「あなたがたは、布にくるまって飼い葉桶の中に寝ている乳飲み子を見つけるであろう。」
(ルカによる福音書2・12)

 絵本『くまのアーネストおじさん ちいさなもみの木』(ガブリエル・バンサン著・もりひさし訳・BL出版・1996年)には、あたたかなクリスマスの物語が描かれています。

 クリスマスを待つ季節、アーネストおじさんに連れられた小さな女の子セレスティーヌは、森の中で曲がった小さなもみの木を見つけます。クリスマスツリーにするには形が整っていないため、誰にも選ばれず、森に取り残されていたその木を、彼女は愛します。理由は語られていません。もしかするとセレスティーヌは、そのもみの木に自分自身を重ねていたのかもしれません。

 ねずみの孤児院で育った彼女は、社会の片隅に置かれていたように過ごしていました。ある日、地上のくまの世界に迷い込み、ごみ箱に隠れていたところを、アーネストおじさんに見つけられます。

 最初は戸惑いながらも、アーネストは彼女を受け入れ、ふたりは一緒に暮らし始めます。誰にも選ばれず、居場所がなかったセレスティーヌ。曲がっているからといって見向きもされなかったもみの木。その木に心を寄せた彼女の思いは、ただの同情ではなく、自分自身の痛みと重なるものだったのでしょう。だからこそ、絵本の中で彼女は、アーネストおじさんともみの木のところでクリスマスを二人だけでお祝いしたい気持ちを表しています。

 しかし、この小さなもみの木は、セレスティーヌの姿を映すだけではありませんでした。今から2千年前、神の子イエス・キリストもまた、もっとも小さきものと同じ姿で、私たちのもとに現れたのです。人々が待ち望んでいたメシアは、力ある王としての姿でした。そのような人々の思いの中で、イエスはベツレヘムという小さな村の家畜小屋でお生まれになりました。そこは、飾られたツリーのような華やかさではなく、曲がったもみの木のように、誰にも気づかれないで森の片隅に置かれたような場所でした。

 そしてその夜、最初にイエスの誕生を知らされたのは、荒野にいた羊飼いたちでした。彼らは、律法を守ることが難しく、共同体から外された存在でした。そのような羊飼いに、神はまっさきに救いの知らせを届けたのです。
天使はこう告げます。

 「今日ダビデの町に、あなたがたのために救い主がお生まれになった。この方こそ主メシアである。あなたがたは、産着にくるまって飼い葉桶に寝ている乳飲み子を見つける。これがあなたがたへのしるしである。」(ルカによる福音書2・11~12・聖書協会共同訳)

 神の子が、布にくるまれ、飼い葉桶に寝かされている、それは、最も小さく、最も弱い姿で私たちのもとに来られたというしるしです。

 私たちは時に「小さな者」として生きています。誰にも気づかれず、心の奥に悲しみや孤独を抱え、人前では笑っていても、居場所のなさに苦しむことがあります。神の子イエス・キリストは、力ある者としてではなく、弱い者として来られました。布にくるまれ、飼い葉桶に寝かされたその姿は、神が私たちの寂しさや悲しみを知り、その弱さに寄り添ってくださるしるしです。イエスの誕生は、誰にも選ばれなかった小さなもみの木のように、静かに、しかし確かに、私たちの心の土に根を張り始めたのです。

 この絵本の最後には、セレスティーヌとアーネストおじさんのもとに徐々に人々が集まり、小さなもみの木のまわりでクリスマスを祝う場面が描かれています。作者であるガブリエル・バンサンは、本当は誰もがまことのクリスマスを求めていて、その喜びが静かに広がっていく様子を絵で語るのです。

 今年もまたクリスマスを迎え、神の子のお生まれを共に祝います。イエス・キリストは華やかさではなく静けさの中に、力ある者ではなく小さな者のただ中に、私たちの弱さと共にいてくださる方として来られます。このお方を迎えるとき、私たちの心は静かに、しかし確かに、あたためられていきます。それは、慰めであり、希望であり、「あなたはひとりではない」という神からの約束です。

「羊飼いたちの訪問 」(1550年)
アントニオ・アッレグリ・ダ・コレッジョ
アルテ・マイスター絵画館、ドレスデン

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