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機関紙るうてる

るうてる2015年6月号

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説教「主からの一歩、そして主に従う一歩」

イエスは、再び湖のほとりに出て行かれた。群衆が皆そばに集まって来たので、イエスは教えられた。そして通りがかりに、アルファイの子レビが収税所に座っているのを見かけて、「わたしに従いなさい」と言われた。彼は立ち上がってイエスに従った。イエスがレビの家で食事の席に着いておられたときのことである。多くの徴税人や罪人もイエスや弟子たちと同席していた。実に大勢の人がいて、イエスに従っていたのである。ファリサイ派の律法学者は、イエスが罪人や徴税人と一緒に食事をされるのを見て、弟子たちに、「どうして彼は徴税人や罪人と一緒に食事をするのか」と言った。イエスはこれを聞いて言われた。「医者を必要とするのは、丈夫な人ではなく病人である。わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招くためである。」(マルコによる福音書2章13~17節)

板橋教会出身の私が、山口県と島根県にまたがるシオン教会に赴任し3年目の春となります。この原稿は、山口県の徳山礼拝所、20人程の礼拝出席の教会で書いています。現在、朝9時です。あと1時間で島根県の益田礼拝所に向かいます。その距離片道100キロ。中国山脈の横断です。今の時は、大変に素晴らしい時期です。「目に青葉、山ホトトギス、初鰹」の江戸の俳句は確かだと思います。白雲青空の下、葉桜や山藤、山ツツジが映えます。益田教会では、3、4人での礼拝を守り、確かな喜びを抱きます。益田の次は、徳山との中間地、 島根県吉賀町六日市です 。こちらも5、6人ながらも豊かな礼拝です。帰りは22時過ぎです。木曜の走行距離は210キロ。高速道路でなく、峠道を行く往還です。冬季は、路面凍結やシャーベット状の道路を行くこともあります。帰路、ダム湖の傍を通る時には一年中、センターラインも見えない濃霧に困ります。しかし無事に帰り着くと、「今日も僕は、無事故、無違反という意味だけの安全運転を心掛けた」という感想を抱き、そして「守られ、導かれた」と思わされます。
 冒頭の聖書は、徴税人レビの物語です。レビは「収税所に座っている」と記されています。 収税所という場所、 制度は、現在の税務署の役割がそのまま当てはまるということではありません。市民からの税金徴収と、上級官庁への献納は、役割としては今日と確かに同じです。しかし「税金徴収」の際に収税人たちは自分の利得分を上乗せして多く集金していたということがあったのです。いきおい、厳しい視線を集める職業ということになりました。仕事として腹を括る、つまり「自分の仕事だからしょうがない」と諦めていたでしょう。だからといって、人々からの厳しい視線は、経験を重ねてもこたえるものです。針のむしろに坐すような心持ちで仕事の合間の休息を取っていたのでしょう。それがレビでした。
 レビは、イエスさまから弟子入りの言葉を頂きます。するとレビはイエスさまに従うものとなるのです。 イエスさまの言葉の力強さと共に、レビの鮮やかな転身が印象に残る聖書箇所です。レビの転身の出来事に、私自身、思いを傾け、 その心境に至った時期もありました。レビは、人々から厳しい視線を集める仕事を捨て、神さまに仕え、その働きをなす仕事に至った、と。レビがイエスさまの世界に入った。言い方を変えれば、俗なる者が聖なる空間へと至ったと、かつてそのように聖書を読み、今も折にふれてそんなことを思います。
 しかし、改めて聖書を読むと、「俗から聖」ではなく、むしろその反対かと思わされます。つまり「聖から俗へ」なのです。イエスさまは、聖書全体を通して、徴税人など、当時としては白眼視された方々と交流を深められます。とやかく言う人々は登場しますが、イエスさまはその白眼視をものともされませんし、時にはそれと戦います。ここでは、イエスさまは、自ら、レビの世界に入られたのです。結果を見れば、レビは弟子となり、収税所の仕事とは距離を置いたのでしょう。しかしその契機は、イエスさまがレビに近づき、その生活の中に入ったが故に、レビの生き方が変化したということです。
 レビは、確かに頑張りました。今までの生活を脇に置いてイエスさまに従うという決断は、並大抵のことではありません。けれど、そのような生き方を決断させたのは、他でもないイエスさまの言葉があるが故なのです。「私は頑張っている、しかし主はそれを越え、計り知れない所での恵みを増し加えてくださる」のです。そして、今までのレビの生き方も無駄ではない、ということも覚えたいのです。今までの生活、生き方があったがために、レビにはイエスさまの言葉が響いたのです。「あなたの今までの人生に、無駄なものは何一つもない。イエスさまはそれをも用いてくださる」のです。 
この6月、イエスさまの言葉によって導かれるルーテル教会の群れとして、過ごしたいものです。
日本福音ルーテルシオン教会牧師 水原一郎

宗教改革五〇〇年に向けて ルターの意義を改めて考える(38)

ルター研究所所長 鈴木 浩

どのようにしたら、人間は神を知ることができるのだろうか?
 ルターはここでも、無論「聖書によってのみ」と言うのだが、実はもっとずっと刺激的な言い方をした。「神はイエス・キリストの十字架の苦難と死以外の場では、決して認識されない」。これが、1518年に修道会の総会で、ルターが司会した討論の際の発言である。
 ルターは、十字架の上で「わが神、わが神、どうしてわたしをお見捨てになったのですか」と叫んで死んだイエスの姿にこそ、真の神が「啓示されている」と断定した。
 しかし、そこにいるのはナザレ出身の大工であり、見えるのは、その大工の無残な死である。
 どうしてそこに、神が啓示されているというのだろうか。そこには、われわれが考える神らしい姿はどこにもない。だから、「神は隠されている」。
 神は「信仰の目で見れば」十字架で啓示されているが、「人間の判断では」隠されたままなのだ。だからルターは「神は十字架の上で啓示されていると同時に隠されている」と語る。
 ここでも、真実を見抜くのは「信仰のみ」である。人間の絶望の底にまで降りていった方、その方こそ真の神なのだ。

議長室から

信仰の栄養を蓄えるとき

総会議長 立山忠浩

4月の引っ越しに伴い、ため込んでいた本の整理をしました。本棚の奥にしまい込んでいた本を見つけ、「こんなところにあったのか」と宝物を探し当てたような気分になったり、同じ本があることに気づき落胆したりの連続でした。
 処分した本は資源回収日に何回にも分けて出し、古本の購入業者へ宅配便で送ったこともありましたが、古本の価値が驚くほど低いことを改めて認識することにもなりました。
 当たり前のことですが、古本の買取り値は、その本にどれほど需要があるかで決まるようです。「神学書が売れない」というキリスト教出版業界や販売店の嘆きを耳にすることがありますが、古書にいたってはなおさらのことでしょう。
 神学書やキリスト教関連の本はキリスト教専門店に並べられているということが定番ですが、最近の傾向として目につくことは、一般書店にキリスト教や神学的なことを正面から論じている本がよく並んでいることです。しかも著者が神学者や牧師ではありません。中にはキリスト者ではない著者もいるのです。しかし実際に手にして読んでみると、教えられることが多いのです。
 教会の中にどっぷり浸かっていると教会のことが見えなくなってしまい、むしろ教会の外の人の方が、教会がよく見えているということがあります。これと同じで、聖書の読み方、教会の長所と弱点について、今日期待されている教会の働きについてなど、様々な面で刺激的な視点を提供してくれているように思います。
 もちろん私たちは基本的な立ち位置を見失ってはいけません。礼拝を大切にし、牧師の説教をきちんと聞かなければなりません。聖書を読むことをおろそかにせず、祈りを欠かさないことが重要です。それに加えて、様々な真摯な声に耳を傾け、アンテナを張るのです。

 教会は聖霊降臨後の暦に入りました。昨年末のクリスマスを経て復活節が終わり、主イエスのご生涯をたどる暦が終わりました。これからは信仰的な成長を目指す期節を過ごします。植物が根元からだけでなく葉からも栄養を取り入れるように、私たちも様々なアンテナを張り、信仰の栄養を蓄えてまいりましょう。

新しい「こどもの家」竣工

福祉村委員会 内藤文子

 4月6日、東海教区の福祉村にて、新しい「こどもの家」(自立援助ホーム)の竣工式が行われました。昨年の10月7日に起工式が行われ、半年をかけ工事は進み、鉄筋2階建ての建物が完成しました。竣工式には、袋井市長(代理 )、市議会議長、自治会長、そしてデンマーク牧場福祉会一同、まきばの家・こどもの家後援会、そしてこれまでこどもたちをしっかり支えてくださった暖かい篤志の方々も。「こどもの家」が、いかに地域や教会の多くの方々に支えられ、施設長・職員が交わって来たかを、感激をもって知ることができました。
 施設長の松田正幸さんは「7年前に完成したまきばの家(児童養護施設)とこどもの家を比べると老朽化がこどもたちに申し訳なく、改築したいと思ったのです」と話しています。 
 具体的な話が始まったのは、2年前。農地から宅地への変更、広大な敷地ゆえの接道条件、建築資材の高騰、ライフラインの確保などなど困難は少なくありませんでしたが、準備の中で関係者に助けられ、「夢」は完成したのです。
 「こどもの家」の歴史は建物に、こどもたちとスタッフは、お礼の手紙を書いています。
 「長い間、雨風に耐え、私たちの生活を支えてくれましたね。壁に穴を開けてごめんなさい。小奇麗なカレンダーやポスターでつぎはぎしたのだけれど、私たちの思い・怒り・孤独・後悔をいつも静かに受け止めてくれました。”本当にありがとう”」

つながり続ける

プロジェクト3・11企画委員   久保彩

「となりびと」になろうと一歩を踏み出す時は、突き動かされるような「断腸の思い」が原動力になるのでしょう。しかし、継続的に共に歩もうと信頼関係を築いていく時に大切なことは、意外とシンプルなのかもしれません。
 2011年8月、私はルーテル教会救援「となりびと」を介し、 ボランティアとして石巻市十三浜を訪ねました。壊滅的な被害を受けた地域は多くありますが、自分が出会った人と場所とつながり続けたい、そして出来ることなら、子どもたちと一緒に訪れたいと感じました。ボランティアに出来ることはわずかですが、それでも出会って、つながることで次の新しい可能性が見えてくると私は信じています。
 勤務する聖望学園(埼玉県)の高校の生徒たちと十三浜を訪れたのは2012年。わかめ生産者の西條きく子さんにお会いし、ボランティアをして、学校では物販支援をするというかたちで現在もつながっています。夏にはわかめ漁に使用するロープにわかめの種をつける作業、春にはわかめの芯抜きの作業のボランティアを担当しています。いつも「先生、またきく子さんに会いたい」と生徒たちに言われ、「じゃあ、一緒に行こう」とのやりとりを繰り返しています。
 震災から4年が経ち、ボランティアを必要とする人がいるのか、とお思いの方もいるかもしれません。しかし震災によって西條さん宅のわかめ漁を手伝ってくれていた方々が被災され、亡くなられたこともあり、人手が足りないとのこと。微力ながらもつながり続け「あの震災を忘れていません。応援しています。」という想いを伝え続けたいと思うのです。
 つながる方法はいろいろあります。物販支援をすること、またそれを購入すること、実際に訪ねボランティアをすることなど。そしてつながり続けることの原動力は「また会いに行きたい」「また食べたい」という率直な思いでいいと思うのです。

礼拝式文の改訂

現行式文と改訂式文案の式順

式文委員 中島康文

 式文改訂の作業を開始する際、現行式文の使用状況についてアンケートを行ったのが2007年末でした。その後、2012年全国総会の折に一部改訂した式文を開会礼拝に用い、2013年全国教師会では改訂式文をテーマに協議していただきました。更に2014年全国総会では式文曲の一部案を試演しました。また協議内容に関する概要は、常議員会にて報告してまいりましたし、各地で改訂式文についての説明が始まっています。
 しかしながら、式順案を皆様にお知らせする機会をもたないまま現在に至っておりましたので、不手際をお詫びしつつ、ここに現行式文と改訂式文案の式順を掲載いたします。これまで掲載してまいりました「礼拝式文の改訂」を参照しつつ、見比べていただければと思います。

現行式文

[開会の部]
初めの歌
み名による祝福
罪の告白の勧め
罪の告白
赦しの祈願祝福
キリエ
グロリア
[みことばの部]
祝福の挨拶
 特別の祈り
 第一の日課
 第二の日課
(ハレルヤ唱又は詠唱)
 (詩編唱も可)
 福音の朗読
 みことばの歌
 説教
 感謝の歌
 信仰の告白
[奉献の部]
 祝福の挨拶
 奉献と奉献唱
 奉献の祈り
[聖餐の部]
 聖餐の歌
 序詞・その日の序詞
 サンクツウス
 設定
 主の祈り
 平和の挨拶
 アグヌス ディ
 聖餐への招きと聖餐
 聖餐の感謝
[派遣の部]
 祝福の挨拶
 ヌンクディミティス
 教会の祈り
 祝福
 終わりの歌

改訂式文(2014年全国総会)

[招き]
 (洗礼の想起)
 招きのことば
 告白
 (黙祷)
 赦し
 つどいの歌
 キリエ
 グロリア
 集いの祈り
[みことば]
 第一の朗読
 その日の詩編
 (詩編の後に栄唱)
 第二の朗読
 (ハレルヤ又は詠歌)
 福音の朗読
 説教
 みことばの歌
 信仰告白
 とりなしの祈り
 平和の挨拶
[聖餐]
 聖餐の歌
 序詞・その日の序詞
 サンクツウス
 設定
 主の祈り
 アグヌス ディ
 聖餐への招きと聖餐
 聖餐の感謝
 ヌンクディミティス
[派遣]
 派遣の祈り
 感謝のささげもの
 派遣の歌
 祝福
 派遣の言葉

連載 マルティン・ルター、人生の時の時(5)

江口再起

ヴォルムス国会(1521年、38歳)― 改革運動の前進(「われ、ここに立つ」)

 「95ヶ条」以後、ルターと(カトリック)教会との間に様々な論争(「ハイデルベルク討論」、「ライプツィヒ討論」など)がありましたが、結局ルターは「破門」されました。しかし、改革運動は前進する。改革陣営は独自の道を歩む。そして、とどのつまりは教会分裂。カトリック教会とは別の、プロテスタント教会が誕生しました。
 こうした事態を最も鮮やかに示しているのが、1521年のヴォルムス国会でのルターの発言です。ルターは神聖ローマ帝国皇帝カール5世の前に呼び出され、自説の取り消しを求められました。しかしかれは拒否、そしてこう叫びました。「われ、ここに立つ」。この言葉は、ルターによって切り開かれた近代的個人主義の曙として有名ですが、しかしそれ以上の意味を内包しています。「われ、ここに立つ」の「ここ」とはどこか。カール5世の前ということか。それもあるが、それ以上に、この「ここ」とは実に「神の前」ということです。人間とは、「人の前」で生きていくのみならず、実に「神の前」に生きていく存在なのです。
 さて、その後のプロテスタント陣営の歩みですが、その内部でも、今日から考えていささか細かな論争もいろいろありました(「聖餐論争」など)。そして、またまた分裂。その結果、同じプロテスタント教会でも、いろいろな教派があるのです。しかし、それはともあれ、プロテスタント教会の主張の一応のまとめとして、1530年、「アウグスブルク信仰告白」が発表されました。そして、その歩みの中で、ルターは数々の著作を残しました(「キリスト者の自由」、「大教理問答書」、「奴隷意志論」など)。
 ところで、こうした改革運動の中でも特筆すべきは、ルターの「聖書」への取り組みです。注目すべきことが2点あります。一つは、聖書に対する徹底したこだわりです。「聖書のみ」。この「聖書のみ」の真意は、聖書に書いてあることだけがすべて真実だということではなく、聖書はその中心点(イエス・キリストに示された神の恵み)をこそわがものにすべきだ、ということです。そして、もう一つは、ルターによる聖書のドイツ語訳です。聖書はラテン語やギリシア語がわかる特権的な人たちだけの書物でしたが、ルターの翻訳以降、すべての人の書物となりました。(つづく)

第22回春の全国ティーンズキャンプを終えて

小澤実紀(宣教室TNGティーンズ)

 3月26~28日千葉市少年自然の家にて第22回春の全国ティーンズキャンプが開催されました。テーマは「…おかえり、いってらっしゃい…」。礼拝について学ぶプログラムに、81名のティーンズと32名のスタッフが参加しました。全国の教会の皆様の祈りとお支えにより、無事に終えることができましたことを心から感謝いたします。ティーンズ世代の子らが礼拝について疑問を出し、考え、知る時となりました。後ほど発送されるキャンプ思い出集に感想文をすべて掲載します。どうぞお楽しみに!

(参加者の感想文と証の一部)

 「私たちはイエス様に愛され、祝福され、支えられている。あたり前のことかもしれないが、再確認できて良かった」「礼拝に行くことがだんだんと減ってきていた中で、このようなことを学んで改めて礼拝に参加することの大切さを実感しました」「いつもは、何気なくやっている礼拝の歌や、言葉、聖句に、ひとつひとつ意味があって、それぞれがとても大切だということがわかりました」「私は今まで礼拝を流れるように聞いていただけでしたが、礼拝が・ ・・おかえり、いってらっしゃい・・・をする場だと知り、見方が変わりました。自分にはいつも迎えてくれる場所、帰る場所があるんだと思うと安心できるし、教会を出ていくときも神さまが背中を押してくださって、いつもそばにいてくださると分かって、とても心強いと思いました」「私は幼い頃からずっと教会へ通ってきました。でも、何のために礼拝に出ているのか、礼拝とは何か、ひとつひとつのことを意識したことがあまりありませんでした。でも今回の春キャンを通して、自分は神様に招かれていること、礼拝に出ることの大切さを実感することができました。私はまだ洗礼を受けてないですが、神様に招かれていることを知った今は受けてみようかと思えることができました」「イエス様はどんな時も私を愛してくださると春キャンで学びました。だから私もイエス様を愛します。私は、春キャンは『愛』でできていると思います」

第3回常議員会報告

事務局長 白川道生

2月20日から22日にかけて第26回総会期の第3回常議員会が開催された。すでに議事録は送付されているので、本稿では時間を割いた協議事項の論点と対応を組み合わせて記したい。
まず、2014年度収支決算の承認があった。教勢(集計表は各教会に配布済)は、会員数が2万1988人に増加(受洗者数は昨年と同じ 150人)した。反面、基礎収入では1500万円弱の減少となった全体教会の姿が見えた。
 財務課題として経営改善に取り組む収益事業には好転が見られた。2008年に発生した、いわゆる「リーマンショック」以降、大幅な減収が生じていたが、本年度の経常利益は2008年以前の数字に回復した。大阪会館、広島会館の稼働率向上が要因となった。
他に「礼拝式文の改訂」、「神学教育に関する協約」、「ブラジル伝道」、「2015年度人事」へ協議の時間を割いた。
 礼拝式文の改訂では、本改訂作業が総会決議によるとの確認を鑑み、常議員会の取り組みを再検討した流れに沿って、各教区に説明会の実施を依頼した。結果、本年中に、式文改訂の作業を担う委員がすべての教区を訪問し、説明の機会を設ける日程が決まった。
 神学教育に関しては、2017年に現行の神学校支援方式満了を迎えることを念頭に、その後の神学教育の在り方、わけても支援の規模や方法等について等、当事者協議を重ねている。JELC(日本福音ルーテル教会)のスケジュールとしては2016年全国総会への提案を予定してゆく。 JELCの海外宣教では、伝道開始から50年を迎えるIECLB(ブラジル・ルーテル告白福音教会)との協議が望まれている。本件はJELCとIECLB間の宣教協力の歴史の経緯を保ちつつ、在り方を定める課題との認識が共有され、現地の現状も踏まえながら、JELCの対応方針につき、協議が行われた。5月からはインターネット環境を通じた現地との会議も実施している。 なお加えて、ブラジル宣教50周年に際して本年10月に訪伯団を派遣する提案が承認された(大柴譲治団長)。前号でも訪伯団の案内を掲載し、 記念すべき旅行への参加者を募っているのでご覧いただきたい。
最後に2015年度の人事について、すでに本紙4月号に記したが(5名の定年引退、新任4名、ほか人事異動情報)、宣教師及び出向教師含め、103名の教師で宣教体制を組む人事となった。宣教師、牧会委嘱を除く現任教師に限るならば、国内教会への派遣教師数は現職79名となった。

LWF/WICAS 日韓女性研修会議&公開セミナー報告

日本福音ルーテル教会WICAS協力委員  俵 恭子
                   
 表記の会議が4月7日から9日まで、東京のルーテル市ヶ谷センターと東京ルーテルセンター教会(日本ルーテル教団)を会場に開催されました。 今回の会議は2013年にLWF(ルーテル世界連盟)理事会で採択された「ジェンダー・ジャスティス・ポリシー(ジェンダー公正基本方針)」の周知と推進の働きを担うリーダー研修を目的とするものでした。WICAS(教会と社会における女性部)担当主事のイレイン・ノンフェルト牧師を講師に迎え、韓国ルーテル教会から5名(うち男性牧師1名)、日本キリスト教団から5名(うち男性牧師1名)、日本福音ルーテル教会から6名の女性たちが参加しました。
 最終日の9日は、会場をルーテル東京教会に移して関野和寛牧師のご奉仕による英語礼拝を守り、続く公開セミナーで30数名の参加者がイレインWICAS主事の、基本方針についての深くてわかりやすい説明に耳を傾け、熱心な質疑応答がくりひろげられました。
 LWFはジェンダー(社会規範や慣習によってつくられた性差)に起因する諸問題(性差別や女性への暴力等)の解決を神の正義として達成すべきこととして2017年の宗教改革500年に向けた重要な取り組みの一つとして、ジェンダー公正基本方針を世界の加盟教会に示しました。
 男性優位の考え方が共通して色濃く残る北東アジア地域にある教会は、社会に率先して男女の不平等をなくし、宣教や奉仕のわざを男性と協働してすすめていくこと、女性のリーダーシップを強め、決議機関への参画の割合を4割にしていく必要があることなどが話し合われました。
 JELCのウェブサイト上に掲載されている学びの教材「信徒のためのジェンダーとパワー」や今回新しく翻訳された冊子「ジェンダー公正への道―LWF基本方針」等の各教会での活用が期待されています。
「そこではもはや、ユダヤ人もギリシア人もなく、奴隷も自由な身分のものもなく、男も女もありません。あなた方は皆、キリスト・イエスにおいて一つだからです。」(ガラテヤ3・28)

『聖書日課』ホームページリニューアル

ルーテル『聖書日課』を読む会 代表 須田博之 (近畿福音ルーテル教会引退教師)

 今年4月1日から、これまで10年以上無料で提供してきました『聖書日課』のホームページをリニューアルいたしました。
 リニューアルに伴い、日課をPDFで提供することでスマートフォンでも利用して頂けるように、また音声もお楽しみ頂けるようにコンテンツを充実させ、年会費を頂いて運営する形に衣替えをいたしました。年会費は1000円となっております。
 『聖書日課』は、聖文舎が発行できなくなった後、当時、京都教会の牧師であった小泉潤牧師の呼びかけで、関西に拠点を置くルーテル諸派から委員が集まり、「ルーテル『聖書日課』を読む会」として会員から会費を集め、これに対して会報をお送りする形で運営されてきました。現在では4000名を超える方々が会員となってくださっています。創刊当時から点字会報、テープ会報も作成してきましたが、これについても会費を頂いてきました。このたびは、ホームページや携帯電話などへのメルマガをご利用してくださっている方からも会費を頂き、この運営にご協力を頂くこととなりました。
 すでに100名近い方々が登録をして、『聖書日課』の働きを支えてくださっています。ホームページの会員登録のボタンから登録ができるようになっています。
 書物版についても案内をし、個人でも申し込み可能となりました。是非、リニューアルされたホームページをご利用ください。http://seishonikka.org/

‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥
5月号のブラジル宣教50周年記念訪伯団募集の情報を修正します。

①申込締切 8月25日
②申込先FAX(事務局)  03‐3260‐8641
③追加オプション代金8万円

各教会へ配布されている案内パンフレット、ならびにJELCウエブサイトに記載の情報は正確です。 広報室

 

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