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るうてる2006年

るうてる2006年2月号

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総会に向けて<議長インタビュー>

2006年5月、日本福音ルーテル教会は全国総会を迎えます。宣教方策21(PM21)の具体案が提案され、討議されます。その年頭にあたって総会議長・山之内正俊牧師にお話をうかがいました。

新年を迎えて議長としての所信
 まず、今、世の中の動きすべてに対して、閉塞感が漂っているのを感じます。特に命を尊重しなければならないという思いが希薄化している危機的状況を感じます。そういう中にあってもなお、私たちは「喜びなさい」という神様の言葉を大事にしたいと思います。 どんなに人間の世界が暗く展開しようとも、「私はそれを明るく導く」という神様の強いメッセージがそこにあると思うんです。2006年の初めに当たって、総会議長として、そういう気持ちでこの日本福音ルーテル教会が一年を送ることができればと思います。

第21会期の2年間について

 罪の赦しによる救い――これは、既に、神さまの側からはなし終えられているわけですけれども――それを一人ひとりに現実化していくことが、教会が教会として存在する意味だと思います。その現実化をいかに力強く進めるか、それが、いつの時代にあっても、教会の課題であると思うのです。そういう意味で、教会が持っているメッセージをいかに一人でも多くの人に伝えるか、それが、この2年間、日本福音ルーテル教会が取り組んできたことです。

総会に提案すること

 「信徒説教者制度の具体的な実施計画」「新信徒宣言」「教師のための研修計画と教師のレビュー制度」「教会共同体形成案」が主なものとして、提案されます。
 特に教会共同体について一言申し上げますと、イエス様が、その宣教の第一声として、「時は満ち、神の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」とおっしゃったように、私たち教会は、福音の現実化の発端である悔い改めということ、このことに焦点を絞って活動していかなくてはならないと思います。人に悔い改めを起こしていくということ、これが教会の第一の課題だと思うからです。それを抜きにして何をやっても、教会が教会としてやるべきことをやったことにはならないと思います。人に悔い改めを起こしていくという観点から教会を見直し、われわれの体制が整っているかどうかを検討した結果、教会の力を教会の外に向けて発揮するために教会の再編を行うことを緊急の課題として取り上げました。その教会再編策の一つとして、教会共同体という新たな概念を導入し、教会の力を結集して、教会の外に福音を力強く発信したいと思うのです。何と言っても、より多くの人に福音を自分のものにして頂くことが、教会の目的だと思うからです。

ビジョン
 まず、われわれは、イエス・キリストの十字架と復活によって、天国を既に自分ものにしているんだという、その確信から来る喜びを共有したいと思います。そして、未だこの喜びを知らない人にどうしたらこの喜びを伝えられるか、というところで努力しているのが、私たちの教会としての歩みだと思います。この喜びを知らない人がいるから、何より、神さまご自身が悔しがっておられる。だからそういう人たちにこの喜びを伝えて、この喜びを分かち合おうじゃないか。そういう呼びかけをしたいのです。喜びを分かち合えば半分になるのではなく、まさに2人で喜べば倍になるんです。そういうことをルーテル教会員として共に経験し合いたいと思います。その一点が推し進められていけば、教会の運営について何も心配は要らないと思います。どんどん洗礼を受ける人が出てくるでしょうし、喜んで自分のすべてを神さまにささげますという人が増えてくるでしょう。その結果として、教会財政も収益事業をしなくてすむようになっていくでしょう。
 「人はなぜ生きるの」と、子どもたちが大人に真剣に問うています。誰が、この子どもたちを満足させる答えをもっているでしょうか。この問いに代表される今日の閉塞感を、イエス・キリストの十字架と復活によって天国を既に自分ものにしていることを確信している私たちこそが打破し、この世が神様の愛によって司られていることを証ししていきたいと思います。そのような証しを力強くできる教会こそ私のビジョンです。将来像です。

PM21を通して、変わること
 PM21が進められることによって、まず何よりも私たち教会員の意識が、自分のための神を求めることから、神さまのための自分であることを喜ぶことへと変えられていくことが狙いです。神さまのための自分として生きる喜びが分かり、そういう喜びを味わって、そういう喜びを味わった人たちの力が結集されて、今まで何となく伝わっていかなかったこの福音が、より力強く伝わっていく、そういう喜びを共に味わうことのできる教会になっていきたいと思います。一言で言えば、伝道する喜びが味わえる教会の出現です。神様の期待に応えて行きましょう。

教職授任按手式礼拝

今年も3月に教職授任按手式が執り行われ、3名が按手を受ける予定です。新しい牧師誕生の瞬間の証人として、どうぞご参集ください。

●返しきれないほどの恵みを受けた。きっと僕はこの日の為に、人々に、キリストに仕えるために生まれてきたんです。関野和寛(むさしの教会出身)
●気付くと退路が断たれていました。主イエスとともに、前に向かって進むのみです!よろしくお願いいたします。西川晶子(大江教会出身)
●主の恵みが少しでも多くの人に届けられるために、この人生をお捧げします。主よ!どうか私を用いて下さい!花城裕一郎(修学院教会出身)

ルターの街から

森優(もりまさる/ルターシュタット・ヴィッテンベルク、ルター研究所々員)

 2004年のことです。ルターハウス(記念館)に大勢の観光客や研究者が来ますので、裏庭にコーヒーショップを作ろうと、整地をはじめましたら、古い石や陶片が出てきました。掘ってみたら大きな地下室がありました。埋め戻して、2005年に国と州で60万ユーロの予算をつけ、専門の考古学者による発掘が行われました。
 これは、もと修道院の地下室でしたが、ルター家の食料貯蔵庫と台所であったろうということになりました。こうして今、ルター記念館の庭から、奥さんの名をつけた、ケーテの台所に入れます。カタリーナが家計簿をつけている模型などもあって、楽しい見学ができます。
 ルター家には常時40人ほどの学生が下宿しており、また宗教改革を学びに諸国から人々が来て、ほとんどルター家に泊まっています。カタリーナは畑を作り、ブタ、鶏、牛を飼い、エルベ河から魚を取って来させていたようです。
 この広い台所と貯蔵室で、50人、60人のまかないができたのだなと、納得できます。

1月号訂正メランヒトンがヴィッテンベルクに来たのを1521年としましたが、1518年です。なお彼が按手を受けたことは定説ではありませんので、取り消させてください。(森)

*ルターセンターwww.luther-zentrum.de

Information

福音版教会案内版下作成します。

福音版を別途配布してくださっている教会の案内欄の版下を広報室で作成します。500部以上配布している教会は無料。499部以下の教会は1種あたり¥3000-です。
詳しくは広報室・南雲まで。
e-mail koho04@jelc.or.jp
FAX03-3260-1948

■るうてるモニター募集中■

るうてるでは、定期的にアンケートにお答えしてくださる、読者モニターを引き続き募集しております。詳しくは広報室までメールもしくはFAXにてご連絡ください。締め切りは2月24日です。
FAX03-3260-1948
e-mail:ruuteru@jelc.or.jp

牧師の声 ~神の内なる声を聞いたとき~

東教区 スオミ教会 牧師 パーヴォ・ヘイッキネン

牧師になる前は、何をされていましたか?
 牧師になる前、フィンランドで高校卒業と同時に、大学入学資格統一試験を受け、ヘルシンキ大学で学び、その後ヘルシンキ管区で、按手を受けました。これまで妻と共にSLEYの宣教師として働いていて、3人の娘がいます。

牧師になろうと思われたのは、どんなきっかけですか?
 私は幼少のころに洗礼を受けました。しかし、やがて幼いころの信仰は離れていき、世俗のものが、私の心を占めるようになりました。教会から離れていったのです。20歳になった時、信仰を通してイエスと向き合うことになりました。イエスは私に新しい命を、将来を、希望を与えてくれました。私の罪が赦されたのです。それが、私の人生の大きな転機となりました。聖書を勉強するようになったのです。聖書に、驚くべく新しい現実が開けたのです。イエス・キリストだけが、人間を罪から、死から、悪魔から救い出してくれると信じるようになったのです。そして、牧師の仕事が私の人生の使命になると思うようになりました。

牧師になってよかったと思うことは、どんなことですか?
 牧師の仕事で素晴らしいことは、永遠の命まで導く言葉を証することでしょうか。もう一つに、福音の一部を絶えず担うことでしょう。

これからどんなことをなされたいですか?
 私は40年近く聖書を勉強しています。ここまでの恵みは、計り知れないものです。いかに私が弱く罪深い者であるかを、み言葉の光の下、深く学んできました。また同時に、神の善性とイエスキリストにおける恵み深さを、聖書は教えてくれるのです。
 それゆえに、イエスの苦しみと十字架の死、復活の偉大な意味を、より多くの人が信仰によって学べるように、福音を宣べ伝えたいと思うのです。
 イエスは自分自身について「わたしは道であり、真理であり、命である。」(ヨハネ14章6節)といっておられます。私の教えと証で、聞く人をこのイエスの下へ導く助けができたらと思います。

信徒の声 ~教会の宝石を捜して~

東教区 板橋教会 信徒 村上雅江

村上さんも板橋教会は長くなられましたが、何年になりますか
 受洗は、中川先生の時です。1992年2月2日になります。ですから、かれこれ丁度、14年になりますね。

そうすると、板橋が最初の教会ですか

 私は父が戦死したため、母がちゃんとした教育をしてくれる所をということで、地元藤沢のカトリックの聖園女学院の幼稚園に先ず入れてくれました。その学校は小学校、中学校、高校とエスカレーター式でしたので、そのまま通いました。そこで神様を知りました。

クリスチャンホームではなかったんですね
 そうです。でも結果的には祖父も、祖父の父たちもキリスト教には畏敬の念を持つようになりましたし、後でわかったのですが嫁ぎ先の父もそうだったんです。

いまご自身のご家族ではクリスチャンはお一人だけですか
 いえ、昨年亡くなった母も、主人の母も洗礼をこの教会で受けまして、亡くなった主人も病床洗礼をいただきました。

教会のすぐ近くにお住まいになられ、近隣への教会のサポートや牧師ご家族へ本当に良いお働きをいただいておりますが、近くにお住みで良いこと悪いことってありますか

 いま考えれば、とても有り難いことで心から感謝しております。きっと神様は私が悪い子だから近くに住まわせ、教会生活を導いて下さっているんだなと感じております。

教会のご奉仕は何かされてますか

 そうですね。出来ることだけなのですが牧師一家のご不在の時には教会のゴミ出しや、主婦としてできる働きをしております。

この地域で教会の評判を一番、お耳にされると思いますが
 以前、教会の前のマンションにペットの火葬場ができるってことで、この地域で大問題となりました。その時、牧師のご了解を得て、教会を業者との折衝の会場に提供していただきました。そこで、初めて教会に入られた方々が殆どで、あらためて教会のことを知っていただくよい機会になりました。その後、数人の方は今でも教会に来て下さってますね。まだ受洗には至ってませんが。

聖書の中の好きな箇所はどこですか
 聖書は、交代で礼拝の中で聖書朗読のご奉仕をさせていただいており、いつも相応しい『み言葉』をいただき、力を与えられ感動しています。全ての箇所が好きです。

板橋教会についてどう思いますか
 東京のルーテル教会では一番小さな教会ですが、ここに教会があるから、神様がいらっしゃるから訪ねてくる方がいて救われる。大きな恵みを感じる教会ですね。私もこの教会に加われ心から感謝しております。

求道者の旅

第11回「御言葉」の真の意味は何でしょう?

ケネス・J・デール ルーテル学院大学 名誉教授 引退宣教師

 「御言葉」の真の意味は何でしょう。
 先月のコラムで、キリスト者としてどのように生きるかについて考えました。ルター派として「御言葉」を信じ「御言葉」によって生きる以上に重要な事はないでしょう。私が堅信の分級に参加していた時、小教理問答の説明のQ&Aの中に次のような文がありました。
Q.聖書とは何ですか。
A.聖霊の息吹を受けた預言者、福音書記者そして使徒たちによって書かれた神の御言葉です。ある伝統は、神の直接的無謬の啓示として聖書を見ますが、他の伝統はこの見方を否定します。A Seeker’ Journalからこの主題に関する論考をいくつか紹介しましょう。

大きな展望
 聖書は人生が何であるかという大きな展望を与えてくれます。それは人生の重要な方向性、全体的な視点を提供してくれます。私たちは聖書から深い洞察を探し求めるべきです。例えば21世紀における生き方の戦略に関する実際的な指示を期待すべきではないでしょう。
 聖書は決して「なに」「いかに」を意味する書物ではありません。それはただ「なぜ」の書物です。この地球という惑星に私たち人類が生を受けた究極的理由と目的を与えてくれますが、「いかに」創造されたかについて答えようとしているわけではありません。「いかに」「なに」は日々私たちが熟考すべき事です。神様は宇宙の科学的探求をするために知恵を与えて下さいました。
 マニュアルではなく詩を読む精神の中に、聖書に近づくための最善の道があります。

神の御言葉とは
 「神の御言葉」は、通常聖書と同等視されます。しかし、私はあえて異なる定義をしてみたいと思います。神の御言葉とは、聖書と呼ばれている昔の書物の言葉ではなく、生ける神の霊から絶えず聞く事ができるものです。これが正しいなら、聖書は学術的研究によって知る事はできません。聖霊が私たちに臨む事を信じ、心静かに、崇敬の念を持って耳を傾ける事によって知覚できるのです。

聖書を活用するためのいくつかの技法
 聖書が単なる史実、宗教的思想の本である以上の何かであるためにはどのように読む事ができるでしょうか。経験的に二つの「技法」を挙げてみます。
・聖句を神と己の対話としての祈りとして置き換えてみます。
・聖書にキーワードを見つけて、マントラのように繰り返し唱えてみます。(翻訳:上村敏文)
*「求道者の旅」より抜粋

聖書研究

11幸せは子どもの世界から

賀来周一

「家に入ってみると、幼子は母マリアと共におられた。彼らはひれ伏して幼子を拝み、宝の箱を開けて、黄金、乳香、没薬を贈り物として献げた」マタイ福音書2章11節

 異邦人である東方からの占星術の学者たちが、幼子イエスを訪ねた出来事は、キリストは世界中の人々のためにお生まれになったことを象徴するとして、教会はこの時期を顕現節として守ってきました。彼らがベツレヘムを訪ねた際、幼子イエスをひれ伏して拝み、黄金、乳香、没薬を献げたと聖書は告げます。

幸せを求める贈り物
 通常、贈り物といえば、お礼であるとか、ご褒美だとか、場合によっては見返りを期待することだってあるでしょう。しかし彼らの贈り物はお礼やご褒美とは無縁です。見返りを期待するなら時の権力者ヘロデ大王へ贈り物をする方が、よほどメリットがあったはずです。なにしろ見ず知らずの海のものとも山のものともしれぬ赤ん坊に最高の贈り物を差し出すとあれば、お礼やご褒美はもちろん無縁、見返りひとつ貰えるはずもないとあれば、この世の常識とはかけ離れています。とはいえ、この出来事はクリスマスの贈り物に聖書的な意味をもたらすことになりました。
 宗教学者中沢新一は、クリスマスの贈り物は現代の社会の中で人が見失っている幸せを求めていることを表わすと言います。<現代社会は貨幣経済の社会。この社会は人々の生活に不幸の影を濃く落とし込んでいる。もしこの社会の中で幸福になろうとすれば、社会の仕組みを巧みに利用する知恵と力がいる。そのためには賢くならねばならない。しかし賢くなったからといって幸福になるとは限らない。だからこの貨幣経済の仕組みに縛られない形で幸福を手にしたい。これが素朴な形でのクリスマスの贈り物に表現される。>のだといいます(中沢新一著「サンタクロースの秘密」せりか書房)。

クリスマスの贈り物は、「賢さ」と無縁
 クリスマスの贈り物が本当の意味で幸せをもたらすためには、貨幣経済の中に組み込まれるような贈り物であってはならないのです。そのためには、クリスマスの贈り物は、子どもに与えられなければなりません。子どもは、大人が生きている貨幣経済の仕組みの中で生きていないからです。彼らは、贈り物を貨幣価値に換算しない世界に生きることができます。また贈り物に付いて回る代償や対価を考えることもありません。彼らは、大人が貨幣経済の社会の中では必要だと思っている「賢さ」の世界とは別の世界に住むことができます。
 贈り物は、子どもにとって貨幣経済の社会が賢く生産した「モノ」ではないのです。「モノ」にしてしまえば、もはやそれは親たちがお金で買ってきたものであり、どこどこのデパートで売っていた「モノ」になってしまいます。所詮賢さの所産としての「モノ」であれば、どんなに高価であっても貨幣経済がもたらす不幸の影を宿しています。
 贈り物が「賢さ」の所産としての「モノ」でないためには、サンタクロースが空からやって来て、煙突を通って届けられねばならないのです。言い換えれば、クリスマスの贈り物が象徴する幸せは、大人たちがすっかり慣れ切っている貨幣経済の中での「モノ」につきまとう価値観をすっかり否定して、まったくちがった形でやってくるのだということを子どもの世界が表わしてくれていることになります。

人は究極の幸せを探す
 実をいうと大人は、貨幣経済の社会が要求する「賢さ」という疫病神に少々うんざりしています。ですから、クリスマスにな聖書研究文賀来周一11幸せは子どもの世界からると親たちは仕事の帰りに赤いリボンのついたクリスマスケーキの箱を手にさげて家路につくのです。その時には、「よく頑張ったしるしだ」、「きっと有り難うと言うにちがいない」とか、「これを渡せば、明日からもっと勉強をするようになる」などとは誰も考えていません。ただ家族が喜ぶ顔を見て、ちょっとした幸せを味わいたいのです。その幸せは貨幣経済の中の「賢さ」などとは関係がないのです。すべてのしがらみから解放されて、ひたすら幸せでありたいのです。そのためにはクリスマスケーキを渡す相手は、子どもでなければなりません。子どもはケーキを「賢さ」の所産としての「モノ」として受け取ることはないからです。
 それは本当の幸せを与えてくれるのは子どもなのだということを確かめる行為でもあります。言い換えれば、この社会の仕組みの中で大人がすっかり見失ってしまった幸せを取り返してくれる、子どもへの感謝の行為がそこにあるのです。
 あらためて東方からの学者たちが贈り物を献げた行為を思い出します。彼らは、幼子イエスに贈り物を献げました。そこには救い主は貨幣経済の仕組みの中においでになるお方ではないことが象徴されています。贈り物には付き物の賢さも、お礼やご褒美、見返りも関係がありません。子どもの世界が垣間見せてくれる幸せをさらに凝縮して、究極の幸せとして与えてくださるお方がおいでになります。学者たちは、その究極の幸せを目の前にして、最高の贈り物を献げ、礼拝という感謝の行為をせざるを得ないのです。

集中連載 総会に向けて……①

総会に向けて各委員長にお話をうかがいました。
今月はP1、P2委員長です。

P1(次世代伝道の育成)委員長 立野泰博

1.現在まで取り組んできたこと
 TNG(次世代宣教)委員会を中心に、幼児から青年・超青年までのつながりを構築してきました。それぞれの部門にスタッフを置き、部門ごとに必要な働き、とくにキャンプなどをとおして信仰の継承と宣教に力をいれてきました。また、部門ごとに宣教グッズを作成し、流布につとめてきました。
 これからも、堅信教育のための教材の開発、各世代のキャンプ・修養会の充実をはかっていきたいと思っています。
2.総会に提案されること
 提案することはありません。お願いがあります。それは次世代宣教に参加してほしいということです。いまTNGサポーターを募集しています。この働きのための献金だけでなく、祈り、各個教会での受け入れなど、どのような形でもいいですから、関わりをもっていただきたいことをお願いするつもりです。また、TNGが製作する宣教グッズをぜひ用いていただくことをお願いしたいと思います。
3.それはどのような変化をもたらしますか
 もっと、関心をもっていただくことによって、この働きが一部の働きではなく、ルーテル教会全体で取り組む働きとなることを期待しています。また、教会の未来を真剣に考え、これからのルーテル教会を受け継いでいく次世代のために、いまできることをしていきたいと考えています。教会内にいる次世代のメンバーが、生き生きと教会生活を共にできるように変化していけたらと願っています。
4.総会で議論してほしいこと
 現在のTNGの働きにかんして、ご意見や要望を聞きたいと思います。また、どうしたら次世代が教会内で受け入れられるか、TNGグッズをどのように用いていくか、次世代宣教についての考えなどを議論していただければと思います。

P2(証し奉仕する信徒)委員長 齋藤末理子

1.現在まで取り組んできたこと
 P2部門は「証し・奉仕する信徒になる」をスローガンに、福音宣教・教会形成の主体的な担い手として信徒とその働きを捉えます。活動としては、受洗後の信仰養成プログラム要請の声に応えてLAOS(神の民)講座(創刊号も含め全9巻。総会までに発行予定)を刊行。現在全国の教会で学習と分かち合いがなされています。また信徒のあり方を学び、ともにその使命と働きを確認することを願って「信徒論」に取り組みました。学習会や「私の信徒論」の発表などを経て「信徒宣言21」を草案、広く全国にフィードバックを頂きつつ総会での採択を目指しています。そして、長い間討議されてきた「信徒説教者制度」の実現に向けては委員会が発足し、教区や神学校の協力を得ながら具体的な養成カリキュラム作りも進められています。
2.総会に提案されること
 各教会や地区でLAOS(神の民)講座の更なる活用とその分かち合いの推進をお願いするとともに、「信徒宣言21」案の採択を提案して、福音宣教に召されている信徒の使命と働きを共有のものとしたいと願っています。また、「信徒説教者制度」実施に関する提案も行われる予定です。
3.それはどのような変化をもたらしますか
 これまでP2委員会が発信して来た事柄が、徐々にですが全国の教会に浸透し始めていることを実感しています。特に「信徒宣言21」草案に対しては全国9名の方々から様々な声を頂き、それを昨年「るうてる」紙上で分かち合うことができました。総会に向けて更に多くの意見が交わされますように。その中で、福音宣教という素晴らしい働きを神様から託されている私達が深い喜びをもってその使命を受け止め、賜物を捧げて宣教に参加しよう!という声が各地で湧き上がることを願っています。
4.総会で議論してほしいこと。
 PM21の目的である「宣教する教会」形成を実現するために、信徒の持つ力や賜物をどのように活用してゆくべきかを、制度の改革、意識の改革の両面から議論する必要があると思います。各教会・教区の現在の状況下でどのような取り組みが可能であるか、具体的で積極的な討議を期待しています。

議長コラム 14「今は、宣教の時」

 「時は満ち、神の国は近づいた」マルコによる福音書1章15節
 2月です。2月といえば、節分、季節の変わり目、時の変わり目です。
 時を神様の目で見たとき、今、神様はどのような時を過ごしておられるのでしょうか。
 神様は、ご自身の愛の相手として人を創造されました。それは、人の生きる舞台としての宇宙の創造から始まりました。「光あれ」(創世記1章3節)という神様の言葉で宇宙の創造が始まりました。第一の時「準備の時」です。そしていよいよ人が創造されました。第二の時の始まりです。
 第二の時、これは「歓喜の時」です。人は、神様の愛に応え、喜びの中に生きていました。しかしこの歓喜の時の中で、人は、神様に逆らい罪に堕ちてしまいました。神様は即座に人類の救済を決意され、その業に着手されました。第三の時の始まりです。
 この第三の時、これは「救済の時」といってよいでしょう。その救いの業は、神様の独り子が救い主となって地上に現れて下さったことによって、完成しました。これが、「時は満ちた」という意味です。第三の「時は満ち」、第四の時が始まりました。
 ところで、神様は人を救う為に必要な業を全て為し終えられたのですから、「神の国は来てしまった」となってよいはずですが、「神の国は近づいた」となっているのはなぜでしょうか。「近づいた」というからには、まだ神の国が実現するまでには何かの要素が残っている、ということになります。それは一体、何なのでしょうか。
 それは神様ではなく、人がなすべきことです。人が、神様がなされた救いの業を自分の救いの為として受け入れることです。この「神様の救いの業を受け入れる」ことが信仰なのです。まだ、人の側でなすべきことが残っているから、「近づいた」なのです。
 人がこの神様の救いの業を受け入れるには、既にそれを受け入れた人の働き掛けが必要です。それは、この救いの実現が機械的な事実の伝達にではなく、人格的な真理の伝達によっているからです。そして、そこには、人の自由な応答が不可欠だからです。
 今、神様はこの第四の時、宣教の時、働き掛けの時を過ごしておられます。私たちにその働きを委ねて。神様のご期待に応えたいものです。
(m-yamanouchi@jelc.or.jp)

各地の働きから 宣教する教会

宮崎教会

 宮崎教会では、パイプオルガンが設置されていることや日笠山吉之牧師が音楽に長けていることもあり、音楽に関する話題に溢れています。
 宮崎教会のオルガニスト・松波久美子氏は、ドイツ・ブレーメン国立芸術大学大学院教会音楽科を卒業後、ドイツ教会音楽家資格では最高のAディプロムを取得し、ブレーメン市福音ルーテル教会並びにエムデン市福音改革派教会で、音楽監督を務めました。2年前に帰国し、現在では宮崎教会の奏楽をはじめ、奏楽者の育成、国内外での演奏会にも多数招待されています。
 今回、同氏の企画・編集により、宮崎教会のオルガンを用いてのCDが完成しました。演奏者は、イタリアの中堅オルガニスト、エドアルド・ベロッティ氏です。ご注文は宮崎教会まで。
 また、昨年11月末に開いたチャリティーコンサートにて「メサイア」に挑戦した宮崎メサイア合唱団は、市民クリスマス合同聖歌隊をその前身としています。合唱団のほかにオーケストラも加わっての練習が、指揮者・日笠山牧師の指導のもと、宮崎教会で続けられました。今秋も、ソリストにプロを迎えて、同合唱団による演奏会が計画されています。
 今、宮崎教会は、音楽による福音宣教に取り組んでいます。

岡山教会

 皆様のお祈りとお支えにより、祝福のうちに献堂1年目の歩みを迎えることができました。
 昨年11月には、新礼拝堂が「平成17年度岡山市まちづくり賞」をいただき、教会員、設計者、施工者ともに喜びをかみ締めるとともに、この建物が、福音宣教の中心、地域の交流、文化の拠点としての場として用いられるよう、大きく期待されていることを感じ、改めて思いを熱くいしたしております。
 この年末年始も、クリスマスイブコンサート、クリスマス主日、そして先月行われた「ニューイヤーコンサート」と、大きな行事が続きましたが、そのたびに、教会にあふれんばかりの人が集ってくださり、新しい方々が教会に足を踏み入れてくださるのは本当に嬉しい限りです。
 もちろん、岡山教会は小さな群れでありますので、伝道のために使える予算には限りがあります。そのため、西教区の伝道支援金をいただいたり、宣伝のために宣教室の「クリスマス用チラシ、ポスター」をたくさん注文させていただいたり、地元のマスコミとの協賛企画にしたり、口コミで知人を誘ったりと、周囲の温かいご支援と、自分たちの工夫で「与えられたチャンスは最大限活かす」をモットーに教会員一同励んでおります。

■連帯献金報告■

2005年12月末現在の連帯献金について、次のようにご報告いたします。たくさんのご協力ありがとうございました。

■2005年連帯献金
1.ブラジル伝道(30件)30万9700円
2.日米協力伝道(20件)11万3900円
3.メコン(カンボジア小学校)(15件)5万1900円
4.イラン・イラク・アフガン・パレスチナ難民(32件)52万4134円
5.世界宣教(66件)141万4933円
6.新潟中越地震(1件)3万79円
7.スマトラ島沖地震(121件)402万84円
8.災害緊急支援(138件)350万2990円
■献金者・団体ご芳名■(敬称略・順不同)
●教会
長野、西条、名東、大岡山、東京池袋、京都、日吉、田園調布、蒲田、久留米、池田、名古屋、広島、雪ヶ谷、東京、本郷、松山、刈谷、釧路、岡山、修学院、、函館、松橋、神水、大岡山、知多、小石川、福山、津田沼、千葉、市ヶ谷、甲府、札幌、唐津、三鷹、柳井、徳山、防府、希望、復活、下関、厚狭、保谷、水俣、日田、熊本、恵み野、稔台、呉、大垣、札幌北、栄光、大阪、名古屋めぐみ、浜松、鹿児島、賀茂川、大分、岡山、神戸東、、八王子、天王寺、西宮、小鹿、宇土、高松、市川、室園、新札幌、三原、沼津、大江、挙母、高蔵寺、岡崎、宮崎、浜名、甘木、箱崎、小田原、藤が丘、都南、博多、スオミ、松本、大森、静岡、帯広、阿久根、諏訪、玉名、岐阜、宇部、横須賀、鶴ヶ谷、八幡
●婦人会
婦人会連盟、熊本市キリスト教連合婦人会、甲信地区宣教100年記念婦人会、保谷教会婦人会、静岡教会婦人会、小石川教会婦人会、広島教会女性会、熊本地区婦人会、大森教会婦人会、小倉教会婦人会、水俣教会婦人会
●その他団体
九州学院中・高校生徒会、ラヘブ師講演会・礼拝献金、札幌ルター学園めばえ幼稚園、こひつじ園、日本福音ルーテル社団、佐賀ルーテル学園、唐津ルーテル幼稚園、武蔵野教会シャロンの会、大森ルーテル幼稚園、箱崎ルーテルCS、アメリカ・ルーテル教会宣教師会、市川教会小羊幼稚園、本郷学生センター、九州ルーテル学院大学、小城幼稚園、玉名教会CS、ヘルプ・ニューオリンズ広島、ルーテル教会共に生きる集い、神水教会学校、奈多愛育園園児・職員、室園教会女性会、九州学院高校2年1組、恵泉幼稚園保護者会、雪ヶ谷教会CS、田園調布ルーテル幼稚園、聖和幼稚園、蒲田ルーテル幼稚園、城北地区合同礼拝献金、北海道特別教区
●個人
小長谷ヤヨコ、金海秀夫、吉田与四雄、古川文江、角田健、周田裕芳、徳野照代、大柴節子、後藤孝子、飯野タケ、保坂和子、石森京子、宮澤真理子、牧之瀬恭子、佐々木和子、上杉岩雄、松嶋俊介、渡辺賢次、二宮幸美、金海秀夫、鐘ヶ江昭洋、加藤裕子、中川弘子、渡辺映子、折田良三、森田七三郎、池田富雄、藤本義和、尻無浜紀美子、菊池一生城、山本有都子、豊原時秋、古川文江、山田宅、石垣通子、児島和子、保坂和子、石森房子、山口昌子、古川文江、榎本由美、小山明子、近藤美知子、大頭昭一、小川幾代、野原弘子、西尾恵、寺嶋豊司・文世、大原英子、楢崎美代、中川浩之、末吉諦、村中美牧、芳賀明子、後藤佳代子、原尤子、佐藤七男、カワノセイイチロウ、古川允通・いつ子、大森はつ子、神田千恵、上杉岩雄、森洋子、中村幸子、杉谷克忠、上野陽子、斯波顕一、T・クーシランタ、カコタケシ、小川佳幸、関口憲宏、増田宏美、杉山昭男、匿名
■各指定項目合計に、世界宣教・無指定分を配分させていただき、次のようにお送りさせていただきました。
1.ブラジル伝道67万円
2.日米協力伝道100万5840円
3.メコン(カンボジア小学校)19万7911円
4.イラン・イラク・アフガン・パレスチナ難民48万4424円
5.新潟中越地震58万9344円
6.スマトラ島沖地震335万2094円
7.災害緊急支援(米ハリケーン・パキスタン地震)232万9286円

春の全国ティーンズキャンプ申込受付開始!

 恒例となりました春の全国ティーンズキャンプ(春キャン)の日程等が決まり、参加申し込みを受け付けています。
 今年の春キャンは、3月28日(火)〜30日(木)の3日間、愛知県岡崎市の愛知県青年の家を会場として開催されます。テーマは「I Believe inGod(アイ・ビリーブ・イン・ゴッド)」。信仰について語り、聞き、感じるキャンプを目指して準備中です。
 どうぞ、皆さんの教会からも送り出してください。詳しくは各教会掲示板のポスター、TNGのホームページをご覧ください。

集計表提出のお願い

 本教会提出の集計表を期日までにご提出くださいますようお願いいたします。一教会でも遅れますと全体の集計ができないばかりか関係省庁への報告にも影響が出ます。
 また、報告書は配布しましたフロッピーまたは電子メイルでの提出をいただきますと、事務作業の軽減ばかりでなく、間違いを防ぐことにもなります。
 報告書と共に、教会総会資料をお送りください。

■提出期限■2月10日

訂正

お手元の教会手帳の住所録に誤記がありました。以下のとおり訂正します。
■北海道教区事務所
〒064・0912
北海道札幌市中央区南12条西12丁目2の27札幌教会内
電話011・561・9516
■田園調布教会(※メイルアドレス)
den-en-luther@proof.ocn.ne.jp
■二日市教会(※郵便番号)
〒818・0058
■狩野具男(※県名)福岡県
■内藤文子(※住所)
〒436・0094静岡県掛川市喜町3の4
■フェローシップ・ディコンリー母の家ベテル(※電話番号)
電話078・851・0146/4769
 関係者の皆様には、大変御迷惑をおかけいたしました。謹んでお詫びいたします。
 また、前回掲載漏れの連絡をさせていただいたものに一部誤りがありました。お詫びして訂正いたします。正しくは以下のとおりです。
■高倉矩子
電話・ファクス共有番号096・360・7587

ファクス番号のお知らせ

■名古屋めぐみ教会
ファクス052・821・3531
※電話番号とファクス番号が共有になりました。

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