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機関紙るうてる

るうてる《福音版》2008年1月号

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バイブルメッセージ  見よ、すべてが新しくなった

キリストと結ばれる人はだれでも、新しく創造された者なのです
コリントの信徒への手紙二5章17節(日本聖書協会・新共同訳)

我が実家の家族写真を収めたアルバムに、誰もが「笑っちゃいます」という一枚の写真があります。
それは、わたしが小学校に入学する時に撮影されたものです。もう半世紀も前のことになります。黒光りする真新しいランドセルを背負った、まさに「ピッカピカの一年生」スタイルの写真です。わたしはクラスで、ひょっとすると学年で、一番背が低く、頭は大きかったのですが……、ランドセルが、身の丈とはいかにも不釣合いで、「ランドセルが歩いている」とからかわれたこともよーく憶えています。
新品はランドセルだけではありません。靴も帽子も洋服も名札も、そして、ランドセルの中身も。教科書はもちろん、ノートも筆箱も、その中の定規も鉛筆も消しゴムも、みーんな新品で、ピッカピカでした。
わたし自身、ピッカピカの希望に輝いていたわけで、それは写真の姿勢、表情から一目瞭然です。わたしとしては、至極真面目に、緊張して、被写体になっていたのですが、写真を見る人は、みんな笑うのです。
ランドセルを買ってくれたのは親戚のおじさんでした。そのおじさんは、わたしが高校に入学した時、腕時計を買ってくれました。新品の、初めてのマイ腕時計でした。腕にはめた時、大人になったと思いました。その腕時計は社会人になってからもしばらく大切に使っていました。
新しいものへのときめき、新しさへのあこがれは何歳になっても変わらないのではないでしょうか。「ええ歳した」おじさんになってから、念願のスクーター様式の二輪車を購入しました。新車は手に入らず、「傷あり、へこみあり」の中古車でした。しかし、わたしには「新品」同様の満足感を与えてくれました。瞳は輝き、胸ときめいたのですから。
そんな「生きがい」というのか、生きる意味、はりあいを、からだの芯から熱く感じさせてくれる「新しさ」とは一体何なのでしょうか。
「新年あけましておめでとうございます」の挨拶にも、新しさへの憧れが込められています。時が流れ、年がかわり、カレンダーを新調したからといって、それだけで、すべてが新しくなるわけではないこと、重々承知しています。それでも、いつでも、どこでも、「新しさ」を追い求めてやまないのです。そんなわたしたちに、「キリストと結ばれる人はだれでも、新しく創造された者なのです」と聖書は語ります。
M.T

大人を育てる絵本からのメッセージ

百年たってわらった木

作:中野 美咲/絵:おぼ まこと
出版社:くもん出版

絵本というと小さなこどものための本というイメージがありますが、大人にとっても生きるヒントになる本がたくさんあります。ここでは子育てという視点でお話をしていますが、あらゆる人間関係においてもお役に立てていただければ幸いです。

ありのままの自分を知ること、受け止めること
自分をよく見せたいと思ったことはありませんか? 誰でも、人から良い評価を受けたいと思ってしまうものですよね。「がんばる」ことは決して悪いことではないけれど、「まわりの人に高く評価してほしい」と、実際の自分以上に良く見せようとすると、それを守るために更にもっと無理をしなければならなくなります。そしてそのことばかりに必死になると、生きることそのものを楽しめなくなってしまいます。
以前、わたしの娘がお友だちに「いとこがアメリカに住んでいるのなら、あなたも英語が得意でしょう?」と尋ねられたことがありました。そこで素直に「NO!」と言えればよかったのですが、ついつい「YES♪」と言ってしまったものだから、「じゃあ、教えて!」とせがまれてしまい、その約束を先延ばしにしながらごまかしつつ追い込まれ、どんどん苦しくなっていきました。結局、本当の自分を偽っても苦しくなるだけだとわかり、正直に話して謝ったことで解決しましたが、当時、娘はその子に会うことができなくなるくらいに悩んでいました。

泣きたい時は泣いたっていい
絵本に出てくる大きな木は、いつもかっこいい木であるためにがんばってきました。上にぐんと伸ばした枝、するどい葉っぱ、つるつるの木肌。くたびれた様子も見せず、とてもがんばっているのに、お友だちができません。百年もがんばってきたのに、お友だちができない木は、淋しくてとうとうションボリとうなだれてしまいます。ところが、どうでしょう。だらりと枝をおろした木の下に葉陰ができ、暑さをしのぐことができると、まずリスの親子がやってきました。つるつるの木肌でいるためにがんばっていたのもやめると、「のぼりやすくなった」と虫や鳥たちも集まってきました。どんどんといろんな動物たちが集まってきて、みんなが自分のまわりで、楽しそうにおしゃべりをしていってくれるようになりました。そして、いままでずっとがんばっていた木は、「疲れた時は疲れたようにしていていい」「つらい時は、泣いたっていいんだ」と、ありのままの自分が一番いいことに気づくのです。

ありのままの自分の方が楽しい
わたしたちも、まわりの人に良く思われたいあまり、無意識のうちに自分を飾って生きていることがあるかもしれません。不器用で自信のない、ありのままの自分を見せることに不安を感じることもあるかもしれません。でも、本当の自分を偽って生きるより、そのままの自分をさらけ出す方がずっとずっと楽に生きられることを、この本は教えてくれています。
神さまは、そのままのわたしたちを「良し」としてくださいました。自分では「あれが足りない」「これが足りない」と思ってしまう自分を「そのままで、大切なかけがえのない人」として受け入れてくださっています。ありのままの自分を神さまが受け入れてくれるのだから、わたしたちも大らかに自分自身を、子どもたちを、そしてまわりの人たちを受け入れることができたら……と思います。

HeQi Art 聖書物語

マルタとマリア Martha & Mary

主はお答えになった。「マルタ、マルタ、あなたは多くのことに思い悩み、心を乱している。しかし、必要なことはただ一つだけである。マリアは良い方を選んだ。それを取り上げてはならない」
ルカによる福音書 10章41~42節

たろこまま「いのちを語る」

年明けに思うこと(マタイ25章40節)

明けまちておめでとうございまつ、またまた小太郎でつ。寒い中、皆さん風邪を引いたりしてましぇんか? ぼくの家は(一応)北国仕様、窓も二重でストーブもついているのでつが、それでもここのところ灯油代がバカにならないわと母ちゃんが毎日こぼちていまつ。でも、天井も壁もあって、ふかふかのお布団に包まって寝られるぼくらは、まだまだ幸せなんでつよね……。
母ちゃんは毎年この季節になると、大阪の釜ヶ崎にあるとある施設に荷物を送りまつ。あるときはリンゴ、あるときは防寒着やお米券。長ナス(ボーナス)が出たらちょみっとお金を包んだり。ホームレスのおじちゃんたちが少しでもお正月気分が味わえたらな、と思うそうなんでつが……。実際会ったこともない人たちにどうちて? と思ってたら、母ちゃんも昔似たような経験があったんだそうでつ。そのとき行き倒れ寸前になった母ちゃんを助けてくれたのが、ここのコラムを作るにあたって声かけちてくれたS先生で、その先生が何かの折に話ちてくれたのが、この釜ヶ崎のことだったのだそうでつ。 母ちゃんは「あの頃毎晩ご飯を食べさせてくれたS先生にお礼がしたい」とボラ覚悟でここを引き受けまちた。
今度は少しでもその気持ちを先へリレーちたいのでつが、ぼくたちで応援するには限界がありまつ。正月と言えば七福神、福をもたらすなら1人より2人、2人より3人4人と大勢が良いでつよね。普段命と言えば自分や身近な人のことばかり考えがちでつけど、ぼくたちはその先の色んな人と繋がって生きてまつ。皆さんもよろちければ、身近で困っている誰かと、必要とちてる物を分かち合ってみましぇんか?
ちなみに喜望の家の連絡先は
〒557-0004 大阪市西成区萩之茶屋2-8-18
℡ 06-6632-1310 でつ♪

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