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機関紙るうてる

るうてる2012年9月号

説教「神の愛の鞘におさまる」

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「ファリサイ派の人々をはじめユダヤ人は皆、昔の言い伝えを固く守って・・・」
マルコによる福音書7章3節

  「カズ、ヘペッチだって」と子どもらが話しをしていたブラジルの教会学校の風景がよみがえってきました。「ヘペッチ」は、英語のリピートにあたり、留年ということです。小学校から留年があるのには驚いてしまいました。落ちた子を決して軽蔑して言っているのではないのです。むしろ、子どもらはそれが当然であり、互い受けとめあっているのがよく分かりました。
 ファリサイ派の人と律法学者が、ここにでてきます。この人たちは当時の社会では大変に尊敬されていました。イエスさまも実はファリサイ派に近いところで育てられたのではないかといわれています。この人たちは実に律法を守るということに忠実でした。律法を守ることによって神に愛されると考えた実に真面目な人でした。ですから律法を守らないということが、とても気になるわけです。「そこで、ファリサイ派の人々と律法学者たちが尋ねた。『なぜ、あなたの弟子たちは昔の人の言い伝えに従って歩まず、汚れた手で食事をするのですか。』」(7・5)と尋ねたのです。それは彼らからすると当然の言葉です。しかし、ここには守る者、守らない者という差別が生まれてくるのです。守る者が神に愛されるのにふさわしいと考えるようになるのです。
 その結果が人間くさい努力主義になってくるのです。律法を守りさえすれば成功という人間が中心に出てくるのです。この律法を守るために努力している自分こそが正しいものであって、努力しない人間はだめだということがまかりとおってくるのです。実に人間くさいものになる、だからイエスさまは、「あなたたちは神の掟を捨てて、人間の言い伝えを固く守っている。」(7・8)と言われるのです。
 今、教育現場で、競争をさせてもっと子どもらの学力をあげていこうということが叫ばれたりもしています。それ自体、聞いていると何の問題もないように思えますが、実は、競争に遅れたものはだめだという差別化が起こるということです。まさにファリサイ派のような動きが起こるのです。
 では、最初に言いましたブラジルの子どもの例とどう違うのかということです。一人一人の存在が保証されているというカトリックの信仰が根底にあって、それぞれが生かされた平等な存在であるといことです。
 勉強は大切です。そこでヘッペチしたとしても彼はだめな子ではありません。私たち一人一人が生かされた存在であるというところから自分自身を見ていきます。結果として落第することもありますが、これで人生が終わりであり、未来が決められていくのではないということです。
 本来、律法を守るということは、神から存在することを許され、保証されている出来事のなかで、律法を守る者として選ばれた者は、人を差別化するために律法を守るのでなく、喜びの生き方として律法を守るのです。
 荒井献氏は「旧約を超えて、新しい契約を携えて現われたと言えるイエスは、人間の作った掟に縛られている人々を元来のユダヤ教精神に返し、神とともにある喜びの生き方を取り戻そうとしたのだ」と言っているのはうなずけます。
 「こうして、あなたたちは、受け継いだ言い伝えで神の言葉を無にしている。また、これと同じようなことをたくさん行っている。」(7・13)
 この言葉はまさにそのことを言っているのだと思うのです。私たち一人一人は神に愛された存在であるというところからすべてを見ること、恵みの関係から今をみるとき努力主義から解放され、私たちは自由に、すべてを喜びと感謝をもってなすべきことをなせるのです。
 競争原理がますます強くなっていく社会にあって、私たちの生き方が根底から問われています。私たちは、人間くさい鞘に収まらず神の愛の鞘に収まること、神の愛の場所に自分をもどし、喜びと感謝をもって、神の律法をよく生きていきましょう。

 「すべてに耳を傾けて得た結論。『神を畏れ、すべての戒めを守れ』これこそ、人間のすべて。」
『コヘレトの言葉』12・13

宗教改革五〇〇周年に向けて
 ルターの意義を
   改めて考える(5)

 ルター研究所 所長
        鈴木 浩

 前回、聖書で「引っかかる箇所」のことを指摘した。わたしの経験を一つ話そう。マルコ六・四五以下にあるイエスが「湖の上を歩く」物語である。嵐で弟子たちの乗った小舟が翻弄されていたとき、イエスは「弟子たちのところに行き、そばを通りすぎようとされた」と四八節にはある。この場面は、どう見てもイエスが弟子たちを助けに来たとしか読めない。ところが、マルコは「そばを通り過ぎようとされた」と書いている。せっかく助けに来たのに、「通り過ぎようとされた」ら、困るのである。
 どうしてか、この「引っかかり」に、何ヶ月も立ち止まり、考え、資料を調べ……そのうちに、目の醒めるようなひらめきがやって来た。
 ルターの場合の「引っかかる箇所」は、はるかに重大な問題を孕んでいた。ルターの場合、「神の義」という言葉でこの引っかかりが起こった。その事情は、徳前義和『マルティン・ルター……ことばに生きた改革者』(岩波新書)、三七ー四〇頁の「一点突破へ」をお読みいただきたい。
 「一点突破・全面展開」。これが、キーワードだ。

高蔵寺教会はこひつじ園と共に

高蔵寺教会 中村朝美
 1968年、名古屋市のベッドタウンとして春日井市の東端の三つ里山を切り拓いて高蔵寺ニュータウンは造られました。高蔵寺教会もその年より宣教活動を始めました。それから40数年後、近隣の3つの小学校は2018年には一つに統合されることが決まっています。教会は会堂献堂と同時に週2回、3歳児教室を開始し、五年後に3~5歳児クラスを持つ「こひつじ園」を発足させました。以来、無認可の少人数幼児教育の精神は受け継がれてきました。無認可であるがゆえに自由に一人ひとりの子どもたちに合わせた保育に共感して、卒園生のお母さんたちが“先生”として関わっているのもこの園の特徴と言えるでしょう。園バス、給食はありません。毎日、お家の方と手をつないで登園し、帰ってゆきます。お昼は、子どもたちがお祈りをしてからお弁当を食べます。
 高蔵寺教会の教会学校は「こひつじ園」の卒園生が中心です。中高生会は月に一回、夜七時から夕食を一緒にしてから始まります。
 四〇年を経ている建物は老朽も限界を越え、特に4月以降、色々な場所に支障が出てきました。そのため、全面的な修繕工事(外装と内装)を行う計画をしています。
礼拝堂が二階にあることで、数年前から身体のハンディを持つ方々の負担を解消し、共に礼拝に与れる教会を目指して礼拝堂の改装計画が話し合われていました。土井洋牧師の召天により中断していた話し合いを再開し、この度、エレベーターを設置しバリアフリー化を目指そうと計画しています。。耐震工事もしなければならないことが新たに判明し、かなりの工事となると予想されます。
 幼子と共に歩んできた高蔵寺教会を主がこれからも豊かに用いてくださることを信じて歩んでゆきたいと思っています。

「JLER(ルーテル教会救援)対策本部・現地からのレポート」

 先月号から連載が始まった現地からのレポート。第二回目は、仙台教会内に設置された「ルーテル支援センターとなりびと」の立ち上げ時から救援活動にかかわっている二人の専従スタッフからのレポートです。
チーフ・スタッフ 佐藤文敬(さとう・ふみたか)

 現地スタッフの佐藤です。昨年の4月から専従スタッフとして活動を続けています。
震災からもうすぐ1年半。昨年の今頃は仮設住宅への入居が進み、避難所が徐々に解散していく時期でした。それから1年たった今の被災地の話題は、次の家をどうするかです。未だ先の見通しが立たない人たちがほとんどと言っていいでしょう。
 そうした中でルーテルとなりびとの支援活動は、仮設住宅支援とコミュニティセンター再建支援が大きな2本柱となっています。コミュニティセンター再建支援は気仙沼市本吉町前浜地区の人たちと昨年から話を進めており、今年7月には用地を取得、いよいよ建設作業に入るところです。このコミュニティセンター再建支援は、ただ建物をたてるのではなく、その設計の段階から地域の人たちが口も手も出しながら進めてきました。みんなでコミュニティセンターを作り上げていくことで、もう一度コミュニティの絆が強くなればと願っています。
スタッフ 抱井昌史(かかい・まさし)

 現地スタッフの抱井昌史です。単独のボランティアで宮城県に来たあと、となりびとにお世話になっております。
 7月末時点での被災地は、これから各所で開かれる「祭り」の話題が多く、各支援団体は祭りの調整と準備で忙しくなってきています。仮設住宅でも同様にお祭りが企画され、各自治会長さんが仕事をしながら、支援団体と祭りの調整や準備をしています。
 現時点では、ルーテル教会救援も8月25日に予定されている、大森仮設住宅における夏祭りに出店する予定で、その準備を着々と進めている毎日です。9月頃には、夏祭りも一段落し、各支援団体は新たな展開を模索している頃です。
 仮設住宅の毎日は日々変化し、自治会が設立し住民のコミュニティが形成される一方で、これからの長い仮設生活に不安を深める方も多いと思います。長期化する避難生活が、少しでも恵み豊かなものとなるように、各支援団体は知恵を絞って努力しています。

バッハのカンタータを聴くc

 「力なる神はわが強きやぐら」カンタータ80(BWV 80)
日本ルーテル神学校名誉教授 徳善義和

 
 「力なる神はわが強きやぐら」(教会讃美歌四五〇)は宗教改革主日に必ず歌われる讃美歌である。ルターとルーテル教会を示す讃美歌と言ってもよい。作詞ばかりでなく、作曲もしたルターの元のメロディーはもっとゆっくりしたものだった。落ち込んだ自分の健康や気持ち、四面楚歌とも思われる教会や帝国の情勢のただ中で、静かに神の堅い守りに信頼し、神のことばへの確信を深めたコラールだった。それから百年ほどする内に、元のゆっくりしたメロディーは大衆が歌い易い、テンポのよい今のメロディーに変化していったのである。それと共にコラール自体が信仰の確信と勝利を歌うものへと変っていったことになる。私は教会讃美歌にはこの両方のメロディーが載るとよいと願っている。
 だからバッハがコラール前奏曲でもカンタータでも取り上げるこのコラールもテンポのよい、後のメロディーを基本にしている。さらに約百年後のメンデルスゾーンの交響曲第五番「宗教改革」でもそうだ。
 こうしてカンタータ八〇番の第一曲は高らかなトランペットの響きをもって印象的に始まる。これはバッハのコラール合唱曲の頂点に位置すると一般に認められている名曲なのである。私もかつて池宮英才先生の指揮で、東京地区の宗教改革記念礼拝のおりにテナーのパートを歌った記憶があり、導入部を今でも口ずさむことでできるほど印象的である。この曲と第五曲の、コラールに基づく合唱の伴奏となるこのトランペットの響きは、バッハの死後その息子の一人W・Fr・バッハが付したと考えられているが、信仰の勝利の趣をよりいっそう強めたことになろう。このほか第二曲と第八曲(終曲)とで、ルターのコラール四節を全部歌う。これにS・フランクの原詩が第二、四、六、七曲に配されている。BWV 80aとして最初にワイマールで四旬節の一主日のために作曲されたときに中心となったフランクの歌詞はこうしてルターのコラールの影に引き下がって、ルターの宗教改革コラールがカンタータ全体の中心メッセージを伝えることとなった。
 宗教改革記念の礼拝を祝った後、午後にでもその日の説教を心に思い起こしながら、教会讃美歌四五〇を開いて、各節の歌詞に注目しつつ、このカンタータに耳を傾けて、二一世紀を生きるべき私たち自身の信仰の姿勢も課題も心に刻みたいと思うのである。

私のピカソ論

小鹿教会 寺澤節雄   静岡大学名誉教授(美術教育学)

 図1は、ピカソの「磔刑」(一九三〇)です。破砕に満ちた表現形式から受ける印象は、魑魅魍魎(ちみもうりょう)の只中におられるキリストという感じです。一九三〇年と言えば、その前年秋に世界恐慌が起こり、時代の不安を反映する作品であると言えるかもしれません。磔刑図の破砕と散乱に満ちた表現形式は、それに先立つ「アビニョンの娘達」(一九〇七)(図2)に始まるものです。「アビニョンの娘達」は当時の人々に強いショックと抵抗を与え、十年以上も受け入れられませんでした。今日ではニューヨーク近代美術館の代表的作品になっています。この作品の与える衝撃は、従来の伝統的表現法を徹底して破砕し散乱させたところにあります。二六歳の青年ピカソは、恐ろしい孤独のうちにこのような表現に達したといわれます。モティーフはアヴィニョンの娼婦達ですが、娼婦という女性にとって屈辱的な生き方と社会の恥辱的な裏面が、はばかる事無く全面に押し出された所にピカソの果敢な精神革命を感じます。そのモティーフは、世の原罪を一身に担う「磔刑」のキリストの形とも重なるように見えます。
 ピカソにはそれに先立つ〈青の時代〉が知られていますが、この時代の絵は社会の貧困や悲惨を凝視するような作品ばかりです。図3は「盲人の食事」と題されていますが、指先でパンや水をまさぐる貧しい盲人の生きる困難が強く感じられます。
 心理学者ユングは、こ八方ふさがりになってしまう。その時は大胆に罪人であれ…*〉とか、親鸞の〈地獄は一定住みかぞかし〉という言葉が想起されます。
 ピカソは、絵画・版画・陶芸など二万点以上の作品を残し九三歳で亡くなりました。生涯に七人の女性との関係がありましたが、彼女たちの最後は、病死、自殺、零落(れいらく)、宗教に帰依、等々に終わっています。栄光と修羅(しゅら)とを生きた芸術家であり、信仰による平安と他者への愛を願うキリスト者との違いは大きいのですが、彼もまた死と再生の恵みに生かされた芸術家であったように思うのです。(了)

*徳善義和著「マルティン・ルター/生涯と信仰」(教文館)より

 図1は、ピカソの「磔刑」(一九三〇)です。破砕に満ちた表現形式から受ける印象は、魑魅魍魎(ちみもうりょう)の只中におられるキリストという感じです。一九三〇年と言えば、その前年秋に世界恐慌が起こり、時代の不安を反映する作品であると言えるかもしれません。磔刑図の破砕と散乱に満ちた表現形式は、それに先立つ「アビニョンの娘達」(一九〇七)(図2)に始まるものです。「アビニョンの娘達」は当時の人々に強いショッ

クと抵抗を与え、十年以上も受け入れられませんでした。今日ではニューヨーク近代美術館の代表的作品になっています。この作品の与える衝撃は、従来の伝統的表現法を徹底して破砕し散乱させたところにあります。二六歳の青年ピカソは、恐ろしい孤独のうちにこのような表現に達したといわれます。モティーフはアヴィニョンの娼婦達ですが、娼婦という女性にとって屈辱的な生き方と社会の恥辱的な裏面が、はばかる事無く全面に押し出された所にピカソの果敢な精神革命を感じます。そのモティーフは、世の原罪を一身に担う「磔刑」のキリストの形にとも重なるように見えます。(続く)

 図1は、ピカソの「磔刑」(一九三〇)です。破砕に満ちた表現形式から受ける印象は、魑魅魍魎(ちみもうりょう)の只中におられるキリストという感じです。一九三〇年と言えば、その前年秋に世界恐慌が起こり、時代の不安を反映する作品であると言えるかもしれません。磔刑図の破砕と散乱に満ちた表現形式は、それに先立つ「アビニョンの娘達」(一九〇七)(図2)に始まるものです。「アビニョンの娘達」は当時の人々に強いショッ

クと抵抗を与え、十年以上も受け入れられませんでした。今日ではニューヨーク近代美術館の代表的作品になっています。この作品の与える衝撃は、従来の伝統的表現法を徹底して破砕し散乱させたところにあります。二六歳の青年ピカソは、恐ろしい孤独のうちにこのような表現に達したといわれます。モティーフはアヴィニョンの娼婦達ですが、娼婦という女性にとって屈辱的な生き方と社会の恥辱的な裏面が、はばかる事無く全面に押し出された所にピカソの果敢な精神革命を感じます。そのモティーフは、世の原罪を一身に担う「磔刑」のキリストの形にとも重なるように見えます。(続く)

TNG 夏のキャンプを取材して

 今年の夏も、全国各地の教会、地区、教区主催の、そして、全体教会でのキャンプが実施されました。二つのキャンプを取材しました。
 一つは、50回目となる西教区の「関西地区教会学校合同キャンプ」です。
 今年の会場は奈良県の「松原市少年自然の家」です。小学校2年生から高校生までが参加出来ます。
 私が到着した時は、キャンパーは約30名が二手に分かれて、「雪合戦」ならぬ「水鉄砲合戦」で、子どもたちは水と汗みどろになりながら、広い敷地を走りまわっていました。キャンプ・スタッフの中には、第1回のキャンプに参加していたと言う方もおられ、50年の時の流れを目の当たりにする思いでした。
 二つ目は、14回目となる「ルーテルこどもキャンプ」。こちらは日本福音ルーテル教会宣教室TNG委員会子ども部門と日本ルーテル社団(JELA)の共同プログラムで、JELAからは毎回多額の支援をいただいて 、 実施されています。
 8月8日の午前中に、平和公園で、キャンプの一行とは合流する予定でしたが、「8月6日」の直後でもあり、実際、私が訪れた折り、平和記念式典で使用されたテント等の撤去作業が行われていました。人出が多く、公園でも資料館でも、見つけることはできませんでした。その頃、一行は、爆心地にもっとも近い旧国民学校であった本川小学校に向かっていたようです。そこでの見学と体験談を聞いたことは、参加者すべてに貴重な学びとなったようです。
 どちらのキャンプも、子どもたちの歓声、そして、スタッフの笑顔が印象的でした。こちらまで大いに励まされました。
 キャンプ・スタッフによる詳しい報告を次号に掲載する予定です。どうぞお楽しみに。 
  広報室長 徳野昌博

日常の中の召命
第19回東教区宣教フォーラム

 東教区の信徒運動の一環である宣教フォーラムは7月7日(土)、昨年、教区建物回転資金の適用により改築された横浜教会にて行われました。LED電球の柔らかい灯かりの中に教区内各地から140余名が集まり、徳善義和ルーテル学院名誉教授の主題講演を聴き、質疑応答、昼食に並行して城南地区の信徒で結成する室内楽ターキーズの演奏を楽しみました。
 東日本大震災・原発事故の非日常の中で過ごす私たちは、それでも、日常の生活の中でキリスト者としての求め「召命」があり、隣人への気付を感じ、一歩踏み出す勇気が後押しされていることを改めて思わされた一日でした。

 午後には、明治初期、プロテスタントが横浜に上陸して活動した「横浜バンドの痕跡を尋ねるバスツアー」を行いました。 1863年に来日した聖公会の「横浜山手聖公会」、1875年に日本人のために建てられた山下公園近くの「横浜海岸教会」を尋ね、当時の面影を偲びました。
(宣教フォーラム準備委員会) 

ピーリー宣教師、パウラス宣教師の足跡を訪ねて

大江・宇土教会 立野泰博

 この夏、サウスカロライナから素敵なお客様をお迎えました。オッジ・バージニア、ハーロングご夫妻はエマ、シドニーの孫娘を連れて日本を訪問されました。オッジ氏はルーテル教会の牧師であり信徒教育部事務局長をされています。

 今回はプライベートの旅行ということですが、女性会連盟がサウスカロライナを訪問したことにより実現した旅行でした。 バージニアさんは女性会の役員というだけでなく、ミドルネームがピーリーです。実は大叔父がピーリー宣教師、また祖母がモード・パウラス宣教師の姉パウラさんにあたります。日本のルーテル教会の歴史になくてはならない宣教師の方々の家族です。

 今回は京都をはじめ、熊本へはルーツを訪ねる旅をされました。九州ルーテル学院をはじめ、九州学院、慈愛園、広安愛児園などを訪問され、日本におけるルーテル教会の宣教と働きを知る機会をもたれました。2人の孫娘も同行され、信仰の継承の旅でもありました。
 8月5日には、大江教会で行われた平和主日の礼拝に参加され、ヒロシマの出来事を覚え、共に折り鶴を礼拝の中で献げました。
 今後サウスカロライナに戻り、日本との関係をさらに深め継承するために祈りつつ出来ることを探していくことを約束して帰国されました。

JELA
難民シェルター
管理人募集

 日本福音ルーテル社団(JALA)では、1990年以来国内の難民のためのシェルター(一時的避難住宅)を都内2カ所に保有し、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)、公益財団法人アジア福祉教育財団難民事業本部、認定NPO法人難民支援協会等を通じて依頼のあった難民申請者の方々に住居を提供しています。
 現在、ナイジェリア、カメルーン、ミャンマー、エチオピア、イラン、パキスタン、ガーナ等9ヶ国34名の方々に利用していただいています。
 これらの方々は、、ここに住みつつ難民申請手続きを行い、難民認定、特別在留許可取得、あるいは第三国定住へと、再び新しい生活に向かっていきます。

管理人募集条件

■シェルターの場所:東京都板橋区内(安全上の配慮により住所は公開しておりません)
■仕事の内容:5部屋に分かれて住まう難民申請者の方々(家族を含む)の入退去時に必要となる作業(ガス元栓開閉立会い、退去時のシーツ洗濯など)と急病時の病院への同行など。
 昼間は外で定職をお持ちの方でもかまいませんが、シェルター管理人室に住んでいただく必要があります。
■報酬:管理人室(6畳一間と板の間キッチン。シャワー室トイレ付。別室の、アパート利用者全員のためのお風呂を使っていただくことも可能)を無料でお貸しし、毎月少額の報酬を差し上げます。
■勤務開始日:2012年12月以降
■採用にあたっての条件:難民の立場に立って管理ができること。健康であること。
■問い合わせ先:
日本福音ルーテル社団(JELA)事務局
電話=03-3447-1521、ファックス=03-3447-1523、
メール=jela@jela.or.jp

読書感想文大募集

 ルーテル学院附属
     ルター研究所

 徳善義和先生の『マルティン・ルター ことばに生きた改革者』出版を記念して本書の読書感想文を、1「一般の部」、2「高校生以下の部」に分けて募集いたします。
 
募集要項
1.サイズ:2千字以内(A4横書き、ワープロ、手書き、どちらでも可)
2.締め切り:9月末日(必着)
3.あて先:181-0015三鷹市大沢3ー10ー20ルーテル学院・ルター研究所
4.住所、氏名、電話番号、年齢(高校生の場合は学校名と学年)を明記のこと
5.入選者の発表:2012年10月31日(ルター研究所ホームページで)
6.入選者の副賞:最優秀賞(各部1名、2万円相当の図書券) 優秀賞(若干名、5千円相当の図書券)
7.問合せ:メール(hsuzuki1945@yahoo.co.jp)またはファックス(0422-33-6405)でルター研究所、鈴木まで

JELA
難民シェルター
管理人募集

 日本福音ルーテル社団(JALA)では、1990年以来国内の難民のためのシェルター(一時的避難住宅)を都内2カ所に保有し、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)、公益財団法人アジア福祉教育財団難民事業本部、認定NPO法人難民支援協会等を通じて依頼のあった難民申請者の方々に住居を提供しています。
 現在、ナイジェリア、カメルーン、ミャンマー、エチオピア、イラン、パキスタン、ガーナ等9ヶ国34名の方々に利用していただいています。
 これらの方々は、、ここに住みつつ難民申請手続きを行い、難民認定、特別在留許可取得、あるいは第三国定住へと、再び新しい生活に向かっていきます。

JELA難民シェルター管理人募集条件

■シェルターの場所:東京都板橋区内(安全上の配慮により住所は公開しておりません)
■仕事の内容:5部屋に分かれて住まう難民申請者の方々(家族を含む)の入退去時に必要となる作業(ガス元栓開閉立会い、退去時のシーツ洗濯など)と急病時の病院への同行など。
 昼間は外で定職をお持ちの方でもかまいませんが、シェルター管理人室に住んでいただく必要があります。

■報酬:管理人室(6畳一間と板の間キッチン。シャワー室トイレ付。別室の、アパート利用者全員のためのお風呂を使っていただくことも可能)を無料でお貸しし、毎月少額の報酬を差し上げます。
■勤務開始日:2012年12月以降
■採用にあたっての条件:難民の立場に立って管理ができること。健康であること。
■問い合わせ先:
日本福音ルーテル社団(JELA)事務局
電話=03-3447-1521、ファックス=03-3447-1523、
メール=jela@jela.or.jp

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