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機関紙るうてる

るうてる2011年3月号

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説教 暗闇の世にこそ光が!

「この都には、それを照らす太陽も月も、必要でない。神の栄光が都を照らしており、小羊が都の明かりだからである。」 ヨハネの黙示録21章23節

1968年4月に、日本福音ルーテル教会牧師の道を歩み始め43年、満70歳の定年を迎えようとしています。西教区防府教会から始まり、徳山・柳井・益田・三原・東海教区の名古屋・知多・挙母・希望・復活・小鹿・清水と12教会で仕える光栄に浴してきました。この間、福山・岡崎・栄光教会を兼任した時期も与えられました。
 43年の伝道・牧会の始まりと終わりに、忘れられない葬儀をいたしました。
 防府教会に副牧師として赴任したとき、既に入院中の若い兄弟がおられました。長崎の病院で前立腺がんを手術後、防府に帰り治療されていました 。 益田出身の奥様と、まだ2歳の幼児がおられました。こんなに若くして、しかも幼な子を残して、神様は召される、なんと悲しい現実だろうかと、慰めのことばもさし上げられませんでした。牧師になって初めての葬儀でした。当時は新卒牧師は5月末の赴任で、2ヶ月足らずの病院での交わりでした。この兄弟は、癌に倒れ妻子を残して召される悲しみの中で、明確な信仰の証しを
され、新任牧師の私に大きな教えを与えてくださいました。
 小鹿教会での任を終えようとしている、この1月に85歳の姉妹が召されました。
 人生最晩年の3年余を、病院生活に明け暮れましたので、お見舞いでの交わりの方が多かったように思います。物書きが大好きで、外出される時には、ペンとノートをお持ちになり、よくメモされていたそうです。14年前の97年に書き溜めたエッセーをまとめて「風の路」という随筆集を自費出版されました。病床のテーブルに置かれていましたので、お見舞いのたびに読ませていただき、その日の体調次第では、耳元で1篇を大きな声で読んでさしあげました。四季折々の42篇の随筆を編集していますが、すべての稿が聖句または、讃美歌の言葉で結ばれています。
 その1篇の「遺言」の中に、臨終に際して「マタイ受難曲」「ハレルヤコーラス」に囲まれて人生の終焉を迎えられるなら幸いという言葉があります。ご長男のご希望でもありました。オルガニストの姉妹が、前夜式の前奏曲としてバッハの「マタイ受難曲」からの1曲を選んでおいてくださったのは何という導きであったろうかと感謝いたしました。葬儀後の「出棺」に際して、ヘンデルの「メサイア」から「ハレルヤコーラス」をCDで流しつつ教会から天国への道を送りだしました。牧師生活の葬儀で初めてのことでした。葬儀には悲しみが常なのですが、この姉妹の場合には、死を滅ぼし、復活され勝利し給うた救い主イエス様への深い信仰がにじみ出て、実に明るいお別れになり感謝と希望の思いで一杯になりました。

 現役牧師最後の小鹿・清水2教会での「聖書に聴き祈る会」のテキストは「ヨハネ黙示録」とさせていただき、2年がかりで読み終えようとしています。21章9節から22章5節に「新しいエルサレム」が描かれています。私たちの歴史の最後に神さまが実現される完全な救いが証しされています。
 昼を照らす太陽の光も、暗い夜を照らす月の光ももはや必要ない時が来ます。神ご自身と救い主イエス様が光であり給うのですから、造られた物の光は不要なのです。
 人生は罪と恥に満たされていますが、それをご存知であり、共に担ってくださる救い主イエス様がいてくださいます。どんな深い絶望の淵に立たされようとも、希望を打ち砕く大きな試練のさなかにあろうとも、主が共にいてくださるので安心できます。
 「神は私たちの目の涙をことごとくぬぐいとってくださる」(黙示録21章4節)のです。 感謝と喜びをもって信仰の歩みを続けましょう!
 小鹿・清水教会牧師 明比輝代彦

風の道具箱

泣きなさい、笑いなさい

 「ものづくりのヒント」という本を読みました。私の人生テーマは「発想の転換」です。そこで、この種類の本には敏感になってしまうのです。
 今回の発想の転換は「難しい」の反対語は何か?ということです。すぐに「簡単」という言葉が頭にうかびました。しかし本当にそうかということです。私たちの身の回りには、たくさんの機械があります。携帯電話ひとつにしても操作が「難しい」のです。最近「操作が簡単になりました」という宣伝をみました。ところが、操作が簡単になったのではなく、使い道の選択肢が少なくなっただけでした。「難しい」が「簡単」になったのはいいですが、サービスが落ちるというのはやっぱり疑問に感じます。
 それじゃ「難しい」の反対は何でしょうか。きっと「難しくない」です。携帯電話もやたらと軽くなりますが、「重い」の反対は「軽い」ではなく、「重くない」つまり「ちょうどよい」なのです。ですから「小さい」の反対は「大きい」ではなく「小さくない」と考えてみたらどうでしょうか。  信仰も同じだと思います。「信じている」の反対は「信じない」ではなく、「まだ信じていない」ということです。「信じない」からではなく「まだ信じてない」からアプローチをするのが宣教方策の課題だと思います。
 泣きなさい。笑いなさい。どちらもイエス様との出会いで起こる同じことのように思います。風の道具箱は今回で終了します。今度はいつ風は吹いてくるのでしょうか。

引退牧師の声

「別の道」への旅支度

稔台教会  栗原 茂

「ところが『ヘロデのところへ帰るな』と夢でお告げがあったので、別の道を通って自分たちの国へ帰って行った。」マタイによる福音書2・12

 学者たちは”夢”を見て当初の予定を変更しました。当時の人々は、神のお告げは”夢”を通して示されると考えていたからです。しかし学者達はそろって皆同じ夢をみたのでしょうか。これはやや出来すぎた話のようにも思われます。そこでこんな仮説を立ててみます。夢を見たのは実は学者の中の一人ではなかったのかと。  
 すると、その”夢”が一つの結論に至るためには、相当激しい議論のプロセスがあったのではないかと思われます。彼らは年齢だけでなく、国籍、人種、文化、宗教、言語、そして世界と歴史を分析する価値観も異なっていたからです。
 そんな彼らが、一致して外交上の緊張を高める、もう一つの「別の道」を選択しました。私は感動を覚えます。なぜなら、白熱の議論の末に”勇気と英知”を集めた”時代を先取りする”姿、言いかえれば福音に生かされる者のあるべき姿を、そこに見るからです。
 ひるがえって、日本福音ルーテル教会の学者たちは、どのような議論をしているのでしょうか。宣教百年JELCはパワーミッション21というスローガンを掲げましたが、その成果はどうだったのでしょうか。東教区では”激論�””激論�”という企画がありました。そこで講師を務めた橋爪大三郎氏(専門・宗教社会学)は、ルーテル教会の現状を、売り上げの落ち込んだレストランのチェーン店に似ていると例えられました。お客さんが集まらず経営も苦しいのはメニューがまずいか、時代とずれている。何も手を打たなければ、このままじり貧で、閉店が相次ぐかもしれないと。こういうのを”図星”だと言っていいと思います。 
 私は定年でこの3月で引退です。復職後の6年間はあっという間でした。ブライダル専従の牧師時代を除くと按手後43年間のうち33年を日本福音ルーテル教会に奉職させて頂いたことになります。感謝の気持ちで一杯です。お世話になりました。
 最後に全国の信徒の皆様への問いかけを残したいと思います。教会は新しい”別の道”を選択するにあたって白熱した十分な論議と分析を加えた末に、その道のりを選択していますか。国家プロジェクトでは当時のヘロデ政権にあまりにも酷似した日本の歴史的な状況を見るときに、全国の読者たちの教会には、優れて勇気と英知に満ちた“別の道”に向かう白熱した議論とそれにふさわしい旅支度とを心から強く望みたいと思います。  
シャローム!

「にも拘らず」

 
札幌教会 重富克彦

1969年11月に、別府教会で按手を受けて41年と半年、日本福音ルーテル教会の牧師を務め、この3月現役を引退することになりました。定年許容ぎりぎりには一年早く定年退職です。生涯一度も、ぎりぎり一杯まで無理したことのないこの身、この度も若干の余力を残して引退させていただきます。
 11月に按手というのは奇妙ですが、1969年の神学校卒業生の中で9人だけは、教師試験をボイコットし、「九氏宣言」を出し、全国の教会を訪ね、教会のあり方についての討論を展開していたのです。そうしながら稔台の町工場で、アルバイトをして食いつないでいました。
 仲間の中には、何人か途中で辞めた者もいますが、反乱の筆頭株だったわたしが、41年と半年、この職務を曲りなりにも全うできたのは、奇跡だったと、しみじみ思います。
 キリストから戴いたこの職務は、わたしには尊い天職であり、天命であったと思っています。けれども、この仕事に疑いなく向いていたかと言えば、未だにそう言いきれないものがあることは否めません。どこか体に合わない洋服を着ているような気分を払拭することが出来なかったのです。新婚で初任地の別府に赴任してから、はらはらしながらもずっと信じて就いてきてくれた妻を14年前天に送りましたが、随分無理をさせていたのではないかと、思い出す度に忸怩たる思いに捕えられます。
 けれども、「わたしの恵みはあなたに対して十分である」という言葉は真実でした。わたしの現役生活に貫かれていた奇跡は「にも拘らず」というこの一事に尽きます。「にも拘らず、あなたはわたしのもの、わたしの僕」として、用い続けてきてくださったのです。主は、この「にも拘らず」によって、今からも、命ある限りわたしを支えてくださるでしょう。

園長日記 毎日あくしゅ

卒園 ―神さまに感謝して―

                    
 三月の声を聞くと、園舎のまわりは雪が残っていますが、窓から差し込む日差しは、日ごとに春を感じるようになってきます。
 一年間の幼稚園生活の最後の月になりました。
一人ひとりが精いっぱい遊び、十分満足することができるように、一日一日を大切に過ごしています。
 めばえ幼稚園では、卒園式で「おおきい木」(まどみちお作詞)を歌い続けています。

“ちいさい種から
    芽をだして 
 こんなに おおきく なったのか
 おおきい木 
  おおきい木 
   おおきい木
 じゅうにんで
  かかえても 
 まだてがとどかない とどかない”

 入園当初の、あどけない顔を思い出すと、神さまに守られて仲間と共に心も体も成長したことを感じ、一人ひとりの顔が自信につながり、輝いて見えます。
 3月16日には、第75回卒園式を迎えます。
 卒園児も四千六百人ほどになりました。その中には、親・子・孫や親・子で卒園した家庭もあります。また全国から音信を聞くことができるのは喜びであり、感謝です。
 幼い日に出会った神さまは、どんな時にも共にいてくださり、支えてくださることを信じて歩んでいくことを心より祈っています。
 めばえ幼稚園 園長 梅原裕子

日本福音ルーテル教会の社会福祉施設の紹介 その12

社会福祉法人光の子会
重度知的障害者通所授産施設ひかり工芸舎

施設長 吉 村 久 子

 どんなに重い障がいがあっても、『働きたい』という気持ちはみんなと同じ。どんなに重い障がいがあっても、決して特別ではないこの子供たちのために、住まいのあるこの門司で『働ける場』を作って欲しい・・という親たちの心からの叫びが行政を動かし、昭和51年9月1日、北九州市内で初めて、重度知的障害者通所授産施設として“北九州市立ひかり工芸舎”が誕生しました。・・・それから35年、今日も「おはよう!」「げんきぃ?」と、みんなの元気な声で工芸舎の一日が始まります。
 ここは働く場です。箱を折る、紙を貼る、袋に詰める、粘土を丸める、ビーズを通す、缶を潰す、紙パックをちぎる、お菓子を作る、など、たくさんの仕事があります。みんな〈自分の仕事場〉で〈自分の仕事〉をしています。仕事はいろいろですが、みんな一人ひとりが人の役に立ち、必要とされて働いてる・・とても大切なことです。35年前の願いが、今もこうしてこの場所で叶えられているのですね。今年70歳になる最年長の女性は「まだまだ働きますよ、当たり前!」と、いつも笑顔で35年間通っています。
 同じように趣味の時間も大切にしています。昨年は、北海道2泊3日・別府湯布院1泊2日・別府日帰りの3コースに分かれて旅行に行きました。「飛行機に乗って北海道!」「別府のおおきな温泉!」「どこがいいかなぁ迷うなぁ」と、行く前から大騒ぎでしたね。
 毎月1回行なうクラブ活動は、音楽・花茶・乗車・パソコン・調理工作・アウトドアスポーツの6種類から選択。中でも珍しいのは”乗車”で、その名のとおり乗り物に乗る!クラブなのです。バス、電車、モノレール、ロープウェイ、観覧車(これも立派な乗り物です)などなど、乗り物好き(外出好きでもある)が集まった活動です。
 仕事を頑張って、趣味も楽しんで、こうして今日も「さようなら」「バイバ~ィ」と、工芸舎の一日が終わります・・・そして「また、あしたねっ!!」
〒800-0005北九州市門司区羽山2-12-67
Tel.093-391-8677

高齢者伝道シリーズ(P2委員会)
福音宣教の前進を願って~P2の取り組み~

P2委員長  齋藤末理子

「証しし、奉仕する信徒になろう!宣教の担い手である信徒になろう!」の合言葉で進んできたP2委員会の働きもいよいよ終盤に入りました。これまでのご協力とお支えを感謝いたします。「LAOS講座」や「信徒宣言21」に示されてきた信徒論・教会論が私達の内で豊かに実を結び、福音宣教の働きがさらに前進するよう願っています。
 後半期には、特に高齢者伝道に目標を定め取り組みを行いました。急速に進む高齢化社会のただ中に生きる教会として、私たちの果たすべき働きを見定め、具体的に行動することが大切です。昨年は全教会にアンケート調査を実施し、現場の教会から多くの声を寄せていただきました。委員会ではその結果を分析し、現在教会が直面している課題やそれぞれの現場で取り組んでいる活動・アイデアなどをまとめる作業に入っています。また、これまで医療、福祉、死と葬儀をめぐる問題、教会生活、教会堂バリアフリーへの取り組みなど各専門家に執筆していただいたものをこの欄で紹介し、分かち合ってきました。
 今後P2委員会では、これらの内容を一冊のブックレットにまとめてお届けする予定です。私達を取り巻く高齢者社会の現状を正しく理解すると共に聖書から老い・病・死の意味を深く知りたいと思っています。
 このブックレットでは一部にその事柄を取り上げ、さらに二部には教会が果たす役割をハード、ソフトの両面から可能な限り具体的に提示したいと考えます。ぜひご期待ください。そして大いに活用してください。
 これを通して宣教を担う教職・信徒の働きがますます豊かになるよう願っています。

私の本棚から

J.K.ガルブレイス著 「不確実性の時代」都留重人監訳

 この本は経済学に関するものである。しかし、専門家ではなく、一般の読者を対象に書かれているので、比較的読み易いものになっている。
 著者のガルブレイスはハーバード大学教授でアメリカ経済学会会長を歴任のほか、国防省の経済顧問、インド大使などを務め、豊富な経験を持つ。2006年没。
本書は1976年に発刊、2年後には邦訳され、日本でもベストセラーになった。さて本書の内容であるが、何しろ500ページ近い大著であり、これを要約するのは難しいが、私なりに三点にしぼってまとめてみた。
 第一は、過去200年間の著名な経済学者、アダム・スミス、マルクス、ケインズ等の経済理論とその哲学思想、そして、これらの経済理論が実社会を動かした実績に論及していることである。第二は、貨幣についてその歴史的盛衰をつぶさに説明、長年にわたり貨幣は生活の安定の柱であったが、20世紀以降、貨幣は不確実性の要因になったと説いている。
 第三は、巨大法人企業の出現である。これは我々の生活を形作り、政府をも誘導する力を持ってきた。しかも、この法人企業を統御するすべはなく、その上、この経営責任は不明のまま肥大化していく、この巨大法人企業が現代の不確実性の主要な源泉だと著者は言う。
 さて、第一にあげた著名な経済学者の理論についてもう一度考えてみよう。著者の言によれば、かつてのアダム・スミスの「見えざる手」、マルクスの「資本主義崩壊論」のような、人々に確信を与える理念は今や存在していない。そして、これこそが「不確実性の時代」の本質だと著者は言っている。
 さて、この本が世に出されてから30余年が過ぎ、この間に世界は激変した。しかし、現在も本書が提起した問題点は変わることがない。そして、21世紀は不確実性のさらに深まる時代になったのである。私どもは今、この時にこそ、もう一度ガルブレイスの言葉に耳を傾けることが大切だと思う。
 武蔵野教会 川上範夫 

日本福音ルーテル教会 2011年度人事 (*敬称略)

 
提案者 人事委員会

■定年引退
(2011年3月31日付)
・明比輝代彦
・栗原 茂
・重富克彦

■新任
(2011年4月1日付)
(一般任用)
・浅野直樹(新任) 
 清水・小鹿教会(東海 教区)
 指導牧師:藤井邦夫
・市原悠史(新任) 
 甲府・諏訪教会(東教区) 指導牧師:大柴譲治

■人事異動
(2011年4月1日付)
【北海道特別教区】
・日笠山吉之 
 札幌教会主任
・岡田 薫   
 恵み野教会主任(兼務)
【東教区】
・内藤新吾   
 稔台教会主任
【東海教区】
・三浦知夫   
 浜名教会主任(兼務)
・田中博二   
 掛川・菊川教会主任(兼務)
・藤井邦夫   
 富士教会主任(兼務)
【西教区】
・沼崎 勇   
釜ヶ崎活動(兼務・責任者)
・永吉秀人   
 豊中教会主任(兼務)
・山田浩己   
 広島教会主任
 松山教会主任(兼務)
・佐々木赫子  
 宇部教会・下関教会・ 厚狭教会
・光延 博   
 シオン教会
【九州教区】
・木下 理   
 宮崎教会主任
・西川晶子   
 室園教会主任
・後藤直紀   
 合志教会主任・(荒尾 教会兼務)
 嘱託から一般任用へ変更
・濱田道明   
日田・甘木教会主任(兼務)

【在任21年延長(教職転任制度運営要綱第6条2)】
・松木 傑   
 聖パウロ教会主任
・市原正幸   
 西宮教会主任

■その他
●アメリカ留学(2011年9月1日より2年)
・後藤由起   
 本教会付

●宣教師
(2010年9月1日付)
・ヨシムラ・ヒロアキ& パイビ  
 東教区・神奈川東共同体

●J3プログラム
・Streed, Ms. Allyson(J3) スツリード・アリソン
 九州ルーテル学院
・Bedford, Ms. Allyson(J3)  ベフォード・アリソン 九州ルーテル学院
・Eige, Ms. Christine(J3)   アイグ・クリスティーネ 九州学院

●嘱託任用
(2011年4月1日付)
・鷲見達也  
 板橋教会 
 主任:立山忠浩(兼)
 一般から嘱託任用へ変更
・秋山 仁  
 小倉教会・直方教会  主任:岩切雄太(兼)
 一般から嘱託任用へ変更

●牧会委嘱
(2011年4月1日付)
・重富克彦  
 恵み野教会(新)
・藤井 浩  
 沼津教会(更新)
・明比輝代彦 
 富士教会(新)
・横田弘行  
 掛川・菊川教会(新)
・戸田 裕  
 復活教会(更新)
・重野信之  
 刈谷教会(更新)
・Aエリス  
 甲佐教会(更新)

●牧会委嘱終了
・中村圭助  
 甲府教会・諏訪教会
・山本 裕  
 浜名教会
・森 勉   
 広島教会
・松隈貞雄  
 宇部教会
・早川顕一  
 聖ペテロ教会

●休職
・汲田真帆  
 2010年9月~
・宮澤真理子 
 2011年4月~

石原寛先生を偲んで

ルーテル学院大学学長 市川一宏

 石原寛先生は、1990年に理事長にご就任になられ、以来、今日にいたるまで、ルーテル学院をお支え下さいました。
 この20年は、ルーテル学院にとって大きな変革の時でした。ブラウンホール、トリニティホールの建設、食堂、図書館の増築、神学生寮や学生厚生施設等のあるルターホールの増改築等のハード面、教育体制や教育プログラム・学生支援プログラムの充実等、いくつもの課題を乗り越えてきました。ルーテルのキリスト教教育を基盤に、困難に直面している人々の存在を支え、キリストの愛を届け、さらに生活を支援し、心の痛みを癒す人材を育てるという夢を実現しようと、理事・評議員、教職員、後援会、教会の方々が努力しました。しかし、困難に直面し、私たちが揺らいだ時に、理事長である先生からお励ましいただき、担当者と共に文部科学省と交渉し、夢を実現して下さいました。先生は大きな柱であり、私たちと常に共に歩んで下さった方でした。
 その先生が、2010年10月26日に天に召されましたことは、私たちルーテル学院に関わる者にとっても、大きな悲しみであります。なぜなら、私たちは先生から、いつも3つのものをいただいていたからです。
 第1は、元気です。私たちは、未来を描き、様々な改革を目指してきましたが、人材や資金の確保、文科省への手続きの行き詰まり、法律問題等に直面しましたが、先生は先頭に立って皆を励まし、元気を与えて下さいました。
 第2にやる気です。目に見える、足下ばかり見てしまう私たちは、時として蛇行します。その時、先生は将来にむかって目を上げて歩むことを教えて下さいました。先生はピカソが言った、「もっとも傑作は、ネックストワン」という姿勢を貫かれました。だから、私たちはぶれませんでした。
 第3は勇気です。先生は熱心なクリスチャンで、神の愛と希望を私たちに運んで下さいました。神の導きを覚え、私たちは、いかなる困難に直面しようとも揺るがぬ勇気を与えられました。共に学院を支えてくださる京子姉、先生を送り出してくださいました日本福音ルーテル市ヶ谷教会の方々に、心より感謝いたします。
 そして、2011年1月11日、新理事長として、前神戸女学院院長・理事長であられた松澤員子先生が選出されましたこと、感謝をもってご報告させていただきます。

ルーテル社会福祉協会高齢福祉部 キリスト教理念管理職研修のお知らせ

1月20日、袋井市のデンマーク牧場福祉会において、今後のキリスト教社会福祉施設の管理職への理念継承の問題について関係者で話し合い、以下の通り研修会を開催する運びとなりました。

日時:2011年6月19日(日)~6月21日(火)
場所:静岡県浜松市近郊の研修センター
事務:白川氏(0538-23-0380)
法人の参加人数:3~4名までの限定(次世代の管理者・幹部候補生)+スタッフ管理者1名
プログラム
①参加者による各法人の歴史と理念の発表会
②管理者としてのキリスト教理念に対する率直な思いの分かち合い(小グループ)
③各グループの分かち合い
④理念の背景としての教会の情熱(白川氏)
⑤ケーススタディ―長谷川保の場合(山本誠教授聖隷クリストファー大学)
⑥スタッフ管理者の理念にかける情熱と証(高橋氏、石倉氏)
⑦学びを終えて管理者として理念をどう表現していくかについて各自発表

創作讃美歌募集要項の記事について「補足説明」

 前号の掲載記事に「ァ諸行事その他」の項目として「マイノリティの者への歌」という表記をいたしました。説明を補足しますと、「少数の立場の方であっても具体的に讃美歌に取り上げられてこなかった方々を視野に入れて一緒に賛美する歌、つまり、共に賛美する歌、あるいはその方々を覚えて祈りや願いとともに賛美する歌」となります。決して差別的に表記したものではありません。言葉が足りなかったことをお詫びします。教会の勤めを思う時に、讃美歌を用いて福音を全ての人に届けることも一つの方法と考えて、いままで言葉にして讃美歌に含まなかった方々を具体的に覚えたいという趣旨です。そのような視点からも、歌をお寄せいただければと願うものであります。
教会讃美歌委員会委員長      日笠山吉之

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