るうてる2026年11月号
説教「幸いである」
中島共生(日本福音ルーテル都南教会・湯河原教会牧師)
「心の貧しい人々は、幸いである、
天の国はその人たちのものである。」
(マタイによる福音書5・3)
11月の第1主日は全聖徒主日として守られます。私の司牧する教会では召天者を覚える礼拝として、会堂の最前列に在りし日の写真を並べます。この日は、なかなかお会いすることのかなわない人も一堂に会します。天に召された者のこれまでを、そして死してなお主の恵みの内にあることを隣人と共に、感謝し、祈りを合わせる一日です。
今年の全聖徒主日には、マタイによる福音書から山上の説教が日課として与えられました。5章から7章までがいわゆる、山上の説教と呼ばれる部分であり、多くの人々に愛されてきました。マタイ福音書は主イエスが山に登られたことを強調します。山の上から主イエスは語られたのだと、遠くまで聞こえるように、と。それは、幸いを求めた多くの人々に聞いてほしかったからではないでしょうか。道に迷った子羊の様に、弱り果てた人々を憐れんだからではないでしょうか。はた目には幸いとは程遠いところにいる、そう思われていた人々に向けて、主イエスは「心の貧しい人々は、幸いである、天の国はその人たちのものである。」この言葉から始まる、八つの幸いについて教えるのです。八つの幸い、どれか一つを取ってみてもそれだけで説教ができるような恵みに溢れたみ言葉です。そのいずれにも共通する視点があります。それは、誰の目に幸いであるか、という視点です。私の目から見て幸いなのではないのです。主があなたを見て、あなたは幸いだ、そう語ってくださる、主の目にある幸いです。
しかしながら、心の貧しい人は、どうして幸いなのでしょうか。心の貧しい人と聞くと、心の狭い人や、対人関係においてあらわになる人間の至らなさを想像するのです。そうなりたくないと、私たちは思うのではないでしょうか。しかし、この箇所において主イエスは『霊的に貧しい人』について幸いだと言われています。霊的に貧しい人とは、神様に対して自分の至らなさを自覚している人です。言い換えるならば、心を神様に向けてへりくだることのできる者、そのような者を「心の貧しい人」と呼ぶのです。『神様、私はこんなにも、欠け多き者です。その私をあなたの恵みによって、強めて下さい。』そのように神様と向き合う、霊的に心の貧しき一人一人に、神様は語り掛けるのです。「あなたがたは、幸いである」と。
この「幸いである」という言葉に、「天の国はその人たちのものである」という約束が続きます。本来は、なぜなら、という接続詞が付加されますから、「心の貧しい人々は幸いである、なぜなら、天の国はその人たちのものなのだから。」となります。主を主と知って生きてゆくことの恵みを、私たちは先達の後ろ姿から教えられてきたのではないでしょうか。主の語る幸いはそれだけでなく、その先にある天の国をも約束してくださっています。主を主と知り、天の国への希望を胸に生きてゆく。まさに、幸いな者の歩みです。
天の国の希望、それは、単なる希望、『そうなるといいね』、というニュアンスではありません。将来、必ずそうなると約束されているのです。『天の国はその人たちのものだ!』と、主イエスは山の上から、み言葉に耳を傾ける人々に約束してくださったのです。
全聖徒主日を迎えるにあたって、それぞれに先に召され、天の国の住人となった先達の顔が浮かぶでしょう。この日、み言葉を通して私たちに語られた約束が、先に逝きし先達に与えられていないなどということはあり得ません。私たちと同じように、み言葉を通して神様は天の国を約束してくださっているのです。ですから私たちは、先達の歩まれた道のりを思い起こす中で、その生涯をみ言葉によって支えてくださった神様に感謝を合わせたいのです。
先達がたどり着いた天の国に向けて、私たちはなお地上の歩みを続けてゆきます。この旅の目的地は天の国、地図は聖書です。同伴者は、大勢の仲間とイエス様。そういう歩みを、私たちはこれからも続けてゆきましょう。
エッセイ「命のことば」伊藤早奈
(80)「あれ?」
「わたしはお前たちの祭りを憎み、退ける。祭りの献げ物の香りも喜ばない。」
(アモス書5・21)
「あなたを見てショック受けたみたい」そのようなことを言われて自分は、そのように思われたことがショックでした。自分もとうとうそこまで…。ずっと自分は、他人に勇気を持つようにと方向付けても、絶望させることはないと思っていました。
そう言えば同じ花の香りを感じても、自分の置かれた立場の状態によって変わることがあることに気づきます。ある花の種を誕生日に貰い、庭いっぱいになったときはすごく嬉しくて、その花が大好きになったけど、何年か後、家族が入院している病院の中庭で、その花が風に揺れているのを見て悲しい思いをしたことも思い出します。同じ花なのに嬉しかったり、悲しかったり、同じ花でもこんなに心が動くのかとびっくりします。
私の病状を見てショックを受けた方とはもう何年もお会いしていません。ただ、「あなたを見てショック受けたみたい」と言われてからあまり積極的には自分の病気を言えない自分がいました。ところが最近、「あなたと同じ時に入院で良かった」と全く逆のことを言われて拍子抜けしました。「置かれた場所で咲きなさい」と何かの本で読んだことがあります。自分が他人にどう思われるかはどうでもいいとは思いませんが、自分がどう思われるかより、自分がそのままを生かされているだけでいいんだなと今は思います。同じ花を見ても、同じ人間を見ても、どんなものを見ても、見た人の数だけ、その人の置かれた立場によって見え方が変わりますが、あなたは変わりません。そのままでいいのです。
リレーコラム「全国の教会・施設から」㊶
日本福音ルーテル富士教会
ウェル・シバラニ(日本福音ルーテル富士教会信徒)
川口紀子(日本福音ルーテル富士教会信徒)
富士教会は、富士山を北に望みJR富士駅からは徒歩圏内にあります。教会の歴史は、東海教区および日本のルーテル教会の発展と密接に関わっています。
1953年に米国伝道部(ELC)の宣教師が着任し、翌年から富士での伝道と集会が始まりました。1955年に旧会堂が献堂され、初期から自主自給を目指した伝道が展開されます。1960年代には教会合同を経て「日本福音ルーテル教会東海教区」に属し、邦人牧師の招聘や自給化に向けた体制整備が進められました。
1980年代には、土地交換を経て新会堂が建築され、1983年に献堂式を執り行いました。米国伝道部の撤退や経済的課題を抱えながらも、1990年代には、山本牧師のもとで教会債の完済や体制見直しが行われ、教会員41名の群れへと成長を遂げました。
2000年代には、設備の増改築や牧師の交代があり、一時期は専任牧師を置かない期間もありましたが、沼津教会との連携や信徒説教・代読によって礼拝の継続が守られました。2011年には、明比牧師を迎え、東日本大震災による被害の修復や沼津教会との合同事業など、宣教共同体としての働きを推進しました。
数年前より、インドネシアの技能実習生が礼拝に参加することが多くなりました。時には日本人よりインドネシア人の方が多い礼拝もあります。インドネシアは、人口のほとんどがイスラム教ですがキリスト教徒も10%ほどいます。キリスト教徒の多くは、子どもの頃から家族で教会に行くことが習慣となっていて生活に信仰が根付いています。
現在、礼拝では「主の祈り」を日本語とインドネシア語両方でお祈りしています。また、説教の要旨をインドネシア語に翻訳したものを用意しています。イベントとしては、バーベキューでインドネシア料理を食べ、インドネシア語の讃美歌を歌い、カレーパーティーを行って楽しい交わりの時を過ごすことが出来ました。今後も、こうした活動を続けていきたいと考えています。
時代は移り変わり教会の歩みも少しずつ変化しています。しかし、幾多の試練の中で先人たちが祈りと奉仕を重ね、神の導きと愛に支えられて歩んできた教会は、未来への確かな希望へとつながっていると信じています。
社会福祉法人光の子会 光の子学園
「五十四年の歩み―天の国はこのような者たちのものである―」
山下学(光の子学園園長)
1960年代後半。日本福音ルーテル門司教会附属門司幼稚園に障がいのある幼児を育てるお母さん方が訪れ、幼稚園の園児が降園した後に園庭を開放してもらえないだろうかという相談が寄せられました。地域にも公園はありましたが、安全対策が十分ではなく、また、当時は障がいに対する偏見も根強く、母子が安心して遊べる空間ではなかったのかもしれません。相談を受けた門司教会牧師で門司幼稚園園長でもあった内野重人牧師は幼稚園職員、門司教会員と話し合い、賛同を得、園庭を開放するとともに、北九州市に働き掛け、1967年、「光の子母子養護学級」の設置認定を受けました。やがて、この小さなうねりは1972年の社会福祉法人光の子会の設立認可、児童発達支援センター光の子学園の開設へとつながっていきました。
「光の子として歩みなさい。」(エフェソの信徒への手紙五・八)を法人を象徴する代表聖句に、「障がいの有無にかかわらず共に暮らしやすい社会と文化の創造を基本的使命とする」理念の下、「共に生き、共に生かされる」をキャッチコピー(スローガン)として、光の子学園に続いて障害福祉サービス通所事業所(B型、生活介護型)二件、入所事業所(共同生活援助、短期入所)一件、相談支援事業所一件、放課後等デイサービス事業所一件と成長させていただきました。
「光の子として歩む」と言うとき、私たちは「光の子らしくあらねばならない」と自らを縛ろうとしがちですが、聖書には同節前段に「今は主に結ばれて、光となっています」と記されます。つまり、既に主から与えられている光の性質のままに歩みなさいと語られているのです。大人になるに従い、いろいろまとってきた余分な性質をそぎ落として本質(光の性質)に立ち返ること、そのお手本は目の前の子どもたち、障がい者と呼ばれる利用者さんたちなのだろうと思うのです。
改 宣教室から
小泉基(日本福音ルーテル札幌教会牧師・宣教室長)
星出卓也(日本長老教会西武柳沢キリスト教会牧師)
小泉 星出先生には、社会委員会がこの夏と秋に企画したオンライン学習会「反ヤスクニの視点で聖書を読む」と「靖国神社フィールドワーク」で、大変お世話になりました。先生は主に、日本キリスト教協議会(NCC)靖国神社問題委員会や日本福音同盟(JEA)社会委員会などで活動してこられたことを伺っていますが、日常的には、どのような取り組みがあるのですか。
星出 信教の自由を侵害する法律制定や政府の動き、社会で起こる人権侵害、戦争を推進しようとする動向やかつての国家神道体制に戻そうとする働きかけに対しての情報収集。政教分離訴訟の動向を追い、人権活動を担っている方々と働きを共にします。首相や閣僚らが靖国神社参拝や伊勢神宮参拝を行わないよう地方自治体に対しても神社への支出を行わないよう要請文・抗議文を送ります。教会に対しては、政治的課題の中に込められた信仰的課題を説明するとともに教会と国家、信教の自由の問題を神学的に深め続けます。
小泉 多様なお働きを地道に続けて来られたのですね。いろいろご苦労もおありのことと思います。
星出 課題が次から次に押し寄せて、学んでも追いつきません。一つ一つの課題には、計り知れない深さと広がりがあります。また法律や政府を時に批判していくことは教会の課題ではないかのように理解がなかなか得られづらいことです。また、教会の戦争責任や戦争協力の歴史の記憶が、戦後80年が経過し確実に薄れてきていることでしょうか。
小泉 課題を共有していくことに難しさがあるのですね。先生ご自身はどのように靖国問題と出会われたのですか。
星出 2003年に東京都が10・23通達を出し、都内の教職員に君が代起立斉唱を強制した時に、私自身も小中学校の来賓席に招かれる中で、君が代不起立の重圧を肌で感じたことです。今まで歴史から学んで来た内村鑑三不敬事件や神社参拝を国民の義務として求められた教会がかつて問われたことが、過去のことではなく今の現実の課題であることを感じたことがきっかけです。
小泉 過去の歴史に学ぶことは、今の教会をつくっていくことでもあるのですね。最後に先生の愛唱聖句を教えていただけますか。
星出 ローマの信徒への手紙8章38節〜39節とマタイによる福音書10章28節〜29節です。
小泉 どうもありがとうございました。
教会とディアコニア⑪
石居基夫(ルーテル学院大学学長・日本ルーテル神学校教授)
政治的ディアコニアと言われる働きがあります。耳慣れない言葉ですね。ディアコニアは基本的に社会の中で具体的ニーズを持った方々への支援としてイメージされます。けれども、そのニーズは、必ずしもその個人に起因するものというわけではありません。むしろ、社会的要因によってもたらされている困難や、少なくとも社会的施策がないことによって困難がより重く、その人にのしかかっているということが少なくないのです。
たとえば、性別や人種による差別などが問題になりますが、明らかにその社会がつくってきた価値観によって、個人的関係においてだけではなく、法律や制度においても生きづらさを一方的に特定の人たちに強要しているということがあるわけです。社会的弱者とされている人たちは、自分たちの置かれた現実を変えていく力さえ奪われたままに、その苦しさを負い続けることになりかねません。そこで、こうした弱い立場にある人たちと共に生きる社会を目指す政治的な取り組みが、ディアコニアの働きの一つとして求められるのです。
聖書には権力者によってもたらされる抑圧や不正を指摘・批判して、弱い者、低き者への神の救いを約束する預言者たちの働きが記されています。モーセ、エリヤをはじめとする預言者たちは、まさに不当な苦しみをもたらす政治的権力に対する神の審判を告げ、苦しむ人々に対する神の救いを約束したわけです。全てが完成する終末に向かって神が働かれるときには、この世の政治的権力に対峙し、社会全体のあり方を変えていくような取り組みも起こされるわけですね。
イエスご自身、当時の社会において苦しみの中におかれていた貧しい人々や病人、障がいを負う者、女性や子どもたちに救いをもたらすように働かれ、しばしば、当時の律法主義的宗教社会の権力者と論争して、神の恵みを分かち合う喜びとその力を訴えられました。それは、人々に仕えるためにおいでになったイエスの政治的ディアコニアと言えるでしょう。
私たちが聖書から「神の国と神の義」をまず求めるように教えられるとき、具体的な不正義を見つめ、社会において声を奪われている人々の声に耳を傾けることが不可欠なのです。そして、現実にどうしたらこの社会を変えていくことができるか、祈り、知恵と手を合わせ、政治的に声をあげていくこともディアコニアの大切なつとめと言えるわけです。
世界の教会の声
森田哲史(日本福音ルーテル大森教会牧師・世界宣教委員)
「カンボジア宣教について③」
「カンボジア宣教計画について」
カンボジアルーテル教会(以下、LCC)とコミュニケーションを取る中で、LCCが求めるさまざまなニーズを伺いました。その上で、世界宣教委員会で検討し、カンボジア宣教について以下の取り組みを計画しています。
1.神学教育の提供
第一は、牧師や信徒リーダーを対象とした神学教育です。カンボジアにはルター派の神学校がないため、特にルター神学を学ぶ機会へのニーズがあります。具体的には、日本からカンボジアへ定期的に訪問し、数日間の集中講義を行うことに加え、Zoomを利用した継続的な講義を検討しています。
2.ボランティア派遣
第二は、ボランティア派遣です。求められていることの一つは英語教育です。地方では英語教育を担う人材が不足する一方、大学進学には英語が必要となるため、地方の子どもや若者に英語を教える人材が求められています。
農業分野では、有機農法や堆肥づくり(コンポスト)について経験を持つ人材を派遣し、現地の農業活動に協力することを検討しています。専門的な指導だけではなく、短期で収穫作業などに参加する形も考えられます。
ボランティアについては何か決められた作業をこなすだけではなく、一定期間現地に滞在し、必要な仕事を自ら見つけながら関係を築くことが重要であることも視察を通して実感しました。
3.アジア学院への派遣支援
第三は、LCCからアジア学院への派遣を支援することです。アジア学院は、1973年に栃木県那須塩原市に設立された農村指導者養成のための学校です。主にアジア、アフリカ、太平洋地域などから、地域に根ざして活動する農村指導者を受け入れています。有機農業や食料生産について学ぶだけでなく、全寮制の共同生活の中で、農作業や食事、話し合い、役割分担などを共にします。その中で、サーバント・リーダーシップ、コミュニティー形成、持続可能な農村開発などについて実践的に学びます。2026年度はすでにオン・シチャンさんがアジア学院に派遣されており、今後も継続して派遣支援を行っていきます。
また、LCCのスレリャック監督からは、お互い小さい教会、マイノリティーとして同じような状況だからこそ、さまざまな交流を通して励まし合いたい、という声がありました。最後に前世界宣教主事である、浅野直樹sr.牧師が紹介してくださったルーテル世界連盟の議長を務めたジョサイア・キビラ監督の言葉をあらためて引用したいと思います。「たとえ大きく豊かな教会であっても、他者の賜物を必要としない教会はない。たとえ小さく貧しい教会であっても、他者を豊かにできない教会はない」
※連帯献金「カンボジア宣教」を覚えてお捧げいただければ幸いです。
社会委員会主催「靖国神社フィールドワーク」報告
佐伯里英子(日本福音ルーテルシオン教会信徒・社会委員会委員)
社会委員会では、これまでさまざまな社会課題について学び、発信してきました。
7月17日、議員立法で「国旗の損壊等の処罰に関する法律」が成立しました。日本キリスト教協議会(以下NCC)も多くの個人、団体と共に国旗損壊罪創設に反対の声を上げてきましたが、現状のような結果になっています。
今回社会委員会のフィールドワークでは、天皇と国旗の下に戦死した方々が「英霊」として祀られている「靖国神社」を訪ねました。NCC靖国神社問題委員会の岡田薫牧師(日本福音ルーテル帯広教会牧師・札幌教会協力牧師)から多くの情報を頂き、日本長老教会西武柳沢キリスト教会の星出卓也牧師から「反ヤスクニの視点で聖書を読む」のテーマで事前の学びもありました。
訪問当日は、星出牧師の説明・案内で、社会委員会のメンバーを含め、総勢10人でのフィールドワークでした。まず、ヤスクニ境内でのお祈りからスタートしました。
星出牧師からは、ヤスクニは戦死者遺族の不満や怒り、批判を抑える役割を担っているということでした。つまりヤスクニは、国家のために仕方なくではなく、「喜んで」戦い死ぬという意味を与えました。高橋哲哉氏は著書『靖国問題』の中で、このことを「感情の錬金術」と言います。当然戦死者の中にはクリスチャンがいます。クリスチャンの遺族は二つの苦しみを背負いました。戦争で肉親を奪われたことと、クリスチャンである肉親を靖国神社に祀られたことです。「名誉の戦死」「崇高なる犠牲」と「死」に意味を与え、戦死者を「偉人」「英雄」とし、これを国家が顕彰することを通して、続く戦死者を生み出していくシステムをつくりました。
そして、今回のフィールドワークで気づいたのは、今もこのシステムの役割をヤスクニが果たしているという不気味さでした。それは、「靖国神社遊就館」を見学するとよく分かります。丁寧に見れば1日を要するほどの膨大な展示資料です。ここでは加害の歴史についてはほとんど触れていません。太平洋戦争については、オランダやフランス、イギリスの植民地支配からアジア地域を解放する「民族の独立」とうたっています。見学者は次々とやってきて、百人を超えるビジネススーツ姿の若者の集団、修学旅行の中学生グループに出会いました。多くの見学者が批判的に見てくれることを願っています。
TNG委員会ユース部門「リーダー研修キャンプ」報告
多田哲
(日本福音ルーテル合志教会・水俣教会牧師、TNG委員会ユース部門長)
9月21日(月)〜23日(水)の3日間、沖縄にてTNG委員会ユース部門「リーダー研修キャンプ」が行われました。青年とスタッフを合わせて4人が参加しました。
今年は日程を2泊3日に短縮し、9月のシルバーウィークに開催いたしました。一つには社会人の青年も参加しやすいようにと考えたからで、また、プログラムも見直し、初めての人でも参加しやすい内容をスタッフで検討しました。見てほしいもの、知ってもらいたいことはたくさんありますが、限られた時間の中で何を伝えることができるか話し合い、まず、沖縄に来てもらうこと、沖縄という場所を知ってもらうことから始めたいという思いで企画しました。
初日は、日本キリスト教団ぎのわん教会の望月智牧師のガイドで、南部にある第一外科壕跡、ひめゆりの塔、平和の礎を訪問。特に、ひめゆり平和祈念資料館は一回で全てを見ることができないので、何回も足を運ぶことで、スタッフの私自身も、少しずつ受け止めることができてきています。夕方には普天間基地ゲート前で毎週ゴスペルを歌う集会に参加。社会情勢の変化や高齢化の影響で参加する人も徐々に減っている現状にあっても、真摯に向き合い、諦めない心を目の当たりにしました。
2日目は、普天間基地が見える嘉数の高台に上った後、車で北上し、瀬嵩灯台跡に上り、名護市辺野古にある新基地建設現場を見渡しました。その後、読谷村にある歴史資料館を訪問し、さらに、沖縄戦の際、米軍から身を隠すために住民が避難したチビチリガマとシムクガマを訪ねました。読谷出身のガイドの方にこれらのガマについて詳しく説明していただきました。ガイドの方の祖父がシムクガマに隠れて生き延びた経験も交えた、真に迫るお話を聴くことができました。
次に、嘉手納基地を見渡せる道の駅かでなを訪問。嘉手納町は町域の約8割が米軍基地です。その後はセミナーハウスに戻り、琉球弧の先住民族会の代表である当真嗣清さんにお話をうかがいました。日本が明治時代に琉球を併合して以降、これまで続いてきた不均衡な関係性に触れたようでした。私たち自身の当たり前を捉え直す意識の切り替えが必要だと痛感しました。
最終日は午前中にかつての琉球国の王府が置かれていた首里城跡を見学し、昼に解散いたしました。いつもTNG委員会ユース部門の活動にお祈りとお支えをいただきまして、いっぺーにふぇーでーびる(本当にありがとうございました)。
熊本地震支援団体紹介 YNF(よかねっと福岡)
池谷考史(日本福音ルーテル博多教会・福岡西教会・大牟田教会・門司教会・小倉教会・八幡教会・直方教会牧師・日本福音ルーテル教会九州教区長)
全国の皆様から寄せられている熊本地震支援緊急募金は、特定非営利活動法人YNF(よかねっと福岡)が行う支援活動に必要な経費を支えるためにも用いられます。
YNFは2017年7月に発生した九州北部豪雨の災害支援をきっかけに任意団体として設立され、2018年7月に法人化された団体です。災害支援活動を専門に行い、特に支援の手の届きにくい「在宅被災世帯」への支援に力を入れておられます。
大規模災害によって自宅に住むことができなくなった方への支援として、公的な避難所や仮設住宅などが設けられ、そこで生活する方々には、行政や各支援団体から多くの支援の手が差し伸べられます。一方で、さまざまな事情で避難所などに入ることができない「在宅被災世帯」の方々も多くおられます。こうした方々の助けを求める声やニーズは埋もれてしまいがちであり、しかも支援に関する有益な情報も届きにくいため、結果的に十分な支援を受けられず、支援の格差が生じてしまう現状があります。こうした方々に対しては個別の対応が不可欠です。YNFでは在宅被災世帯を一世帯ずつ訪問し、丁寧にニーズを聞き取り、必要な支援へとつなぐ活動を行っておられます。また、それぞれの生活を再建していく過程では、法律に関わる問題や公的な手続きへの対応も多いため、専門的な知識を持った建築士や弁護士など、生活再建に必要な専門家につなぐ支援を行っておられます。
また、災害の発生から生活再建に至るまでには長い時間を要しますが、被災した方との信頼関係を築きながら、中長期にわたって支援を継続することもYNFの支援活動の特色といえるでしょう。九州教区では、これまで数度の豪雨災害に際し、募金活動などを通してYNFと連帯してきました。2026年の熊本地震支援においても、災害支援の実績・専門性を有するYNFと連携しています。
