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るうてる2024年

るうてる2024年04月号

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「見ないのに信じる人は、幸いである」

日本福音ルーテル教会引退教職 野口勝彦

「わたしを見たから信じたのか。見ないのに信じる人は、幸いである。」(ヨハネによる福音書20・29)

  「青いお空の底ふかく、海の小石のそのように、夜がくるまで沈んでる、昼のお星は眼にみえぬ。
見えぬけどもあるんだよ、見えぬものでもあるんだよ。」(『童謡詩人 金子みすゞ いのちとこころの宇宙』JULA出版局)

 この詩は、私の初任地の一つである二日市教会で、最初の説教を始める直前に起きた福岡県西方沖地震の日に、説教の中でお話した童謡詩人、金子みすゞの「星とたんぽぽ」という詩の一節です。
 彼女は、自分の愛娘ふさえを夫の手から守るため「ふさえを心豊かに育てたい。だから、母ミチにあずけてほしい」との遺書を残して、自らの命を絶ちました。そして、その命を絶つ前日に自分の写真を写真館で撮りました。その写真には、明日、自ら命を絶つという悲壮感や絶望感は見られません。そこには、娘ふさえが、自分が記した遺書のように「心豊かに育ってほしい」という願いと希望が溢れています。
 また、1988年10月9日、55歳の若さでがんにより天に召された国際派ニュースキャスターの山川千秋さんが、ご自分の愛妻穆子(きょうこ)さんに残された遺書の最後で「すべてを主にゆだね、二人の息子を信じてたくましく生きてください。あなたなら、それをやってくれる。なにより、三人には、主の愛の衣があるではないか。感謝と、はげましと、愛をこめて」(『死は終りではない: 山川千秋・ガンとの闘い180日』文藝春秋)とつづられた中には、自分の死を目前に見つめながらも、その死への不安と恐怖はみられません。そこには、ただ、主への信頼と感謝、また、妻への信頼と感謝のみです。
 この二人に対し、このみ言葉に登場する「ディディモと呼ばれるトマス」のその姿は、全く対照的です。トマスは、「ほかの弟子たちが、「わたしたちは主を見た」と言う」言葉を聞くと、即座に「あの方の手に釘の跡を見、この指を釘跡に入れてみなければ、わたしは決して信じない」と言うのです。
 しかし、トマスも実際に、イエスさまが自分たちの「真ん中に立ち、「あなたがたに平和があるように」と言われ」、「それから、トマスに」、「あなたの指をここに当てて、わたしの手を見なさい。また、あなたの手を伸ばし、わたしのわき腹に入れなさい。信じない者ではなく、信じる者になりなさい」と言われると、即座に「わたしの主、わたしの神よ」と信仰を告白します。
 「聖トマスの不信」という題のカラヴァッジオの絵画の中での彼は、実際にイエスさまの釘跡に指を入れてその傷を確かめていますが、このみ言葉の中のトマスは違います。彼も、本当はイエスさまを他の誰よりも強く求め、会いたいと心の底から思っていたのでしょう。
 イエスさまは、そのトマスの信仰告白に対し「わたしを見たから信じたのか。見ないのに信じる人は、幸いである」と言われます。
 このトマスの姿に出会う時、私たちは自分自身の姿をそこに見ることはないでしょうか。自分の目で、耳で、手で、イエスさまを確かめることができない時、自身の信仰に自分の感覚を通して実感が持てない時、「あの方の手に釘の跡を見、この指を釘跡に入れてみなければ」とトマスのように言ってはいないでしょうか。また、心の中で密かに思っていることはないでしょうか。そんな時、イエスさまが、このトマスのように私たち一人一人の前に現れて「わたしを見たから信じたのか。見ないのに信じる人は、幸いである」と言われるのです。
 「幸い」、それは、「神からの力を得る」ことです。それは、すべての不安や恐怖から解放された至福の状態に至ることです。そして、それこそが信仰を、救いを得ることなのです。
 イエスさまは、全ての人にその信仰を、救いを得てほしいと、復活された今、私たち一人一人に直接、語りかけてくださっているのです。
 冒頭の詩は次のように結ばれます。
 「散ってすがれたたんぽぽの、瓦のすきに、だァまって、春のくるまでかくれてる、つよいその根は眼にみえぬ。見えぬけれどもあるんだよ、見えぬものでもあるんだよ。」(『童謡詩人 金子みすゞ いのちとこころの宇宙』JULA出版局)

エッセイ「命のことば」 伊藤早奈

㊾「つながり」

「わたしにつながっていなさい。わたしもあなたがたにつながっている。ぶどうの枝が、木につながっていなければ、自分では実を結ぶことができないように、あなたがたも、わたしにつながっていなければ、実を結ぶことができない。」(ヨハネによる福音書15・4)

 「一度もお会いしたことないのに二人は大切な存在同士になってて不思議ですよね。」
 その方とのメールの交流は昨年の5月から毎日続いております。メールの最後には必ず「お祈りしております。」と付け加えます。そうすると不思議と祈っているのは私一人ではないと思うし私が祈っている相手の方も一人ではなくイエス様がその方と一緒にいてくださると思えます。

 「二人または三人がわたしの名によって集まるところには、わたしもその中にいるのである」(マタイによる福音書18・20)
 ずっとこのみ言葉は、例え私が一人で祈っているのだと思ってもイエス様が共にいてくださり一人ではないんだな、イエス様と私で二人だもんと思っていました。でもそれだけではなかったことに今気づき感激しています。
 祈りには距離は関係ありません。ましてや相手の容姿や国や身分も関係なくただあるのはイエス様が中にいてくださることだけです。
 一度もお会いしていないのに毎日メールで言葉を交わしているだけなのに親しいと思えるのはイエス様が二人の中にいらっしゃるからなのかしら、と思うとき祈りでつながるお一人お一人の中には確かに顔は知らないけど祈っている方もおられるなと思い出しました。
 すごいですよね全く意識もしてなかったような人も祈りの対象になった途端イエス様が中にいてくださることを思い出し親しくできるなんて。
 「お祈りしております。」という言葉って呪文でもなんでもなくて「あなたは大切な人です。」って神様が言われていることを伝えるお手伝いの一つなのかな。

リレーコラム 「全国の教会・施設から」⑪

日本福音ルーテル 聖パウロ教会 宇野仰(日本福音ルーテル聖パウロ教会書記)

 東京スカイツリーから総武線を挟んだ反対の南側にある聖パウロ教会は、1923年に関東大震災の罹災者救援の施設「ホーム」として開設されたベタニヤホームがそのルーツとなっています。この地域は1945年にも東京大空襲で壊滅的な被害を受けました。その後「ホーム」の礼拝から本所伝道所が生まれ、1955年に聖パウロ教会と命名され、ベタニヤホームに隣接した教会堂が建てられて現在に至っています。
 来年の2025年に70周年を迎えますが、私たちの教会では、会堂の老朽化と会員の高齢化という課題を抱えています。具体的な方策を検討していくためにも、ベタニヤホームとの協働、地域への働きかけを更に進めてゆく必要を感じています。
 聖日ごとに子ども礼拝、主日礼拝が問題なく執り行われてきた当たり前の日常が、諸般の問題によって、変化を余儀なくされてきました。単に礼拝に出席するという姿勢からさらに踏み込んで、教会員一人ひとりが意識して、今後の教会運営をどうしてゆくかを考える必要性が高まってきました。役員会では共同牧会も視野に入れて話し合いが行われており、総武地区の諸教会とも緊密な関係を築いていく必要性を感じています。
 幸いなことに年間を通じて新来会者も少なからずありますので、新しい方を迎え入れる手段の一つとして教会員が積極的に声をかける姿も目立ってきました。
 聖パウロ教会はCOVID―19で教会員が会堂に足を運ぶことが困難だった時に、いち早く環境を整え、教会員の各家庭とインターネットを通してのZoom礼拝を守ってきました。そしてそれはコロナの影響が減少した現在でも続いており、また毎週水曜日に行われる聖書会は、午前中は教会で、夜はZoomを使って、各家庭と結ばれわかちあいの時をもっています。
 特に東京の下町と呼ばれる地域では防災など、緊急事態が起こった時に近隣との連携はなくてはならないものになるでしょう。さまざまな問題を抱えるこの世界の中で、与えられたこの場所において主のみ言葉が正しく宣べ伝えられることを祈ってやみません。

小城ルーテルこども園
牧野惠子(小城ルーテルこども園 園長)

 私たちは、9年前に、幼稚園から認定こども園へとかたちを変えました。小城の地に1909年、宣教師C.K.リッパード氏により幼児教育の灯が灯されました。九州における幼児教育の先駆けであり、ルーテルでは佐賀幼稚園に次ぐ歴史です。幼子たちと共に神の恵みの内にバトンを受け継ぎ創立115年目を迎えています。本年3月までに送りだす卒園生の数は5529名です。ある卒園生が提案して始まった「幸せのクリスマスの灯り」は、毎年、地域の方や園児、卒園生が家族で楽しみに待っている行事です。その夜は卒園生によるページェントを含むクリスマス礼拝をした後、参加者皆で、園庭に並んだ5000本のろうそくに火を灯していきます。みんなの心が温まるひと時です。
 園庭には、宣教師が母国の木を植樹したであろうユリノキが園のシンボルツリーとして大きく枝を伸ばしています。夏には木陰を作り、子どもたちの泥んこ遊びを見守り、秋には色づいた葉や木の実を落とし、子どもたちの宝物となっています。100年前と変わらず、春にはかわいい小さな葉が芽吹き、100年前と変わらず神様の変わらぬ恵みを感じる嬉しい時です。
 今年の卒園児が年少の時から始めたSDGs活動が、「どんぐり銀行」です。皆でどんぐりを集め、どんぐり銀行に預けると、森にどんぐりの木が増え、おなかをすかせた動物のためになることを知って、各家庭からも沢山のどんぐりが集まりました。ゾウムシの幼虫に出会ったりしながら、きれいなどんぐりの仕分けをして数えたところ、今年は1550個。100どんぐりを銀行口座から払い戻し、どんぐりの苗木1本を四国の森林に植えました。神様が良いものとして造ってくださった全ての命が光り輝きますようにと、子ども達と願い祈っていきたいと思います。

世界の教会の声

浅野直樹Sr.(世界宣教主事 市ヶ谷教会・スオミ教会牧師)

 2021年、日本ルーテル教団(以下NRK)はこれまで男性のみに限っていた按手を女性にも授けることを決議し、同年2名の女性に按手を授け、初の女性牧師が誕生しました。その一人が梁熙梅(ヤン・ヒメ)牧師(NRK副議長・鵠沼めぐみルーテル教会牧師)です。LWFホームページに紹介されましたので一部抄訳を掲載します。

ご自身のことを教えてください。
 私は韓国出身で仏教徒の家庭に生まれ育ちました。高校卒業後ファッションデザイナーになろうと1989年に来日しました。来日直前に韓国の福音派の教会で洗礼を受けました。

神学はどこで学び、どんな感化を受けましたか。
 ファッションデザインを学ぶために来日し、そのために準備をしていた1990年の春、朝の祈祷会でのことでした。「あなたの内面を覆う服がない」と胸に響く声を聞いたのです。そのとき、服飾へのあこがれはあったのですが、自分の内面が裸だったと気づいたのです。長年の夢をあきらめるべきか、それとも神学の道に進むべきか悩みました。
 そこで1年間の祈りのときをもつために立教大学のキリスト教学科に入学しました。日本の人たちと生活を共にし、神様の言葉を伝えたいという気持ちが高まって、1992年に日本ルーテル神学大学神学科に入学し、4年間学びました。これがルーテル教会との出会いとなってやがてNRKの信徒となりました。またこの時期に結婚をし、母親となりました。

按手までの道のりを教えてください。
 ルーテル神学大学を卒業後、日本ルーテル神学校に進もうとしましたが、NRKでは女性は牧師になれないと聞かされ、神学校へ進めませんでした。けれども北海道の深川めぐみ教会で特別奉仕者として働く道が開かれました。それから2002年の総会で執事職制度が認定されたことを受けて、2003年の4月に日本ルーテル神学校に入学できました。神学校を卒業してから大宮シオン教会に派遣されて執事の按手を受け、14年間勤めました。執事職ではありましたが、牧師と同じ務めを任ぜられ、説教をはじめ聖餐式や洗礼式の執行も担いました。

女性牧師そして副議長という立場から何か思うところはありますか。
 私が牧師の按手を受けたのは2021年、当時の総会議長清水臣先生からでした。現在は神奈川県の戸塚教会の牧師です。牧師としての働きは執事の頃とさほど変わりません。けれども男性も女性も等しく堂々と職務ができることを嬉しく思います。
 NRKの副議長になってからは他の教会の事情を知るようになりました。教会がより広い視野に立ち本来あるべき姿として、福音の喜びと慰めを豊かに届けるにはどうすればよいか、それが私たちの課題です。

NRKがLWFにつながることの意義を聞かせてください。
 NRKの宣教母体は北米のルーテル教団ミズーリ・シノッド(以下LCMS)ですが、私たちは1999年にLWFの準加盟教会になりました。NRKは2021年に女性按手を決議し、そのことでLCMSはNRKとの関係を断つという決定を下しました。残念なことではあるのですが、新しい始まりがここにあると思っています。

改・宣教室から

小泉基宣教室長(日本福音ルーテル札幌教会牧師)

2024年第38回外国人住民基本法の制定を求める全国キリスト教連絡協議会(外キ協)全国協議会報告

 「寄留者があなたの土地に共に住んでいるなら、彼を虐げてはならない。あなたたちのもとに寄留する者をあなたたちのうちの土地に生まれた者同様に扱い、自分自身のように愛しなさい。」(レビ記19・33〜34a節)
 2024年1月25日~26日、広島市にある日本バプテスト広島キリスト教会にて「2024年第38回外国人住民基本法の制定を求める全国キリスト教連絡協議会(外キ協)全国協議会」が開催されました。日本福音ルーテル教会は2019年から加盟しています。「外キ協」は外国人登録証への指紋押なつ拒否運動から始まり、現在は外国人住民基本法の制定と人種差別撤廃法の実現を目指しています。
 1955年、法務省は外国人を特定する手段として指紋押なつ制度を実施しました。当然のことながら、散発的に押なつを拒否する抵抗運動がありました。1980年代からは「外国人の品位を傷つける取り扱い」だとして大衆的拒否運動へと発展します。そして外国人のみならず、外国人に指紋押なつを強制する外登法を無関心のまま維持させてきたのは日本国民であるという当事者意識に基づいて指紋押なつ拒否運動に参加する日本人が増えていきます。全国で150を数える草の根運動体の多くが教会を中心に自発的に作られました。各地域での教会の取り組みによって、1984年に「関西外キ連」と「京滋外キ連」、1985年に「関西代表者会議」、1986年に「関東外キ連」が組織され、1987年には全国レベルの「外キ協」結成に至ります。
 運動のかいあって、1985年に日弁連で外国人登録証の改正措置の要求が決議され、マスコミも肯定的であり、1993年に永住者のみ制度廃止、2000年4月に指紋押なつ制度は全廃されます。
 戦後9割以上を在日コリアンが占めていたため、日本政府への在日コリアンによる要求という印象もありましたが、当然「外国人」にはカトリック教会の神父や宣教師も含まれています。事実、1980年代に在留更新を不許可とされた指紋押なつ拒否者22人の内、ほとんどが宣教師であったと在日韓国人問題研究所の調査で数えられています。
 1月1日に起きた能登半島地震災害時の石川県在住外国人は18302名ですが、テレビの報道に外国人の姿はなく被災状況を心配しています。行政の被災者支援に外国人が排除されることのないよう祈っています。

引退牧師挨拶

 野口勝彦
 「何事にも時があり/天の下の出来事にはすべて定められた時がある。」(コヘレトの言葉3・1)このみ言葉に従い、3月末をもって引退させていただきました。これまでお支え、お祈りしていただいた皆様、そして、神さまに心から感謝いたします。
 私は1997年のクリスマスに挙母教会で明比輝代彦牧師から受洗しました。2001年4月に神学校に入学し、蒲田教会、保谷教会、むさしの教会で教会実習を、熊本教会で小嶋三義牧師の下、宣教研修をさせていただき、2005年3月に卒業・牧師按手を受け、二日市教会・福岡西教会に派遣されました。
 牧師として初めての主日礼拝での説教直前(3月20日午前10時53分)に福岡県西方沖地震が発生し、翌週のイースター礼拝が牧会最後となられた園田剛牧師と洗礼式を共にしました。その後、佐賀県の牛津幼稚園(現・牛津ルーテルこども園)を兼務し、東日本大震災ルーテル教会救援「となりびと」を経て、長野教会・松本教会、みのり教会・岡崎教会での牧会と、神さまの恵みに満ちた19年間でした。
 コロナ下では4名の受洗者が与えられ、先月31日のイースター礼拝では、初任地での二日市教会と同様に新卒の三浦慎里子牧師と共に親子の洗礼式を行うことができ、最後の日まで神さまの祝福にあずかることができ感謝です。

ブラウンシュバイク・ボランティア紹介

 私は「喜望の家」でボランティア活動をするドイツの実習生、Jan Glaser(ヤン・グラーザ)です。2004年にSalzgitter(ザルツギッター)という都市に生まれ、来日の前にずっとそこで住んでいきました。
 ドイツの教会の団体の提供で去年の10月に、初めて日本に来ました。今年の8月まで活動を続ける予定です。
 小さい頃、アニメをはじめさまざまな日本の創作品に触れて日本への興味が湧いてきました。そこで、「ドイツと比べて、日本はどのような国かな」と考えていて、ネットで調べてみたところ、さらに好奇心をそそられました。とりわけ、アニメで取り上げた話題の多様性(子ども向けだけではない)とか一般的に清潔や丁寧さを心がけることとかに感動しました。それをきっかけに「いつか日本に行きたい!」と思い続いてきました。
 2019年の春休みの退屈をまぎらわすように自力で日本語を勉強し始めました。それによって、日本の作品をもっと深く理解しようと思っていました。そのうち、アニメや漫画にとどまらず文芸や伝統的な文化にも見惚れました。その上、ドイツの私にとって当たり前ではないことだらけの日本の日常生活を体験するため、旅行より長い間日本に住むことを決意しました。
 その「長い間」は今です。私を見守ってくれる人に、そして神様に心より感謝しながら、日本で経験と友達いっぱいの日々を送っているようにと祈ります。

山内量平探訪記③

古屋四朗(日本福音ルーテル日吉教会信徒)

  植村正久牧師と婚約した季野は明治15年、家族への伝道の意欲をもって南部(みなべ)に帰郷しました。ちょうどその前年から、カンバーランド長老教会の宣教師・ヘール兄弟が、大阪を拠点に和歌山県にも伝道を始めていました。このヘール宣教師が、後に量平やその一族に洗礼を授けます。(以後、兄弟を区別せずにヘール宣教師と書くことにします。)
 さて私の山内先生を偲ぶ旅では、南部、田辺、新宮の3つの町を周りました。南部は量平の出身地、田辺は彼が信徒伝道者として活動した町、新宮は彼の同労者・大石余平の出身地です。南部では町立図書館、海岸、勝専寺、法伝寺を周り、熊野古道を少し歩きました。
 南部は静かな町で、方々に梅の果樹園がありました。山内家跡地の手がかりがなかったので、季野が後に娘の植村環牧師に「それはそれは綺麗な景色で、美しい貝拾いもできて」と回想していたという海岸に行き、高い防潮堤の上を歩いて眺めました。
 勝専寺は、量平の甥の志場了般が住職を退職した寺です。実は彼は、量平よりも早くヘール宣教師に会っているのです。それは、叔母の季野がキリスト者になって、周囲に積極的に伝道を始めたことを残念に思い、論破するために宣教師に近づいたのでした。結局、数年後に了般と弟の了達は寺を出て明治学院神学部に入学しました。了般は病死しましたが、了達は後の神学者・田中達です。

2024年度日本福音ルーテル教会人事

 第30期第4回常議員会において以下の通り人事が承認されましたのでご報告いたします。

〈退職〉
(2023年6月12日付)
永吉穂高(退職)
(2024年3月31日付)
竹田孝一 (定年引退)
岡村博雅 (定年引退)
野口勝彦 (退職)
関野和寛 (退職)

〈新任〉
笠井春子
河田礼生
デイビッド・ネルソン
三浦慎里子

〈人事異動〉
(2024年4月1日付)

【北海道特別教区】
河田礼生
 恵み野教会(主任)
 函館教会(兼任)

【東教区】
小澤周平
 津田沼教会(兼任)
永吉秀人
 東京池袋教会(主任)
森田哲史
 大森教会(主任)
市原悠史
 蒲田教会(主任)
 横須賀教会(兼任)
河田優
 横浜教会(兼任)
松岡俊一郎
 湯河原教会(兼任)
佐藤和宏
 小田原教会(兼任)
秋久潤
 松本教会(主任)
 長野教会(兼任)

【東海教区】
笠井春子
 小鹿教会(主任)
 清水教会(兼任)
渡邉克博
 新霊山教会(兼任)
光延博
 沼津教会(兼任)
徳弘浩隆
 浜名教会(兼任)
三浦慎里子
 みのり教会(主任)
 岡崎教会(兼任)

【西教区】
該当なし

【九州教区】
森下真帆
 八幡教会(兼任)
 門司教会(兼任)
中島和喜
 大江教会(主任)
デイビッド・ネルソン
 宮崎教会(主任)
 鹿児島教会(兼任)
第49期教区常議員
 二日市教会(兼任)
 甘木教会(兼任)
 阿久根教会(兼任)

〈出向〉
(2024年4月1日付)
野口和音
 九州ルーテル学院(チャプレン)

〈J3プログラム退任〉
(2024年3月31日付)
Jensen-Reinke Hannnah
ルーテル学院中学・高等学校

〈任用変更〉
岩切雄太
一般任用から嘱託任用へ

〈休職〉
(2024年2月14日付)
富島裕史

〈牧会委嘱〉(2024年4月1日付/1年間)
德野昌博   仙台教会
小山茂    板橋教会
大宮陸孝  賀茂川教会
乾和雄   神戸東教会
白髭義   二日市教会
竹田孝一   甘木教会
黄大衛    長崎教会

第30期第4回常議員会報告

李明生(日本福音ルーテル教会事務局長・日本福音ルーテルむさしの教会牧師)

 2月19日、日本福音ルーテル教会常議員会がオンライン(Zoom)によって開催されました。以下、主な事項について報告いたします。

・2024年度教職人事の件
 人事委員会提案の2024年度教職人事が承認されました。また新たに任用された4名の紹介がなされました。

・2023年度補正予算・決算報告の件
 市吉会計より、説明が行われ、承認されました。各教会はCOVID―19以後厳しい会計状況が続いています。公益会計全体としては事務局教職の教会兼任などにより、収益会計からの繰入無しでの決算となりました。収益会計は徐々に回復しつつありますが、今後予定される設備更新に向けての対応が必要となっています。

・2024年実行予算、2025年〜2026年度当初予算の件
 2023年11月に行われた第3回常議員会にて2024年度より協力金を10%に戻すことが承認されたことを踏まえ、荒井財務担当常議員より標記の件が提案され、承認されました。なお報告事項において、財務委員会より今後10年の財務見通しについて報告がなされました。公益会計・基金会計・収益会計は密接に関りをもっており、長期的にいずれの会計も健全性を担保していく必要があることが共有されました。

・方策実行委員会「『教職の働き方』に関する協議メモ」の報告
 報告事項において、方策実行委員会より、現在検討中の「『教職の働き方』に関する協議メモ」について報告がなされました。日本社会での「育児・介護休業」を巡る法制度が近年大きく変化したことを踏まえて、現行の日本福音ルーテル教会の規定を改正する必要があること、またその際には特に休業中の収入の確保の方法が大きな課題となるため、雇用保険への加入を検討する必要があることなどについて現在協議中であることが報告されました。教職者の働きは自身の召命と献身に基づくものであることを確認しつつ、教職の働く環境を守り、教会を適切に運営してゆくために必要な規定を整えることについて、教会の理解を得ながら進めてゆく方針について共有がなされました。

・次回常議員会開催日程の件
 次回常議員会は6月10日〜12日、対面で開催されることが承認されました。COVID―19下で普及したオンライン会議の費用・時間面でのメリットを生かしつつ、今後必要に応じて対面開催と組み合わせてゆくこととなります。

 その他の報告・議事等の詳細につきましては、各教会へ配信されました常議員会議事録にてご確認ください。

5年ぶりのアメリカ中高生
キャンプが再開決定

JELAアメリカ・ワークキャンプ2024募集要項
◆日程
2024年7月19日(金)~7月30日(火)
◆対象
2024年7月1日時点の年齢が14歳~20歳で、渡航やキャンプ参加に支障のない健康状態の方。
◆主題聖句
ローマの信徒への手紙12・2 
◆テーマ
Influencer(インフルエンサー)
◆内容
アメリカの宣教団体「Group Mission Trips」が、米国ミシガン州で開催する1週間のワークキャンプ(家屋修繕、聖書の学び等を通して参加者の信仰的・人間的成長を促す催し)に参加。
◆参加費
25万円(渡航費、滞在費を含む。)
※パスポート・ビザ取得費や海外旅行保険料などは別途個人負担。
◆応募方法
記載のQRコードまたはインターネット検索から、弊財団のWEBページにアクセスの上、
募集要項に従ってお申し込み下さい。
◆応募締切
2024年4月30日(火) 必着
◆問い合わせ
〒150―0013
東京都渋谷区恵比寿
1―20―26
一般財団法人JELA
アメリカ・ワークキャンプ係
◆電話
03―3447―1521
◆メール
jela@jela.or.jp

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