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機関紙るうてる

るうてる2013年2月号

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説教「これからのこと」
ルカによる福音書9章28~36節

日本福音ルーテル栄光教会・沼津教会牧師 渡邉 進

この時節、どの教会も、教会総会を迎え、新たな年度へと向かっていることでしょう。教会の目標を掲げて、新たな旅立ちをしようとしているに違いありません。どうぞ新しい年度が、主に祝福された年となりますようにお祈りします。
ところで、目標や、目的を掲げて、目指すのは人間だけでしょう。しかし教会の目標や、目的は、一般社会に良く見られる、〈目標〉、〈スローガン〉とは異なっているように思います。つまり達成目標などと異質です。あくまで生きる目的に深く根ざしているからです。自ら生きることに関係しない、教会目標など無意味です。何を目指して生きるかは、私たちにとって、非常に重要な課題です。

〔まず、神の国とその義とを求めなさい。そうすれば、これらのものはみな、加えて、あなた方に与えられる。〕(マタイ6章33節)
イエスが、〈山上の説教〉の中で説いた教えです。イエスは、私たちの生きて行く上での、処方箋を手ほどきしました。〈思い悩むな〉と。私たちの日常抱える、心配事は絶えません。次から次に起こります。また不安も底流に抱えながら生きています。それへの対処法を弟子に指南しました。しかしそれらへの細かい拘りを、根本的に解決する方法を、生きる目標という形で教えました。それが上記の言葉です。
果て、この目的をどのように進めるかが大きな課題です。今日、教会は足踏みをしているような状況です。最も大きな問題は、先が見えないということでしょう。
私は、この春引退しますが、今までの歩みを振り返ると、昨今の教会を取り巻く環境が厳しさを増しているとの認識を抱かざるを得ません。今教会は、まさに袋小路にぶち当たっているようです。
しかしキリスト教の歴史は、何と言っても、2000年間の歩みを控えています。これに学ぶことが肝要かと考えます。そうした時に、この今の困難は、これから迎える大きな発展の礎との結論に達します。私は、そのことを〈山上の変容〉程良く伝えている記事はないと考えます。

〔この話をしてから八日程経った時、イエスは、ペトロ、ヨハネ、及びヤコブを連れて、祈るために山に登られた。〕(ルカ9章28節)

山上の変容は、理性的には理解が困難な記事です。しかしルカの場合、重要な言葉は、《祈るため》との言葉です。マルコにも、マタイにもその言葉はありません。ルカ特有です。ルカは、ことのほか、重要な場面では、《祈り》がなされています。如何にそれが大切かとのことです。
イエスは、〈山上の変容〉の記事で、受難、十字架の向こうにある、復活を示しました。そしてそれこそが本当の目的だと示唆しました。

苦しみは、人間を無意味さに直面させます。結局は無目的にさせます。それが怖いのです。忍耐には限界があります。しかし目的がありさえすれば耐えられます。ドイツのナチス時代に強制収容所での過酷な経験を経て生き延びたフランクルが、辿り着いた結論は、〈生きる意味こそが、どんなに辛い経験をも耐えさせてくれる〉と言っています。それは言葉を変えて言えば、〈生きる目的〉があるか否かということに、生きる力を保持できるかということに煎じ詰めることができます。しかし人間は、目的を往々にして見失いがちです。だから祈るしかないのです。現在の苦しさの大きさに耐えかねて、目的を見失ってしまうのです。危機に直面すれば誰だってそうなります。

〔彼らは栄光のうちに現れて、イエスがエルサレムで成し遂げようとしておられる最期について語り合っていた。〕(ルカ9章32節)

イエスの最期とは何か? これが重要であると考えます。イエスの〈最期〉とは、言うまでも無く、十字架です。しかしそれが解放に繋がっているというのが、出エジプトとの関連で明らかになります。つまり最期が、新たな旅立ちなのです。これこそが、キリスト教の出発点と言えます。それを実現するには、〈祈り〉しかないのです。何かが終わるところで、新たな始まりが起こる。これこそが、主の導きと言えるでしょう。何故なら、主の働きとは、〈贖い〉に集約されて行くからです。

宗教改革五〇〇周年に向けて

ルターの意義を改めて考える(10)

ルター研究所 所長 鈴木 浩

ルターの神学では、重要な言葉の意味がすっかり変わっていた、と指摘した。まず、「信仰」という言葉を取り上げよう。
それまでは、信仰とは「教会の教えへの同意」という意味であった。「同意する」ためには、最小限、その内容を知る必要がある。それが、「使徒信条」や「ニケア信条」だ。信条を受け入れること、それが信仰であった。
ルターは、「違う」と言った。それはイエスに関わる過去の事実の確認でしかない。ルターは信仰とは「信頼」のことだと言った。「イエス・キリストに対する大胆な信頼」、これが信仰だ。誤解の危険を承知で言えば、「イエス・キリストに自分を身ぐるみ丸投げすること」である。それは、「身ぐるみ」であり、「丸投げ」である。ロトの妻のように、ここで後を振り返ってはならない。
「身ぐるみ丸投げする」とは、「運命を共にする」という意味である。「キリストが十字架の上で、わたしのためにご自身を丸投げされた」。「だから、わたしもそのキリストに自分を身ぐるみ投げだそう」。そう腹をくくること、それがキリストに対する信頼であり、それが信仰なのだ

牧師の声

「標本がつむいだ池田教会の歩み」教会讃美歌213番と吉田康登牧師と植物標

本帯広教会 加納寛之

十二月二十五日の十勝毎日新聞に池田教会(帯広教会池田礼拝所)のクリスマス礼拝の様子が掲載された。四十年の年月を経て、池田教会初代牧師吉田康登牧師の作成された植物標本が里帰りし、教会と地域の交わり、吉田牧師の歩みが証しされた恵みの時となった。
池田教会誕生と吉田牧師の歩みの次第は次のようである。吉田牧師は太平洋戦争時、教職を辞し、北海道浦幌町に開拓農民として入植された。働きの中で住民の求めに答え、吉田牧師は一キリスト者として家庭集会を開始、浦幌町にキリスト教の群れが生まれた。時を同じくして浦幌町から三十キロ離れた池田町でも家庭集会が守られ、その熱意は教会誕生を熱望することとなった。土地が与えられ、夢が現実に向けて歩み出す中で池田の人々は吉田牧師に牧師として働くことを依頼した。その祈りは日本福音ルーテル池田教会の誕生(編入)と吉田牧師の教職復帰となり、池田の地での伝道は大きく進展していった。吉田牧師は牧会の傍ら、専門的な知識をもって植物標本を作製された。野外礼拝の際には胴乱(採集植物を入れる缶)を背負った写真も残っている。会堂建築の時には押花ハガキを作成し、販売されたことも当時の新聞記事から伺い知ることができる。吉田牧師は浦幌町を離れ、池田町に転居されたが、浦幌町とのつながりも強く、作られた植物標本は浦幌町博物館に寄贈され、今回、召天記念日の十二月二十五日に里帰りをしたのである。
教会賛美歌二一三番「朝露に」の歌詞は吉田康登牧師が書かれたものである。そこには吉田牧師の生涯と地域に生きた証しと神さまが創造された自然に向き合う信仰が詰まっていることに植物標本は気づかせてくれた。教会の歩みは不思議なみわざでつむがれていく。
池田教会の歴史をまとめてくださった古財克成牧師にこの場を借りて感謝申し上げます。新聞記事は帯広教会webページ内で閲覧できます
http//:www.jelc.or.jp/obihiro

信徒の声

「第16回全国青年修養会に参加して」

小石川教会 竹腰もと

紅葉舞う千年の古都京都にて開催された「第16回全国青年修養会」11月23日~25日に参加しました。都合で一泊二日だけの参加となりましたが、京都に夜行バスで早朝に着き、会場となった京都教会に向かう途中、鴨川の流れは千年の古都の思いを晩秋の香りと一緒にまるで私に吹き入れるかのようでした。
さて今回のテーマは「信仰」です。一昨年の長崎における「全国青年会」で見学した「二十六聖人殉教地」の原点とも言えるべき京都においてキリシタン弾圧の歴史的事実と、その史跡を訪れ、 実際に確認すると言うことです。最初に洛西バプテスト教会の杉野栄先生の「都のキリシタン史跡」についての講義を受けました。講義の中で「京都と言う街はキリシタンを徹底的に弾圧し痕跡をなくした街でもある」と言う先生の言葉が印象に残りました。それは勿論、京都の庶民がそれを望んだ訳ではなく、時の権力者である豊臣政権や徳川幕府の政策であった訳です。
京都市内の史跡巡りへと行きました。名所旧跡と所在が重なったキリシタン史跡は紅葉の観光シーズンと重なったために大変混雑していました。旧跡の寺院に所在するキリシタン史跡は一見何の変哲もない、例えば石庭や石灯籠なのですが、石が十字形に配置されているとか、灯籠の地中部分に聖母像が刻まれているとか、禁教下においても信仰の痕跡を残そうした人々の思いが忍ばされました。ただ説明がなければキリシタン関係とは一切分からないと言うことが、いかに弾圧が厳しかったと言うことの表れです。また鴨川の岸辺沿いにひっそり置かれている「元和の殉教碑」は、その小ささと寂しげさが川のせせらぎと夕闇せまる街の景色と融合し、今は物言わなくなった名もなき人々の信仰の証として私の心に深く残りました。
一昨年の長崎での全国青年会は「平和」を主題としたものでした。今年はその長崎のキリシタンの原点ともいえる京都で「信仰」を主題としたものです。「信仰」と「平和」はけっして別物ではありません。「平和」あっての「信仰」です。その「信仰」によって真の平和が実現されるのだと思います。
最後に、参加されました全国の青年の皆様、京都教会の沼崎先生、また京都教会員の皆様には大変お世話になりました。有難うございました。

JLER(ルーテル教会救援)対策本部 現地からのレポート

JLER派遣牧師 野口勝彦

「となりびと」では震災発生時からこれまで、様々な救援・支援プロジェクトを展開してきました。今月号では、その中で現在、進行中の二つのプロジェクトの経過報告をいたします。

「前浜コミニュティセンター再建プロジェクト」

チーフスタッフ  佐藤文敬

気仙沼市本吉町前浜地区で、2011年7月から進めてきたコミュニティセンター再建支援が、ようやく本体工事にまでたどり着きました。
2011年10月に地元の人たちによる建設委員会が立ち上がり、これまで20回以上の話し合いを重ねてきました。その過程では、気仙沼市役所とも頻繁に話し合い、気仙沼市長に協力をお願いすることもありました。また、JLER以外にもシャンティ国際ボランティア会や天然住宅といった団体も支援を表明し、その他にも多くの人たちの協力を得て、ここまで進んできました。
2012年7月には建設用地を取得。9月から始まった造成工事は11月に完了し、年末の12月19日から本体工事が始まりました。
完成目標は2013年7月。「コンクリートの確保が難しい」、「職人さんが足りない」など様々な問題をクリアしながらの建設工事になります。どうか無事に建設工事が進むよう、みなさんも一緒にお祈り頂ければと思います。

「『つるしびな』プロジェクト」

派遣牧師 野口勝彦

仮設・地域支援として昨年8月より始まった「つるしびな」プロジェクトも震災から二年目に当たる来月11日の完成を目指し、最終段階に入っています。
このプロジェクトは、震災によって引き裂かれた地域の絆と仮設団地に住む方々の生きがいづくりを目的として、石巻市内、三ケ所の仮設団地集会所でそれぞれ月1回、地元ボランティア団体の指導により行われています。毎回20名前後の方が午前10時30分から午後3時30分まで、全国から送っていただいた銘菓をいただきながら「つるしびな」づくりに励んでいます。
先日、ある方が、「『つるしびな』づくりがあって本当に良かった。狭い仮設で一日中、やることもなくずっと籠っていたら」と感謝の言葉を述べられていました。また、先月、地元の社会福祉協議会の機関紙にもこの活動が紹介されるなど地域に密着した活動となっています。これまでの皆様のお支えとお祈りにあらためて感謝いたします。尚、完成した「つるしびな」の展示会を行う予定です。詳細が決まりましたらご案内いたします。
【予告】「となりびと」では今年、防災・減災教育の一環として、被災地訪問プログラムを予定しています。どなでもご参加いただけますので、

バッハのカンタータを聴く 10
ヨハネ受難曲(BWV245)

日本ルーテル神学校名誉教授 徳善義和

一五二三年初夏にライプツィヒのトマス教会カントールに就任したバッハは翌年春そこで最初の四旬節と受難週を迎えた。聖金曜日の夕拝では、毎年トマス教会かニコライ教会で交互に受難曲が演奏されることになっていた。一五二四年の聖金曜日(四月七日)、バッハが想を練って準備し、ニコライ教会で歌われたのがヨハネ受難曲である。
聖金曜日に福音書の受難の章が朗読されるのは教会の歴史において長い間の習慣だったが、バッハより約百年前のシュッツの頃には、福音書の記述と、イエス、ペトロなど登場人物に分かれてそれぞれが聖書のことばを朗誦するだけの受難曲が歌われるようになっていた。それがバッハの時代ともなると、イタリアのオペラの影響もあってか、聖書に基づくとはいえ、聖句から離れて、自由詩によるオペラ風の「受難オラトリオ」というタイプの宗教曲が人々の注目を集めるようになった。 中でもハンブルクのブロッケス作詞の「世の罪のため苦しみを受け死に行くイエス」(1713年)が有名となり、テレマンやヘンデルなど何人もがこれに作曲したが、テレマンのものなどは教会で演奏されることを許されず、音楽ホールで演奏されて、好評を博したという。
ライプツィヒのルーテル教会はこの新しい傾向を認めなかったから、バッハは、福音書の受難記事を中心に、コラールと、独自の詩によるレチタティヴォやアリアを加えた「オラトリオ受難曲」を重視し続けた。ヨハネ受難曲もヨハネ18、19章をすべて生かし、さらに上述のブロッケスの詩六編余や他の詩人の自由詩を用いて、全体を構成し、聖金曜日礼拝において説教を挟んで、二部に分けて歌われた。
イエスの受難を「主の栄光の時」とするヨハネ福音書に応じて、第一曲「主よ、我々の支配者よ、その誉れは全地に輝く」の合唱で始まり、信仰者自身の死をこの主に委ねる終曲のコラールに至るまで、マタイ受難曲とは大いに趣を異にする特徴をもっている。それゆえに私自身もどちらかと言えば、このヨハネ受難曲を好んで聴いている。受難曲はキリストの「受難」を歌い通すべきだという市参事会などの批判もあって、初演後にヨハネ受難曲は何度か書き直されたが、最終稿(1749年)とされているものは結局初演に近い形で残されている。

「詩編23」

ステンドグラス工房 アスカ 山崎種之(松本教会会員)

主題詩編である「詩編23」のステンドグラス(写真下)があります。当地で伝道されていた宣教師が中心となり、アメリカで募金を呼び掛け、制作資金が寄せられて、実現しました。
日本では厳しかった冬の寒さも和らぎ、木の新芽は膨らみ 、 野の草も萌え出し、春の訪れを知らせます。しかし、中東の内陸部の原野には、荒れた大地が拡がり、緑は少ない。現在でも、昔からの遊牧生活を続ける羊飼いたちがいます。一般に羊を百から百五十頭余り、山羊を百頭余りの群れで、何頭いても、それぞれをきちんと覚えていて、全体をまとめ、昼も夜も常に一緒にいて、見守ります。
羊飼いは、どこに草地があり、水場があるかを熟知していて、必要に応じて群れの移動を導きます。大勢の群れの移動には困難や危険が伴いますから、群れの安全に苦心します。定住ではなく、いつもテントで野宿する生活ですから、群れの移動も大仕事です。
目的地に到着するためには、最も恐れている死の陰の谷を通り抜けねばなりません。羊飼いは常に懸命に群れを守り、導きます。緑の牧場に着くと、羊飼いも羊も山羊たちも憩います。羊飼いのひざもとで平安の喜びに浸ります。

TNG

Teens部門 小澤実紀 (なごや希望教会)

今、我が家は全寮制の小さな高校の校内にあります。時々家に遊びに来る生徒たちは、学校での様子とは違う素の顔を見せます。学校では一生懸命に、そしてある子は必死に仮面をかぶっているのだなと思います。今風に言えば、キャラを演じているのです。
私たちは誰でも仮面をかぶったまま生きていれば苦しくなります。どこかでそれを脱いでありのままの自分でいられる時間がなければ、生きるのが嫌になってしまうでしょう。子どもたちは仮面をかぶらなくてもいい場所を求めています。
中学や高校生の頃は、自己肯定感を育てるためにも大切な時期だと思います。この年齢の子どもたちの多くは、自分の存在そのものにもまだ自信が持てていませんが、仮面をかぶっていないありのままの自分でも受け入れてくれる人に出会ったり、仮面をかぶらずに生き生きと生きている人に出会ったりすると、その子たちにも何か変化の兆しが表れてくると、私は身近な生徒たちを見ていて思います。そのような場所や出会いが必要なのです。
ある子にとっては家が、ある子にとっては友達との集まりが、仮面を脱ぐことのできる場所でしょう。そして、教会や教会が企画するキャンプも、ある子にとってはその場所の一つであるのかもしれません。
春の全国ティーンズキャンプは、この3月で20回目を迎えます。ここ数年、90名以上の参加者が与えられてきました。20回目は「イエス・キリストに出会う」というテーマで学びあい、語りあえるプログラムを計画しています。キリストがどういうお方であるのかを知ることが、その後の生活の中でいつかキリストに出会うことにつながるようにと願って、このテーマになりました。
キャンプで感じたことや学んだことを普段の生活に持ち帰って、それぞれが、それぞれの場所で教会につながりながら信仰生活を大切にして生きてゆくことが、彼らの人生の一部分になればと願います。
そして、このティーンズキャンプも仮面をかぶらなくていい場所の一つであることができるよう、大切に準備して行きたいと思います。
今年もたくさんの子どもたちがキャンプに参加してくださることを祈るとともに、同年代同士の信仰的なつながりが神様によって導かれますことをお祈りします。

第5回教会推薦理事研修会

成人式の日となる一月十四日、市ヶ谷ルーテルセンターで、5回目となる「教会推薦理事研修会」が開催されました。東京はこの日、思いがけない大雪に見舞われ、積雪の影響で電車や飛行機の遅れも生じるあいにくの日となりましたが、主催となる日本福音ルーテル教会をはじめ、ルーテルグループの枠組みにある学校法人及び社会福祉法人の教会推薦理事、加えて幼保園の園長・牧師を含め、全国14の法人から、32名の出席がありました。
開会礼拝の中で、立山議長は「教会推薦理事には、教会と各法人をつなぐ『橋渡し』の役割が最も期待されている事ではないか?」と確認されました。
テーマを「キリスト教精神に立つ法人運営の内実を考える ~その共通性と専門性~」とした今回の研修のため、お迎えした青山学院院長及び大学院院長から学院幼稚園園長まで、広く学校運営に責任を持たれる山北宣久先生から、実践に基づいた基調講演がありました。
「キリスト教主義の学校では、法人の使命(ミッション)と、環境や時間の変化に関わらず、連続する同一性(アイデンティティー)が希薄にならぬようにするのが重要な課題」、「個人主義と物質至上主義が色濃く拡がっている日本において『現在から将来、自分から他者に目を向けさせていく。この宗教の役割』を本学教育の使命に据える」、「与えることに生き、与えることを喜ぶ、これがキリスト教精神の法人の共通性ではないか」等が語られました。
続いて、増島俊之氏が学校法人の視点から「キリスト教の特色が良く活かされることと、大学としてのレベルをいかに上げるかで相反がある現状」「現在の教会が支援することの意味」を切り口に、友田直人氏は社会福祉法人の視点から「創設の歴史では、随所に信仰に立つ働き人の情熱が見えた。現代、法的整備が進んだが、マンパワーが弱り、先駆的な法を超えるキリスト教主義の働きが興らなくなってきた課題」について述べ、出席者もそれぞれの立ち位置から意見を交換しあう時間が持たれました。
終わりのまとめにおいて、山北師は「大事なのはロゴス。語る言葉が法人運営の内実に最も影響をしてくる。言葉として、きちんと、迫力をもって語る。『~らしさの主張』こそが不可欠」との提言も印象的でした。
豊かな実践活動の息吹が確認された時間であり、全国に広がるルーテルグループが、その共通性と専門性を見つめ直す研修会となったこと、感謝をもってご報告いたします。
事務局長白川道生

2012年度 連帯献金報告

今日の社会・世界における福音の宣教、奉仕、災害緊急の支援活動として、日本福音ルーテル教会がお願いしている「連帯献金」のために、2012年度は各個教会・団体及び教会員・教会関係者の方々から287万9千546円が捧げられましたので、それぞれの宣教・奉仕の活動のために捧げさせていただきます。
2013年度も、引き続き「連帯献金」への支援と協力をよろしくお願いいたします。

日本福音ルーテル教会宣教室
ブラジル伝道(44件)
198万5千710円メコンミッション支援
(カンボジア)(4件)
12万9千517円  喜望の家(5件)
14万円
世界宣教・無指定献金
(16件)
62万4千319円

献金者 教会・団体・個人芳名
■ブラジル伝道(44件)
【教会】
宮崎教会、なごや希望教会、大岡山教会、博多教会、水俣教会、保谷教会、小石川教会、刈谷教会、恵み野教会、大岡山教会、市ヶ谷教会、京都教会、武蔵野教会、本郷教会
【団体】
ルーテル学院中学・高等学校、めばえ幼稚園、女性会連盟、東教区、小城幼稚園・わかば保育園、ブラジル報告会、尾張岐阜地区宣教委員会、本教会総会、田園調布幼稚園、東教区女性会
【個人】
山川泰宏・泰子、真木澄子、吉川、芳野、角田健、乙守望、花城裕一朗、小山 茂、小泉基、渡辺純子、厚味勉、

■メコンミッション支援(カンボジア)(4件)
小山茂、保谷教会、カンボジアワークキャンプ、市ヶ谷教会、

■喜望の家(5件)
小泉基、博多教会、水俣教会、保谷教会、市ヶ谷教会

■世界宣教(無指定・16件)
蒲田教会、東京池袋教会、九州教区青年会、箱崎教会、帯広教会、千葉教会、小山 茂、帯広教会、箱崎教会、JELAチャリティコンサート、博多教会、山崎恵美子、恵み野教会、めばえ幼稚園、小羊会、

特記 「東日本大震災救援献金」報告
東日本大震災の救援活動のために、2012年度も引き続き、全国の教会、関連施設に支援募金をいただきましたので、「連帯献金」と併せて感謝して報甘木教会、箱崎教会、福岡西教会、神戸教会、東京池袋教会、松江教会、二日市教会、博多教会、長野教会、小石川教会、、刈谷教会、宮崎教会、健軍教会、唐津教会、 蒲田教会、大岡山教会、都南教会、飯田教会、挙母教会、室園教会、小岩教会、八幡教会、宇部教会、なごや希望教会、高松教会、板橋教会、仙台教会、、湯河原教会、新霊山教会、鹿児島教会、浜名教会、大江教会、阿久根教会、本郷教会、三原教会、名古屋めぐみ教会、羽村教会、聖ペテロ教会、藤が丘教会、小倉教会、大垣教会

【団体】
戸塚ルーテル保育園、田園調布幼稚園、一粒の麦、大森幼稚園、ルーテル保育園、九州学院中学・高等学 校、恵泉幼稚園、女性会連盟、横浜英和学院、賀茂高校広高教組養護教員部、門司幼稚園、九州教区女性会、大岡山幼稚園、近畿福音ルーテル教会、ベタニアホーム、日田幼稚園、東教区総会、神水幼稚園、千葉ベタニアホーム、天山学園、 熊本地区女性会、東海地区女性会、東教区宣教フォーラム、旭川聖パウロ教会、筑後地区女性会、東垂水教会、北見聖ペテロ教会、蒲田幼稚園、鳥取教会、東教区宗教改革礼拝、甲信地区信徒の集い、めばえ幼稚園、ルーテル学院幼稚園、西条ルーテル幼稚園、ルーテル学院中学・高等学校、奈多愛育園、老人ホームディアコニア

【個人】
花城裕一朗、市川旬、兼間和行、木村修、小林文恵、ヤマダワカキ、木村修、吉田玲子、河田洋、筒井美紀、東和春、青山くるみ、KOSTI&SIRPA KALLIO、樺沢宏美、山崎恵美子、渡辺美江、ボーマン・ベルニダ、小山茂、辻谷静子、津谷昌子、坂井茂子、大久保友子、久保彩奈、鈴木哲夫、V.ソベリ、大森はつ子、小林宏子、大牧正子、石田せい子、岩井順子、安藤紀代子

(教会名・団体名は順不同)

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