メルマガ835
(新約聖書/ルカによる福音書17章3節)
イエスは、「間違ったことをしている人がいたら、注意をしなさい。そして、その人が心から反省し謝るのであれば、その謝罪を受け入れ、水に流しなさい」と言っています。
間違いを注意することは、簡単ではありません。注意した人から怒られたり、嫌われることだってあります。注意することが大変だからと、間違ったことや、それに苦しむ人を見て見ぬふりをすることも起きます。例えば、原発事故から10年以上が経ち、支援が打ち切られる中、被害にあった人たちが今なお苦しい生活を強いられていても、そのことについての報道はあまりされず、社会の関心は薄れています。この状況は間違っていると思いますが、私を含め、問題提起して、状況を変えようという流れはそれほどありません。
また、心から反省し、謝る人の謝罪を受け入れ、水に流すことも簡単ではありません。間違いを犯したことに気付き、反省し、謝るのであれば、私たちはその人の謝罪を受け入れ、共に前に進むべきです。しかしそうできず、相手への憎しみを持ち続けてしまうこともあります。例えば、今起きているウクライナとロシアの戦争も、暴力で相手を屈服させるのではなく、程度は違っても互いに非を認め、謝罪し、対話して和解することが必要でしょう。しかし、半年以上も戦争が続き、多くの人が死んでいるというのが現実です。
私たち人間は、間違ったことを注意することも、謝罪を受け入れて水に流すことも、なかなかできません。しかし、クリスチャンである私たちは、神さまや隣人を繰り返し傷つけてきたのにも拘わらず、神さまが私たちを赦し、受け入れてくださっていることを知っています。赦されている私たちは、神さまへの感謝のうちに、相手の間違いを指摘することはなお困難であり、躊躇するとしても、相手の謝罪を受け入れ、水に流すことはできるのです。
