メルマガ833
(新約聖書/テサロニケの信徒への手紙一1章3節)
友達数人で話をしていた時のことです。一人の友人が「私宗教嫌いなんだよね。変な人ばっかりだし。すぐ勧誘されるし。」と言いはじめました。
私はショックを受けました。私がクリスチャンであることは彼女も知っているはずなのに、どうしてそんなこと言うんだろうと。私が動揺している間に話題は別のことに移っていきました。
家に帰ってから一人で考えてみると、彼女の発言は「彼女が思う『宗教』」に対して向けられたものであって、「私」や「私が信じているキリスト教」に対して向けられたものではないということに気付きました。彼女と私はよい友達です。嫌がらせでそんな風に言うとは考えられません。彼女は私を傷つけようとしてそのように発言したのではなくて、ただ自分のイメージする「宗教」に対してそう言ったんだろうなと振り返ってみて思います。
私たちの暮らす日本では、様々な事件をきっかけに宗教への反感が高まることがあります。宗教に対して強い言葉で批判する人がたくさんあらわれて、信仰を持っている人たちは肩身の狭い思いをすることもあるでしょう。
しかしそのような過激な批判は、その発言をしている人が思う「宗教」(多くはカルト)に対して向けられているものであって、信仰を持つあなた個人に向けられているものではありません。宗教に対する社会の声に耳を傾けるのは大切なことですが、同時に宗教に対するすべての批判が自分に向けられているものではないと気づき、自分の心を守ることも必要です。
もちろんカルトによる不正や搾取についてはきちんと誤りが正され、困っている人たちが救済されなければなりません。しかし一方で私たちには、自らの心と、自らの信仰を守っていく権利があります。これからもあなたの信仰が守られますように祈っています。
※カルトは洗脳というかたちで信仰を強要する団体で、脱会にはふさわしい知識と経験を持った専門家の助言が必要です。
