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《あなたがたの中に、百匹の羊を持っている人がいて、その一匹を見失ったとすれば、九十九匹を野原に残して、見失った一匹を見つけ出すまで捜し回らないだろうか。そして、見つけたら、喜んでその羊を担いで、家に帰り、友達や近所の人々を呼び集めて、『見失った羊を見つけたので、一緒に喜んでください』と言うであろう。》
(新約聖書/ルカによる福音書15章4-6節)

皆さんは「上位互換」という言葉を知っているでしょうか?「上位互換」というのは、「新しく出た機能や性能が高いスマホやパソコンなどの製品が、今まで使っていたスマホ・パソコンと同じように使用できる」ということです。「このスマホ・パソコンの機種は以前のモデルの上位互換だ」という感じで日常の中でも使うことが出来る言葉です。

そして、この上位互換という言葉は人に対しても使われることがあります。「この世界には、多くの面で私よりも優れた人がいる」「この世界には私の上位互換がいる」「私が居なくても、私の代わりが出来る人がたくさんいる」。とてもつらい言葉です。ですが、私たちは生きていく中でこの言葉を意識してしまう、せざるをえない事が多くあります。受験や就職活動、仕事など多くの場面で「ああ、この世界には、私では全然かなわない人がいるんだなぁ」と感じることがあると思いますし、私自身もその経験があります。この競争社会の中で、私は誰かの下位互換だ、私は出来るだけ多くの人の上位互換でなければならない。そのように、自分と他者を比べて生きていかなければならないのかと、底なしの沼にはまってしまったように思えてしまいます。

では、神様は、イエス・キリストは私たちをどの様に見て、関わってくださっているのでしょうか。今回の聖書の個所には良い羊飼いであるイエス・キリストにとって、羊である私たちがどの様な存在であるかが書かれていると思います。
羊飼いが、見失い何処に行ったのか分からなくなった羊一匹のために、九十九匹の羊をオオカミなどの猛獣が出る荒野に残して探しに行くのは論理的とは言えません。その一匹の羊が他の羊に比べ特別だったのでしょうか。それは違うでしょう。良い羊飼いであるイエス・キリストは百匹のうちのどの羊であっても同じことをしたはずです。それは、イエス・キリストにとって私たち一人一人が互換できない、代わりが無い存在だからです。イエス・キリストは「私以外に素晴らしい人がいる」と言ってしまう、苦難と絶望の中で右往左往する私たちを一人残らず探し出してくださいます。そして、自分と他者を比べる必要のない、隣人として共に喜び支え合う共同体の中に私たちを連れ戻してくれるのです。

ヨハネ福音書にはこのようにあります。「羊飼いは自分の羊の名を呼んで連れ出す。」イエス・キリストは多くの場面で名前を呼びます。「ザアカイ」(ルカ19:5)「マルタ、マルタ」(ルカ10:41)「マリア」(ヨハネ20:16)。同じようにイエス・キリストは、罪の苦しみの中、孤独の中、思い悩みと騒めきの中、悲しみと悲嘆の中にいる私たちを、互換できない存在として一人一人の名前を呼び、御自身の下に連れ戻されます。主イエス・キリストは私たち一人一人を決して見捨てず、共におられる神であるという事を忘れずにいたいと思います。

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